84.邪竜、勉強の邪魔をしないよう善処する
息子の授業参観を見守った、数時間後。
夜。自宅のリビングにて。
カルマはハフゥ……と悩ましげに、ため息をついていた。
「どうしましょう……りゅーくんが、愛する息子が……元気がないです」
カルマはリビングのテーブルに肘をつきながら、今日のことを振り返る。
冒険者学校での、初日の授業を息子は、カミィーナの自宅へと帰ってきた。
カルマは今日一日のリュージの健闘をたたえた。
勉強で疲れている息子のために、おいしい料理を山のように作った。
またリュージの勉強疲れを癒やすために、新しい露天風呂を作った(※火山から)。
だのに……リュージはどことなく、疲れた様子だった。
これはいけない。大事件だ。
「回復魔法が足りなかったのでしょうか……? それだ。きっとそうに違いないっ。さっそくりゅーくんのとこへ行かねばッ!」
カルマが立ち上がった、そのときだ。
「カーーールマ♡ 落ち着きなさい♡」
ふにゅんっ、と誰かが、背後から抱きついてきたのだ。
その無駄な肉の感触に、カルマは覚えがあった。
実に嫌そうな顔をしながら、背後を振り返る。
「ハァイ、カルマ。元気?」
「何しに来たんですか、チェキータ」
そこにいたのは、カルマの監視者。
エルフのチェキータだ。
くすんだ色の金髪をショートカットにしている。
人の顔ほどある爆乳と、雪のように白い肌が特徴的な……無駄肉エルフだ。
「なにって疲れたから自宅に帰ってきただけよ?」
「いつからここがあなたの家になったんですか? ここは私と、愛する家族の家です」
カルマにとっての愛する家族とは、もちろんリュージ。
そしてリュージの嫁(暫定)のシーラ、リュージの息子(仮)のルコとバブコ。
チェキータは含まれていないのである。
「まあまあいいじゃないの♡」
「よくないですよ。とっとと自分の持ち場に……」
そこでふと、カルマは気付く。
「あなたそういえば、どこ行ってたのですか?」
「へ? な、なにいきなり……?」
チェキータが、珍しく動揺していた。
目が左右に泳いでいる。
「いや、あなたいつも私の周りをうろちょろしてるくせに、今日はあんまり姿見せなかったので」
この監視者。
国王から危険な存在・邪竜カルマアビスを監視せよ、という命を受けてる。
そのくせに、カルマの前に頻繁に現れては、ちょっかいを出してくるのだ。
それが今日は、あまり見かけなかった。
というか、今日は今はじめて、チェキータは姿を見せたのだ。
「どうして?」
「ま、まあ……いいじゃないの。それにほら、本来なら姿を消して監視するのが、お姉さんの役目でしょ?」
「……まあ、そうですね。やっと真面目に職務遂行する気になったということでしょう」
「そっ……そうそう。そういうことよっ」
うんうん、とチェキータが慌ててうなずく。
……なんだ、焦っている?
カルマは内心で首をひねる。
この無駄肉女は、いつも無駄に大人の余裕を見せてくると言うのに……?
まあ……いっか。
それ以上は追求しないことにした。
カルマにとって、リュージ以外のすべてはどうでも良いのである。
「ところでカルマ、さっきの話だけど……回復魔法は必要ないと思うわよ」
チェキータが煙のように消え、対面のイスに座る。
先ほどまでの焦りはなく、いつもの余裕ある笑みを浮かべていた。
「どうしてですか? だってりゅーくんお疲れモードでした。ご飯もしっかり食べて、お風呂にも入ったのに……ハッ!? まさか新種の病気!? 新型ウイルス!? いやぁーーーーりゅーくんお母さんを残して死なないでぇーーーーー!」
カルマがこの星を消し飛ばそうとした(リュージのいない世界などなくなっても良いので)、そのときだ。
「もう、違うわよ~♡ 落ち着いて♡」
きゅっ、とチェキータが、カルマの頭を抱きしめる。
いつの間にかチェキータが、自分のとなりに出現していた。
この女は、まるで忍者のように、消えたり出てきたりができるのだ。
「…………。ち、近寄らないでくださいよっ」
ぶんっ! とカルマがチェキータを振り払う。
一瞬落ち着いてしまった自分に活を入れる。
軟弱もの。こんな女に癒やしをもらうんじゃありません。私の癒やしは息子オンリー。
「それで、違うっていうのはどういうことです?」
またいつの間にか、対面のイスに移動していたエルフに、カルマが言う。
「リューはね、カルマ、あなたの今日の行動に疲れてたのよ」
「はぁ? 訳わかりません。私が何かしましたか?」
「あなた、学校に乗り込んで、リューの授業の妨害してたじゃないのよ」
苦笑しながら、チェキータが答える。
「授業の妨害?」
「真顔で驚いてるわこの子……まったく、いつまで経っても、あなたは子どもね~♡」
「うっさい!」
ふんだっ! とカルマがそっぽを向く。
このエルフ女の、大人っぽいところが死ぬほど嫌いだ。
なぜなら自分の理想とする、余裕ある大人の母親の振る舞いだからだ。
カルマは自分が、母として未熟なことは痛感させられている。
すぐに動揺する。
すぐに心配になる。
だから何があっても動じない、この女の態度が……ほんと、嫌いだ。うらやましいから。
……まあ、死んでも本当のことは口にしないけども。
