73.邪竜、家族総出で出勤する【前編】
お世話になってます!
今回は前中後編です。
魔王四天王、後方のベルゼバブ。
母が倒したそいつは、幼女となって、リュージの体から出てきた。
話は母と一悶着あった、数分後。リュージはベルゼバブとともに、風呂場にやってきていた。
【うう……屈辱じゃあ……。この歳でおもらしなど……屈辱なのじゃ……】
くすんくすん、とベルゼバブの幼女、バブコが、湯船に浸かっている。リュージは衣服を着たまま、風呂の外にいる。
「えっと……バブコ」
【その名前でよぶなよぉ……はぁ……】
どうやら母から命名された名前を、バブコは納得いってないようだった。
「着替え置いてあるから、お風呂から出たらこれ使って。タオルもあるからね」
【…………ユートよ】
ドア越しに、バブコの声がする。
「またそれ? 僕はリュージだよ」
【そーだったな……】
沈んだ声音。リュージは気になって尋ねる。
「あのさ、バブコ。ユートってさ。その……100年前にいたっていう、勇者の名前だよね?」
この世界はかつて、魔王とよばれる強大な魔物の王がいた。
そいつを勇者が、仲間と協力して倒した。その勇者の名前が、【ユート】と言った……はず。
「どうして僕をユートって呼ぶの?」
【それは……おぬしがそっくりだからだ】
「そっくり? 誰と?」
【勇者ユートとな。似ておるんじゃ。びっくりするくらいな。黒髪のところとか、黒い目をしているところとか】
確かにこの世界で、黒髪黒目は珍しい。たいてい、みんな明るい色をしている。
ちなみに母が黒髪なのは、人間に変身する際、リュージとおそろいが良い! ということで、黒髪にしているだけだ。
【われと同じように、ユートの生き返りかと思ったんじゃが……どうやら違うようじゃな】
「…………それは、どうしてそう思うの?」
バブコは即答する。
【おぬしは弱い。ユートと比べて弱すぎる。こんな弱いやつがユートの訳がない】
「………………そっか」
ずきり、と心が痛む。別に勇者の生まれ変わりでないことを、気に病んだのではない。
弱いと、ハッキリと言われたことに、落ち込んだのだ。
……リュージは弱い。そのことを、自覚している。ルシファーにさらわれたときも、ベルゼバブと対面したときも、リュージは手も足も出なかった。
どの場面でも、母がいないと勝てなかった。どの場面でも、リュージは母の足手まといだった。
弱い。母と比べて、自分は圧倒的に弱い。最強の母と比べるのも、どうかとは思う。しかし弱いことは事実だ。
「…………」
がちゃり、とドアが開く。真っ白い体の、幼女が出てくる。
「あ、はい。タオル」
「うむ」
幼女はタオルを受け取ると、わしゃわしゃと適当に髪の毛を拭いて、衣服を着ようとする。
「えっとバブコ。髪の毛もっと乾かした方が良いよ。それに体も濡れてるし」
「どうでも良いわ」
「良くないよ。かして」
リュージはバブコからタオルを受け取る。そして髪の毛と体を、丁寧にぬぐう。
「りゅーじ。おぬしはどうして、われにそんな、かいがいしくつくす?」
首をかしげるバブコ。
「だってバブコは、僕が産んだから。きみは僕の、いちおう娘だからね」
「……産んだ、か」
バブコが沈思黙考する。
「おぬしは何者なのじゃ……?」
じっ、とバブコがリュージの目を見据えて言う。
「勇者と似た見た目をしている。魔物をその体から産んで、別の存在へと転化させる。おぬしは何者じゃ?」
「………………僕は」
改めて言われて、怖くなった。逃げていた問題を、改めて突きつけられる。
ルコ……ルシファーを体から産んだときから、自分がおかしなものなのではないか。不安に思っていた。けど不安に思わないように、逃げていた。
けど、今回で二度目だ。魔王四天王を、体から産んだ。魔物から、人間へ。別の存在にしてしまった。これは、普通の人間には、できないことだ。
……もしも人間の両親から生まれたのなら、自信を持って自分は人間だと主張できただろう。
しかしリュージは孤児だ。ドラゴンの母が拾って、育ててくれた存在。
生みの親の顔を知らない。誰がリュージを産んだのかわからない。
それでも、リュージは言った。
「僕は……リュージ。母さんの、カルマアビスの息子だよ」
それはバブコへ言っただけでなく、自分自身に言い聞かせるように、言った。
そう、自分は母の息子だ。たとえ人間じゃないかもしれなくても、あの過剰に愛情をそそぐ過保護な母の息子。そこは変わらない。
「…………」
バブコがじぃっと、リュージの表情を伺ってくる。やがて、はぁ……と吐息をつく。
「……そうか。おぬしも、色々と不安を抱えておるのじゃな。大変なのじゃな」
リュージの内情を見抜いたかのように、バブコが言う。
「自分も問題を抱えておるくせに、他人の面倒を見るなんて。おぬし、さてはお人好しじゃな」
くつくつ、とバブコが苦笑する。
「そうかな?」「そうじゃよ。……しょうがない」
はぁ、とバブコがため息をつく。
「こうなってしまった以上、このおさない体を受け入れるしかないか」
その顔には、ある種のすがすがしさがあった。諦めたという顔だった。
「りゅーじ」
バブコが見上げてくる。
「われに服を着せよ」
んっ、とバブコが両手を自分に向けてくる。
「高貴なるわれは、じぶんでは服をきない。りゅーじ、着せてくれ」
リュージに命令をするバブコ。その顔は明るく笑っていた。かわいらしい、子供の笑みだ。
「うん、良いよ」
リュージはバブコの子供パンツを手に取る。
「はい。足を入れて」
「ど、どこにじゃ……?」
「この穴のところ」
「う、うむ……。わ、わわあぁ!」
同じ側の穴に、足を2本入れようとして、バブコがバランスを崩す。リュージはすかさず体を支える。
「落ち着いて。まずは右足だけ入れてみようか」
「うむ……」
右足、左足とパンツに足を入れるバブコ。
「もしかして自分で服着れないの?」
「ば、ばばばば、ばかにするなよ!?」
顔を真っ赤にして、ぶんぶんぶん! と首を振るうバブコ。
「ふ、服くらい自分で着れるわ! みておれよ!」
そう言って、バブコはシャツに、足を入れようとしていた。
「バブコ。それシャツ。上に着るヤツだよ」
「う、うえ? うう……わからぬぅ~……」
どうやらこの子、自分1人じゃ服も着れないようだった。
「りゅーじぃー……。服を着せろよぉ~……」
半泣きのバブコに、リュージは苦笑する。
「良いよ。はい、万歳して」
「うむ」
「次はスカート。はい手を下ろして良いよ」
「うむ」
そうやって、バブコに服を着せていくリュージ。ややあって、可愛らしい服装に身を包んだベルゼバブの姿があった。
「うん、可愛いよバブコ」
「ふ、ふん。そうかの。ま、まあ……別に、おぬしにほめられても、うれしくはないがなっ!」
ぴっかぴかの笑顔で、バブコが言う。
「じゃあ、母さんの元へ行こうか。朝ご飯食べよう」
「えー……」
嫌そうな顔になるバブコ。
「われはあの女、好かぬ」
「そう言わないで。母さんはちょっと……まあちょっと愛情が過剰だけど、優しい人だから」
「われはべつに、あの女に愛情など求めて折らぬわ……」
ぶつぶつと良いながら、バブコはリュージとともに、風呂場を後にしたのだった。