70.邪竜、息子の交際を認める【中編】
監視者エルフ、チェキータは、カルマを連れてリュージの部屋を出る。
1階のリビングまでやってきた。
「なんですか、息子と娘との交流を邪魔してあなたは」
ぎろ……っとカルマがにらみつけてくる。
「ごめんなさいね、カルマ。ちょっと聞いておきたいことがあったから」
「聞いておきたいこと? はて何かありましたっけ?」
真顔で首をかしげるカルマ。
「あったでしょう。ほら、リューたちの交際の件」
「ああ……それですか」
カルマがこくりとうなずく。
「あなた、リューたちには良いよと言ったけど、その実、理解できてないって嘆いてたでしょう? だから……」
さっき、リュージは明らかに、カルマにその件について再確認しようとしていた。
シーラと付き合うけどいいよね、と。
だからあの場で、話を中断したのだ。まだ気持ちの整理ができてなかったら、カルマは辛い思いをするだろうと。
……しかし。
「いや、お姉さんの杞憂だったみたいね」
チェキータは笑う。嬉しかった。どうやらカルマは、この壁を乗り越えることができたみたいだ。
「……その全てわかってますよみたいな感じ、私ちょー嫌いです」
んべ、っとカルマが舌を出す。この子が自分を毛嫌いしてるのは知っている。そして同時に、この子が本当の意味でチェキータを拒んでないと言うことも、また。
「カルマ。あなた、リューの気持ちを理解できたのね」
「……どうしてそれ、わかるんですか?」
嬉しくなって、チェキータはカルマに近づいて、頭を撫でる。
「わかるわよぉ。何年あなたと一緒にいると思ってるの?」
この子が神の力を手に入れてから、100年ちょっと。その間ずっと、チェキータはカルマを監視し続けた。
そのチェキータには、わかるのだ。カルマがひとつ試練を乗り越えて、成長したということが。
「だからその顔がムカつくんですよ。なんか、母親っぽくって。めちゃくちゃ腹立つ」
ぷいっとそっぽを向くカルマ。だが決して、頭を撫でてることに対して、払いのけようとしてなかった。
「そっか。じゃあリューとしーちゃんの件は、あなたが決着をつけるのね?」
「ええ。だからチェキータ。あなたの力はいりません」
カルマが決然と、チェキータを見ながら言う。
「息子の母親として、きちんと、自分の言葉で決着つけます」
そう言い放つカルマの顔は、今まで以上に【母】だった。
カルマは、またひとつ、新しいステップを踏んだようだ。
監視者としてではなく、一個人として、カルマの成長を、心から喜ぶチェキータ。
「そう、ならそっちはいいか。残り半分の問題については?」
「なんです?」
「だからどうして赤んぼうになったのかって話しよ」
「さぁ。まあいいんじゃないですか? 結果的にもどったし」
それにしては……。
普通に考えて、ありえないことだ。成人の姿から、赤ちゃんの姿になるなんて。
いかに規格外な存在だとしても、その根拠というか、どうしてそうなったのかという原因は知りたい。
「…………あ」
そう言えば、とチェキータは気付く。
「カルマ。ちょっとあなたのスキル、【鑑定】させてもらってもいいかしら?」
「ご自由にどうぞ」
チェキータには鑑定スキルがある。相手の保有するスキルなどをのぞき見ることのできるスキルだ。
チェキータはカルマの持っているスキルを見やる。
「この中に赤んぼう帰りみたいなスキルがあったりして」
「そんなスキル聞いたことないですよ」
スキル一覧票には、恐ろしい数のスキルが並んでいる。
カルマは神殺しの存在。神を倒して手に入れた力は、それこそ数え切れないほどあるのだ。
数あるスキルの中で……。
チェキータは、【それ】を発見した。
「…………あ」
スキル一覧に、こんなスキルがあった。
【願望成就】
→本人の願望を実現させるスキル。物理法則を完全無視して、自分の望みを100%叶えるスキル。
「…………」
これを発見したチェキータは。
「何かあったわかりましたか?」
カルマの問いかけに、
「ううん、やっぱりわからなかったわ」
と答えた。
……この子に、このスキルがあることを教えてしまったら、とんでもないことになりそうだったから。
ただでさえ息子のために無茶をする性格の子だ。こんな都合の良い、いや、良すぎるスキルがあったら。
きっと、ろくでもないことに、使いそうだった。リュージを100人に分裂させろとかおかしなことをやりかねない。
本人がスキルを把握してないのなら好都合。チェキータは、【願望成就】スキルの存在を、黙っておくことにした。
……たぶん、赤んぼうになったのも、このスキルを使ったからだろう。
彼女が無意識に、願ったのだ。赤んぼうになることを。
そうすれば、現実問題(息子が他の女と付き合う)と向き合わなくてすむから……と。
しかしその問題を、カルマは乗り越えることができだ。もう赤んぼうの姿であることを望まない、と望んだ。
だからスキルが発動して、カルマは元の姿に戻れた……ということだろう。
「カルマ」
チェキータは笑って、カルマの頭を撫でる。そして、こう言った。
「リューのこと、息子のこと理解できて、良かったわね」
すると「は? 最初からMAXでりゅー君の森羅万象は理解できてましたしっ!」と強がる。
「息子がわからないと泣いていたのは、どこの誰だったかしら~」
「うっさい。黙れ無駄肉エルフっ!」
かーっ! と歯を剥くカルマが、元気そうで、チェキータは満足そうにうなずく。
「それじゃカルマ。お姉さんちょっと出かけるわね」
「どーぞどうぞ。もう来なくてもいいくらいですよ」
「帰ってくるわよ。ちょっと、王都に確認したいことができたらね」
そう言って、チェキータはカルマの元を離れる。
王都へ向かいながら、チェキータは思う。
「……今回の騒動。王女が何か関わってるのかしら?」
ベルゼバブ。魔王四天王のひとり。
この魔物は、王家が封印していた。
だのに、魔物がカルマに接触してきた。
ベルゼバブが封印を破った……と考えるのが自然だ。だがどうにも解せないことがある。
ベルゼバブは、魔王四天王の中で、もっとも弱い存在だ。ただ虫を操るというだけの能力しか持っていない。
そのベルゼバブが、果たして王家の結界を破れるだろうか……?
「…………」
どうにもきな臭さを覚えながら、チェキータは王都へ向かう。
背後でカルマたちの賑やかな声が聞こえた。チェキータは振り返り、ふっ……と笑う。
「あの子たちには、ああいうのが良く似合ってるわ」
こういう裏方仕事は、チェキータの担当分野なのである。あの子たちが笑って過ごせる毎日のために、自分は頑張っているのだから。