「カルマ、あれはいけないわよ。あなたの振る舞いで、リューが周りの子から悪目立ちしちゃってたじゃない。あれは恥ずかしいわ」
「意味わからない。勝手な憶測で物を語らないでくださいよ」
「憶測じゃないわよ。いいカルマ? 思春期の男の子はね、異性の目がとっても気になる物なのよ」
「むぅ……そういうものですか?」
そういうものなのよ、とチェキータがうなずく。
「あなたが何かして目立つと、その息子であるリューにも注目がいっちゃうでしょう? 女の子たちからの視線が気になっちゃって、リューは勉強どころじゃなかったのね。気疲れしちゃったのよ」
「まあ……理屈はわかりました」
しまった。
また無自覚に、息子を傷つけてしまっていたのか。
カルマはショックを受けた。
「けど……りゅーくんは一言もそんなこと言わなかったですよ?」
「当たり前じゃない。リューは優しい子だから、あなたを邪険になんてできないし、しないのよ」
ふふっ、とチェキータが微笑む。
カルマは、そこにおいては同意した。
息子は、底抜けに優しい。
カルマが何かをやらかしても、多生怒りはするけど、謝れば絶対に許してくれる。
そんな優しい息子が、かわいくてかわいくて、仕方ないのだ。
だからこそ……愛しい我が子を傷つけた自分が、許せなかった。
「では……どうすればいいですか? どうすれば、りゅーくんは気疲れせず、勉強に集中できるようになります?」
カルマはチェキータに尋ねる。
この女に頼るのはしゃくだが、こいつは無駄に長生きしている。
人生経験が豊富なので、正しい助言をくれるのだ。
頼るのは嫌だが、これ以上息子を苦しめるよりは断然ましなのである。
「カルマもわかってるでしょう? 少しの間、家でリューの帰りを待ってあげるの」
「……いやでも、でもでもっ!」
カルマはガタッ! と立ち上がる。
「あの教室にはデルフリンガーとかいう、極悪非道な暴力教師がいるんですよ!?」
カルマが力一杯叫ぶ。
「いつ息子が、あの女教師から体罰を受けるか!? 私もう心配で心配でたまりませんよっ!」
チェキータは……。
額に汗をかいて、あさっての方向を向いていた。なんだそのリアクションは?
「だ、大丈夫じゃない? 仮にも教師なんだから、さすがに生徒に手は出さないわよ、うん」
「そんなのわからないじゃないですかっ!? 何を根拠に言ってるんですか!?」
「それは……………………そうだけど」
?
なんだろうか……。
珍しく、この女が、言葉に詰まっていた。
いつもは落ち着きなさいよとか言うくせに。
知り合いが、さっきから変な態度を取ってくる。
そっちの方が気になってしまい、怒りがどこかへ行ってしまった。
「とにかく。教師側も問題を起こすわけにはいかないだろうから、生徒には手を出さないわ」
「でも……もし体罰とかあったら?」
「そのときは遠慮なく文句を言いに行けば良いじゃない。どうせあなたのことだから、家にいても、魔法であの子を遠隔で見張るつもりなんでしょう?」
「まあ当然そうしますけど」
母には息子のことを、24時間、365日、見守り続ける義務があるのだから。
「なら家でおとなしくリューの帰りを待ちなさい。わた……あの女教師がなにかリューに体罰とかしたら、そのときだけ行けば良いでしょ」
「なるほど……それならりゅーくんが他のメスどもからの注目を浴びて、嫌な思いをしなくてすみますね」
うむむ……と悩む。
「しかし……しかしりゅーくんのそばを離れるのは、不安だなぁ。不安すぎるよぉ……心配だぁ……」
「そうねぇ……でもカルマ。これってちょっと母親っぽくない?」
ぴたっ。
「どういうことですか?」
「息子が学校を言ってる間、家で帰りを待つのって。ほら、母親っぽいじゃない?」
その言葉を聞いて……。
カルマは、
「ぽいーーーーーーーーーー!」
目をキラキラと、まるで星のように輝かせる。
「そうじゃんすっごいそれ母親っぽい! 息子が学校へいってらっしゃーい! その間に部屋とか掃除しちゃって! ああすごいこれすっごく母親!」
邪竜カルマは、リュージの生みの親ではない。本当の母親ではない。
だからこそ、カルマは『母』というものに、過剰なまでに憧れを抱いているのだ。
だからこそ、母親っぽい言動するチェキータを毛嫌いする。
裏を返せば、自分が母親っぽい振る舞いをすることが、好きなのである。
「よし決めたっ! 私我慢しますっ! りゅーくんが学校から帰ってくるのを……待つ! 母親として!」
ぐっ……! と拳を握りしめ、カルマがそう宣言する。
チェキータはほっ……と安堵の吐息をついていた。
「ああでもあのデルフリンガーとか言う女が暴力を振るわないか、常にチェックしますからね! 何かしでかしたら私がすっとんでいって、この聖剣エクスカリ棒でぶんなぐってやる!」
カルマは【万物創造】スキルで、とげのついたバッドを作り出して宣言する。
「そうね……気をつけるわ」
「? なんであなたが気をつけるんです?」
なんでもない、といって、チェキータは首を振った。
かくしてカルマは、息子の勉強の邪魔を……なるべくしないように、善処すると決めたのだった。
はたしてどれくらい我慢できるだろうか……?
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