80.息子、冒険者学校に通う【中編】
シーラと犬人を倒した、その日の夜。
リュージは自分の部屋のベッドに腰掛け、深くため息をついていた。
「はぁ~…………」
母たちは一階で寝ている。恋人のシーラも眠っている頃合い。
リュージは眠れず、ずっともんもんとしていた。
「はぁ………」
思い出されるのは、先ほどの冒険。
リュージはやってくる中級モンスターの犬人に、ただ圧倒されていた。
情けない姿をさらすリュージ。
その一方で、シーラはちゃんと対策を取っており、そして華麗にモンスターを撃破した。
「はぁ~~~~~~~~~~~~」
一段と深くため息をついた、そのときだった。
【あら? なーに、リュー。そんな大きなため息なんてついちゃって】
どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。
落ち着きがあって、聞いていて安心するような、大人の女性の声。
「チェキータさん? いるんですか?」
リュージはきょろきょろ、と辺りを見回す。
部屋には誰もいないはず。
見回してもチェキータの姿は見えず、そして気配すらしなかった。
探し回っていると、
ふにゅっ♡
と何か柔らかい物のが、リュージの頭の上に乗っかる。
「わわっ……!」
慌てて背後を見ようとする。
だが頭の上に乗っているものが、あまりに重くて、上手く後を振り向けない。
「こんばんは、リュー♡」
「ちぇ、チェキータさん……」
声はする。たぶんじぶんの後に、チェキータはいて、おっぱいを頭に乗っけているのだ。
「い、いつの間に……。というか、どいてくださいよっ」
チェキータとリュージは、付き合いが長い。
自分にとってのお姉さんのような物だ。
それでもチェキータは異性だ。
血のつながらない大人の女性に、乳房を乗っけられて、リュージはドキマギしてしまったのだ。
ちなみに母カルマとも、リュージは血がつながっていない。
だがカルマは、なんというか母なので、異性という目では、どうしても見れないのだった。
「ど、どいて……」
「あら、ごめんなさい」
ぱっ、とチェキータが離れる。
頭に乗っかっていたおっぱいの柔らかさと、暖かさにドキドキしながら、後ろを振り返った。
「あ、あれ?」
だがチェキータはいなかった。
「こーこ♡」
前を再び向くと、むにっ、とリュージのほっぺに、チェキータの指が刺さる。
「い、いつの間に……」
「お姉さんほら、神出鬼没のお姉さんだから」
答えになってないが、しかし間違いでも無かった。
目の前に立っているエルフの女性を、リュージは見やる。
彼女はチェキータ。
邪竜、カルマアビスの監視役として、国王から派遣されているエルフだ。
足がすらりと長い。垂れ目。そして特徴的なのは……びっくりするくらい大きなおっぱいだ。
「ハァイ、リュー。元気……じゃあ、ないわね。ため息ついてたし、何かあったのね?」
チェキータがリュージのとなりに腰を下ろす。
そしてリュージの頭を優しく抱くと、自分に抱き寄せる。
ふよっ♡ とチェキータの柔らかな乳房が、リュージの頬に当たる。
カルマに同じことをされるよりは、嫌じゃなかった。
「話してごらん?」
「……はい」
昔から、この人にはいろいろと、相談に乗ってもらっていた。
下手したら母よりも、多くのことを、このエルフ女性に打ち明けていたと思おう。
しかし勘違いしてはいけないのだが、決して母が頼りないからという理由ではない。
母に心配をかけたくないから。
母は、少し心が弱いから。
困ったことがあっても、彼女には、打ち明けないのである。
リュージは深呼吸する。
花のような、甘酸っぱい良い匂いが鼻孔をつく。
ささくれ立っていた心を落ち着けながら、リュージは言った。
「僕、最近悩んでいるんです。自分の実力が、足りてないって」
リュージの相談は、先ほどの冒険のことだった。
「ふぅん……。続けて」
チェキータは先を促す。
この人はいつもそうだ。
相談をするときは、まずリュージに、言いたいことをすべて話させる。
その上で、自分の意見を話す。
これが母なら、さっきのセリフだけで大騒ぎだ。
「犬人に、負けちゃったんです……。あ、パーティとしては勝ったんですけど、でも……」
リュージは言いよどむ。
自分の弱さを打ち明けるのには、勇気が必要だから。
それでもチェキータは、何も言わず、リュージの言葉を待つ。
リュージは頑張ってセリフを考えながら、言う。
「僕は犬人に終始後手に回っていました。けどシーラは冷静に対処してました。……シーラと比べたら、僕はまだ実力が足りてない。僕は中級には、まだなれてないんじゃないかって、思うんです」
たぶんシーラは、中級に達している。C級の実力はあるだろう。
だがリュージは、まだまだ中級とは言いがたい。D級が良いところだろう。
「前衛と、後衛を同列に扱うのはあれですけど……。やっぱり、僕よりシーラの方が強いなって思って……。くや、しくて……」
言ってて、情けなくなった。
シーラは女の子だ。加えて、彼女は自分の恋人だ。
本当ならリュージが守ってあげないといけない立場にいるのに。
リュージの方が、力が劣っている。
だから悔しくて、悲しかったのだ。
すべてを話し終えて、ようやく、チェキータが口を開く。
「そうねぇ」
チェキータはリュージの頭をなでながら言う。
「C級以上のモンスターは、一つの関門よね。C級になると、モンスターはINT……つまり賢さのパラメーターを持つようになるわ」
チェキータが続ける。
「今までみたいに、単純攻撃をしてこなくなる。戦略を練ってくるモンスターや、魔法を打ってくるモンスターだって出てくる」
よどみなくチェキータがしゃべり続ける。
「このC級を倒せるようになるかどうかで、一流になるか、それか二流で終わるかが決まると思うわ」
「……やけに、詳しいんですね」
チェキータは国王の組織の一員だ。
その割には、冒険者の事情を熟知しているように思えた。
「ふふっ♡ お姉さんは、お姉さんだからね♡ 色んなこと知ってるのよ」
上手くごまかされた気がしなくもない。
だがチェキータが言うと、不思議な説得量を持つから不思議だ。
「そうかぁー……。実力不足ねえ……。ううん……」
チェキータはしばし沈思黙考。
「……しょうがない、一肌脱ぐか」
うんっ、とチェキータが大きくうなずく。
「リュー。ひとつ提案があるんだけど、聞いてくれる?」
チェキーがそう言う。
リュージは彼女を見やる。
慈愛に満ちた表情を浮かべるチェキータ。
彼女は、こう言った。
「冒険者学校に、通ってみない?」