83.邪竜、入学初日から授業参観する【後編】
カルマによる授業妨害を受けた、数十分後。
リュージは、授業の最後に、小テストを受けていた。
100点満点の、筆記形式のテストだ。
内容は授業で習ったことだけじゃなく、冒険者としての知識を問う問題も多い。
単純にモンスターの名前を答えろという問題や、モンスターの性質や特徴を簡潔に答えろというもの。
このモンスターから剥ぎ取れる素材は……など、問題の種類は実に多彩。
そして難易度はかなり高めのように感じられた。
かりかり……かりかり……。
生徒たち全員が、真剣な表情で、ペンを走らせる。
このときばかりは、母も後の方で黙っていた。
リュージは解答用紙に、答えを書き込んでいく。
しかし……。
「(む、難しい……)」
授業の一問一答形式の質問よりも、遙かに難しかった。
書いている答えが、合っているとは到底思えない。
リュージの知らない問題が出るたび、じわり……と額に汗が浮かんだ。
かりかり……。かりかり……。
「(他のみんなは、よどみなく答えてる。……僕だけだ、こんなに苦戦してるのは)」
ぎゅっ、とリュージは下唇をかむ。
自分の能力のなさは、生まれたときから痛感している。
なにせこの世に生を受けたその瞬間から、となりには完全無敵の最強が、そばにいたのだから。
しばし問題を、苦し紛れながらも答えていくと……。
ぴたり、と完全に、リュージの手が止まった。
【モンスターと魔力結晶の関係性について、魔物生物学の観点で答えよ】
「(ああどうしよう……この問題、さっぱりわからないよ……)」
今まではなんとか、記憶を掘り返し、それっぽい答えを書いた。
だがこれは、さっぱりわからない。
「(これは飛ばすしかないな……)」
と、思った、そのときだった。
『(りゅーくん……聞こえますか……りゅーくん……?)』
突如として、リュージの脳内に、カルマの声が聞こえてきたのだ。
「(か、母さんっ?)」
『(今……あなたの心に……直接語りかけています……)』
ばっ……! とリュージが背後を見やる。
笑顔のカルマが、両手でブンブン! と手を振っていた。
「リュージ。テスト中だ。後ろを見るな。カンニング行為になるぞ」
教壇にイスを置いて座っていた、デルフリンガーが、ぎろっとにらんでくる。
「す、すみません……!」
リュージはテスト用紙に集中する。
『(りゅーくん……あの女はあとでお母さんが滅却しておきます)』
「(しなくていいからっ。静かにしててっ)」
リュージは心の中で、カルマと会話する。
どうやらテレパシーのような物を、母が使っているようだった。
『(りゅーくん……そこの問題の答え、お母さんが教えてあげます)』
「なっ……!」
リュージは思わず声を上げそうになる。
デルフリンガーににらまれたので、黙る。
「(いらないよっ! そんな余計なお節介!)」
『(しかし息子が困っている姿を、母としては容認できません。息子のピンチにかけつける、これすなわち全母の義務!)』
後ろを見なくても、カルマのどや顔が見えた。
「(いいから余計なことしないでっ! 答えも教えなくって良いからっ!)」
『(むぅ……そうですか? では折衷案として)』
するとリュージの握っているペンが、一人でに動き出したではないか。
ペンは解答用紙の上を、よどみなく、自動的に動く。
用紙にペンが、答えらしき文章を、書き込んで言っていた。
『(遠隔操作です。ふふっ、これなら)』
「だからもうっ! 余計なことしないでってば!」
思わず、リュージは声を荒げてしまった。
ハッ……! とリュージはデルフリンガーを見やる。
「…………」
ダークエルフは、立ち上がると、リュージのそばまでやってくる。
「(しまった……怒られる!)」
と思っていたそのときだ。
デルフリンガーは、リュージの横を通り抜けて、カルマの目の前にやってくる。
「なんです?」
「失せろ。授業の邪魔だ」
ブンッ……!
デルフリンガーが、いつの間にか剣を取り出し、その腹でカルマの横っ面をたたいた。
すさまじい勢いで、カルマが窓に向かって吹っ飛んでいく。
ぱりーーーーーんっ!
「か、母さんっ!?」
母は窓ガラスを割って、校舎の外へと吹き飛ばされた。
「あ、あの先生……いくらなんでも、ちょっとやりすぎじゃ……確かに母は、邪魔してましたけど……」
リュージは強制退去された、母の安否が気になっていた。
窓ガラスが肌に刺さって、けがでもしてないだろうか……と。
「安心しろ。アレは、あれくらいじゃ傷つかない」
アレ、とはカルマを指してるのだろうか。
いや確かに、カルマは地上最強の存在だ。あの程度の攻撃ではびくともしない……とは思う。
それでも母のあの後が気になったし、それになりよりも、別のことが気になった。
「(デルフリンガー先生、どうして母さんが大丈夫だって、言い切れたんだ……?)」
デルフリンガーとカルマは、今日出会ったばかりだ。
当然、カルマに邪神王のチカラがあることは、知らない。
最強であることも知らない。
だのに、デルフリンガーの口調は、まるでカルマが最強で無敵の存在であることを、あらかじめ知ってるかのような口ぶりだった。
いったいどうして……?
「リュージ。ぼやっとするな。テストを続けろ。残り時間が少ないぞ」
「あ、はいっ! すみませんっ!」
リュージは慌てて席に着く。
母が窓の外でどうなっているか気になって集中できなかったが、なんとかテストに答えを書いた。
ややあって、テスト終了。
採点の結果、リュージはこのクラスで最低の成績を取る羽目になった。
後半、カルマのせいで、完全に集中力が切れていたせいだろう。
「すみません……母がすみません……あと、悪い点数取って、ごめんなさい」
採点後の、教室にて。
リュージはデルフリンガーに頭を下げる。
すると先生は意外にも、こう答えた。
「前者も後者も気にするな」
むしろ怒られると思っていたくらいだったので、リュージはデルフリンガーの答えに、驚いた。
「特に後者は本当に気にするな。学校とは、できないことを、できるようになるように頑張る、学びの場だ」
デルフリンガーはリュージに近づいて、頭に手を乗せる。
「今できないからといって落ち込むな。恥じるな。失敗を積み重ね、そして強くなれば良い。今はその課程に過ぎない。だから気にするな」
「………………はい」
リュージは、デルフリンガーに頭を撫でられた。
それをされながら……やはりリュージは、デルフリンガーに、誰かを重ねて見ていた。
この感覚を、リュージは遠い昔からしっているような……。
とそのときだった。
「やっと入れたぁああああああ!」
どがぁああああああああああああああああああん!!!!
校舎の壁を突き破り、カルマが教室へと入ってきたのだ。
「結界が作動してなかなか入れませんしたがっ、お母さんをなめないでください! 気合いで結界を突破してきましたっ!」
どうやら母は、ぴんぴんしているようだった。
美しい柔肌に傷一つなく、ほっ……とリュージは安堵の吐息をつく。
カルマはずんずんずんっ、とデルフリンガーに近づいて、くってかかる。
「息子が最低点ですって!? やり直しを要求します!」
「もうテストは終わった」
「だからやり直しー!」
「それはまた明日だ」
「ぐぬぬぬぬぅ……」
カルマはキッ……! とデルフリンガーをにらむと、こう言った。
「明日も授業参観に、来ますからね!」
「学校に、ついてこないでよ母さん!」
リュージはそう、叫ぶのだった。
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