80.息子、冒険者学校に通う【前編】
お世話になります。
今回は前中後編です。
バブコが本格的に、リュージたちの家族になってから、数週間後。
季節は秋も深まり、そろそろ冬になるかな……という頃合い。
リュージは恋人のシーラとともに、街から半日離れた場所にある、ダンジョンにやってきていた。
ここは中級者向けダンジョンだ。
出てくるモンスターが、C級以上のみ。
初心者では絶対に手が出せないダンジョン。
リュージは仲間のシーラとともに、ダンジョンに足を踏み入れ、そして戦闘をしていた。
「リュージくんっ! 攻撃が来たのです!」
「任せてっ!」
リュージは剣を構えて、モンスターの前に立つ。
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!」
モンスターは、犬のような声を出しながら、こちらへと駆けてきた。
文字通り、このモンスターは犬の姿を取っている。
犬人というモンスターだ。全体のフォルムは、二足歩行している犬だ。
犬獣人や人狼とは違う。こちらは人間に犬の要素が足された、犬型の人。
一方で犬人は、大きな犬が人間のように、二足で立っている。人型の犬だ。
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!」
犬人の特徴は、その俊敏性と、強力な爪と牙攻撃だ。
犬人がリュージめがけて、爪を振り下ろす。
リュージは剣で受けようとする。しかし……。
スカッ……!
なんとコボルトは、リュージへ攻撃すると見せかけて、攻撃しなかったのだ。
「しまった! フェイントかっ!」
犬人はリュージを素通りし、後にいるシーラへと、直接攻撃を仕掛けてきた。
「クソッ……! シーラ! 待ってて、すぐ行くから……がぁッ!」
そのときだった。
リュージの背中に、鋭い痛みが走ったのだ。
「な、なんだ……?」
「AOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
「に、二体目!?」
そこには、新たな犬人が、いつの間にかいて、リュージを攻撃していたのだ。
さっきリュージを攻撃しようとしてきた犬人は、にやりと笑うと、シーラへ向かって走って行く。
「く、くそ……」
どうやら最初から、犬人は2体いたらしい。
1体しかいないと見せかけて、リュージが1体目に気を取られている隙に、2体目がやってきたのだ。
「AOOOOOOOOOOON!」
「クソっ! 邪魔っ! くそっ!」
リュージはすぐに、シーラの元へ駆けつけたい。
だが二体目の、犬人が邪魔で、背後のシーラの元へいけない。
「シーラ! シーラぁ!」
リュージは叫んだ。
シーラは魔法使い。後衛職だ。
前衛と違い、彼女は直接戦闘能力を持たない。
もしこの犬人の攻撃を受けたら……。
「シーラぁ!」
恋人のピンチに、叫ぶことしかできないリュージ。
一体目の犬人がシーラに襲いかかる。
そして一体目の犬人の爪が、シーラに襲いかかった……そのときだ。
シーラが懐から、小さな石を取り出す。
それは魔力結晶。モンスターを倒したときに落とす、ドロップアイテムだ。
シーラは魔力結晶を取り出して、
「【麻痺】!」
と叫ぶ。すると……。
「GI…………!!!!」
一体目の犬人の動きが、びたぁ……! と急に止まった。
「リュージくん! こっちは良いのです! 二体目を確実に倒して!」
「え、え、う、うん……」
しどろもどろになるリュージ。その間シーラは、二体目の犬人から距離を取った。
再び精神を集中させ、魔法の準備に取りかかる。
「AOOOOOOOOOOOOON!」
「っらぁ!」
二体目の犬人に、リュージは剣を振る。
がぎぃっ……!!!
犬人の毛皮に、リュージの剣がはじかれる。
「そんな……! どうして……?」
何度も犬人を切りつけるが、しかしコボルトの皮膚に、傷一つつけることができない。
焦るリュージ。二体目が反撃を食らわせようとした、そのときだった。
「リュージくんっ、横に跳んで!」
背後からシーラの指示。
リュージは理由を問わず、そのまま横にジャンプ。
リュージがよけたのを確認した後、シーラが叫ぶ。
「【氷連槍】!」
シーラの中級水魔法が発動。
杖の先から、巨大な氷の槍が何本も出現。
速射砲のように打ち出される。
ズドドドドドドドドドッッッ…………!!!
