82.邪竜、教壇に立つ【後編】
冒険者学校の教室にて。
母がいつも通り暴走していたそのとき。
ガラッと出入り口のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「そこの女。なんだ貴様は。ここは私の教室だぞ?」
母カルマにそういうのは、美しい女性だった。
長くとがった耳は、エルフのようだった。しかしエルフと決定的に違うのは、その肌の色。
彼女はチョコレート色の肌をしていた。
また髪の毛も銀髪だ。
「……ダークエルフだ」
リュージは呟く。
ダークエルフ。エルフとはまた異なる種族の亜人だ。
「なんですかあなたはっ。ここはお母さんの教室です!」
「私の名は【デルフリンガー】。冒険者学校の教員で剣士科を担当する」
どうやらこのダークエルフ……デルフリンガーが、このクラスの本当の担任の先生らしい。
デルフリンガー。厳つい名前にぴったりの、冷たく鋭い瞳をしている。
体つきは豊満で、人の顔ほどあるバストをしていた。
「……ん? あれ? あの人、どこかであ、ったことある……?」
リュージはデルフリンガーを見て、小さく呟く。
ダークエルフに知り合いはいない。
だがしかし、【誰か】に似ているような気がしたのだ……。
この人に……あったことがあるような、気がした。
しかし記憶を掘り返しても、やはりこのデルフリンガーという人物との面識はない。
なのに既視感はある。なんだろうか……。
リュージが首をひねっているその一方で、カルマはデルフリンガーにくってかかっていた。
「息子を教えるのが母の役割! このクラスは私が教えます!」
母が声を張る。
デルフリンガーはピクリ、と眉間にしわを寄せて言う。
「貴様の言っていることは支離滅裂だ」
「なっ!?」
「息子を教育するのは確かに母親の役割かも知れない。しかしここは学校で、貴様の息子は生徒という立場でここへ来ている。そ貴様の息子は生徒としてカウントされている以上、この場において息子を教育するのは私の、教員の役割だ。違うか?」
ぐぅの音もでないほどの正論だった。
それに対してカルマは、
「ぐぅッ……!」
と言葉を詰まらせていた。
「う、うるさいですっ! とにかく私がりゅーくんを教えるのですッ!」
「ほぅ。貴様は剣が使えるのか?」
「も、もちろんっ! ばりばり使えますよ!」
「では……」
そう言って、デルフリンガーは、腰のポシェットに手を突っ込む。
そこから剣を取り出して、カルマに突き出す。
「それで私に斬りかかってみろ」
「は? どうして……?」
「私に一太刀いれられたら、私はこの場を引いてやろう」
「なっ……!? せ、先生!」
リュージは慌てて立ち上がり、カルマの前に立ち塞がる。
「なんだ?」
「や、やめておいた方が良いです。その……母は、その……強すぎて、たぶん、先生が怪我してしまいます」
リュージのことを、デルフリンガーがじっと見つめる。
冬の日の凍てつく空気のように、冷たい視線に、リュージは耐えきれなくなって目をそらす。
「心配は無用だ。どうせ私が勝つ」
「ふふんっ! いいでしょう。その度胸に免じて、手加減してあげます」
カルマはデルフリンガーから剣を受け取り、構える。リュージを下がらせる。
「手を抜く必要はない。全力でかかってこい」
デルフリンガーが同じ剣をもう一本取り出して、カルマの前で構える。
「死にますよ?」
「安心しろ。どうせ私が勝つ」
「では遠慮なく……!!!」
カルマはぐっ……! と身をかがめると、一瞬でデルフリンガーに距離を詰める。
ブンッ……!!!!!
すさまじい早さの上段からの切り。
カルマの神速の剣が、デルフリンガーに襲いかかる。
「あ、危ない-!!!!」
リュージが叫んだそのときだ。
デルフリンガーの体が、ブレた。
「「なっ!?」」
リュージも、そしてカルマさえも、デルフリンガーが急に消えたことに驚いた。
そして……。
ちゃき……。
「私の勝ちだな」
デルフリンガーは、カルマの真後ろに移動していた。
まるで霧のように消えて、音もなく出現していた。
「貴様の剣は単純すぎる。いくらパワーとスピードがあったとしても、こんな未熟な太刀筋では猿でも勝てる。おそらく貴様は剣で戦ったことがほとんどない。違うか?」
「ぐぬっ、ぐぬぬぬぬぬっ!」
デルフリンガーの言葉に、カルマが悔しそうに歯がみする。
たしかに母は、基本的に素手で戦う。あまり剣を使ったことはない。
「剣を使ったことのない人間が、よく剣を教えようと思ったものだ」
「うぐ……うごごごご……!」
「貴様の息子や、ほかの生徒たちは剣を習いに来ている。そんな彼等に貴様が何を教えられる?」
「う、うぐぐぐぅ……」
デルフリンガーの正論に、カルマは一言も言い返せていなかった。
「そしてこうしている間に、貴様の息子に剣を教える時間がどんどんなくなっている。貴様が息子の成長を邪魔しているという自覚はないのか?」
「う、うが……」
カルマは体をブルブルと震わせ、そして
……。
「うがああああああああああああああああああああああああ!!!!」
カルマが天を仰ぎ、慟哭する。
どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
カルマの叫びが、天井に穴を開ける。
カルマはしゃがみ込むと、その場からジャンプ。
宙に浮かぶと、
「今日はこれくらいにしてあげます!!! しかし覚えてなさい!!! この屈辱……何百倍にして返しに来ますからね!!」
そう言って、カルマはばびゅんっ! と空を飛んで消えた。
あとにはリュージたち生徒と、デルフリンガー先生だけが残された。
「す、すみません、デルフリンガー先生。母が……ご迷惑おかけして」
ぺこっ、とリュージが頭を下げる。
デルフリンガーは「いや」と首を振る。
「気にするな」
と一言だけそういった。
リュージはじっ……とデルフリンガーの目を、そして顔を見やる。
「なんだ?」
「あ、いえ……。その……僕たち、どこかであったことありますか?」
リュージの問いかけに、デルフリンガーは一瞬だけ、目を丸くする。小さく「……鋭いわね」と何事かを呟いた後。
「ない。貴様の気のせいだろう」
「……そう、ですよね」
まあ本人があったことないというのだ。初対面だろう。
「トラブルはあったが問題ない。授業を始める。リュージ、席に着け」
「は、はいっ」
デルフリンガーに気圧され、リュージは慌てて、自分の席に着く。
「邪魔が入ったが私がこのクラスの本当の担任デルフリンガーだ。1ヶ月という短い期間だが、貴様らに手心をかける気は一切ない。しっかり授業についてくること。いいな?」
「「「はいっ!」」」
……かくして、リュージの波乱の学園生活は、スタートしたのだった。
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