「GIAOOOOOO…………」
二体目、そしてしびれて動けないでいた一体目すらも巻き込んで、シーラの魔法が、犬人を倒した。
後には大きめの魔力結晶がドロップされる。
「…………」
「リュージくんっ、ナイスアシストなのですー!」
シーラが、ぺかーっと無邪気な笑みを浮かべる。
「…………」
一方で、リュージの表情は晴れない。
先ほどの戦いの様子が、脳裏をよぎる。
剣を振るリュージ。犬人に向かって剣を振るうが、しかし毛皮にはじかれる。
一方でシーラの中級魔法は、しっかりと、犬人の毛皮を貫いていた。
「…………っ」
「どうしたのです、リュージくん?」
ちょこちょこ、とシーラが近づいてくる。
「怪我したのです?」
「え、いや……たいしたことないよ」
犬人に背中を切りつけられたけど、傷は浅かった。
シーラに向かって走っていたのが良かった。距離を取っていたから、深手を負わずにすんだ。運が良かった。
「そっかぁ……。良かったのです。あ、回復薬飲むのです?」
「ううん、大丈夫。もったいないから、使わないでおこ?」
シーラがうなずく。そして、背中の切り傷を、よしよしと手でなでてくれた。
「…………」
普段のリュージならば、ありがとうと言う場面。しかし……。
「シーラ。大丈夫だから、ほんと」
「そうなのです……?」
すっ……とリュージはシーラから距離を取った。
そうやって、優しくされるのが、今は嫌だった。……情けをかけられているみたいで。
「今日は……このくらいにしとこっか」
リュージはシーラに、そう言う。
それに対して彼女は、
「えっ?」
シーラが一瞬、目を丸くしたが、すぐさま、
「はいなのですー!」
と明るく答える。
……さっきのリアクションが、またリュージの心を、ずきりと傷つけた。
リュージは剣を閉まって、出口へ向かって歩く。
その足取りは重かった。
「……情けない」
ぽつり、とリュージが呟く。
情けない。
本気でそう思った。
さっきの戦闘、完全にリュージはお荷物だった。
そして、先ほどのシーラの反応。
彼女は、まだまだ余力を残していた。
ダンジョン探索を、まだできた。
なのにリュージが、帰ろうと提案して、びっくりしたのだ。リュージもまだ余裕だろう、そう、シーラは思っていたのだろう。
「…………」
「りゅーじくん? どうしたの……?」
シーラがとなりへやってきて、不安げに見上げてくる。
「……ううん、何でもないよ」
「それは……」
シーラが悲しそうな顔になる。
だが、
「わかったのですっ」
すぐににこーっと笑う。
シーラは、わかっていたのだろう。
リュージが気を使ったことに。
何でも無いと答えたけど、本当は気にしていることがあると、見抜いたのだろう。
優しい子なのだ、シーラは。触れて欲しくないと思っているときは、触れてこないのである。
若干気まずい雰囲気の中、リュージたちはダンジョンの出入り口まで戻ってきた。そこには……。
「おっめでとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
ぱーん!
ぱーん!
ぱーん!
すんごい笑顔の母が、クラッカー(異世界のパーティグッズらしい)をならして、リュージたちを出迎えてくれた。
「おめでとうりゅーくん! シーラ!」
母カルマが、リュージたちを同時に、だきーっと抱きしめる。
「C級モンスターを見事撃破しましたねっ! さすがりゅーくんっ! シーラも!」
えへへ~♡ とカルマが嬉しそうに笑う。……見事撃破した? どこが……。
「ありがとうなのです、カルマさんっ」
「ふふっ♡ これで二人も中級冒険者ですねー。息子たちは中級なんですよー! って街の中で叫びたいくらいですよー! 叫んでも良い?」
無邪気に笑いかける母。
リュージはというと……。
「やめてってば……」
疲れたように、そう呟いた。
中級冒険者……。
C級を倒せるようになれば、一般的に、そう呼ばれるようになる。
C級の犬人を、リュージたちは倒せた。だから中級冒険者【パーティ】を名乗っても良いだろう。
……しかし。
「はぁ……」
リュージが重く、深く、ため息をつく。そして、ぽつりと、つぶやいた。
「中級、名乗れないよなぁ……」