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68.邪竜、ウサギ娘に守られる【後編】

お世話になってます!


 ウサギ獣人、シーラとともに、魔王四天王ベルゼバブから逃げたカルマ。

 

 身を隠していた、店の中。


 どがぁああああああああああああああああああああああん!!!!


 と、店の壁が、破壊されたのだ。


「アッ……!!!」


 シーラはすばやくカルマを抱きしめる。爆風がシーラの体を巻き上げて、壁に激突する。


「ガハッ……!」

「シーラ!!!」


 うつぶせにシーラが倒れる。


 パタタ……っと、カルマの額に、ぬるりとした何かがあたる。


 つん……と鉄のにおい。これは血だ……!


「べ、ベルゼバブ……」


 カルマが穴の空いている方を見やる。


「貴様らこんなところに隠れておったのか。探すのに骨が折れたぞ」


 緑色をした髪の女が、カルマたちの前に立ちふさがる。


「だがそこの女の泣き声で気付くことができた。まったくバカな女だな。身を潜めているというのに、子供みたいに泣きわめくなんて」


 かっ……! とカルマの頭が、真っ白になった。一瞬で、頭に血が上る。

 

 ……これは怒りだ。


 怒りの感情だ。


 シーラを侮辱されて、カルマは怒ったのだ。


 この子は、カルマの身を案じて、泣いてくれた。理由はわからない。


 ただ……泣くということは、本気で、カルマの身を心配してくれたといこと。


 その子のことを、こいつは侮辱した。


 それが……許せなかった。許せない……?


「まあ良い。そこのウサギの小娘。おとなしくその赤んぼうをこっちに渡せ。さすれば見逃してやろう。どうだ?」


 ベルゼバブがシーラを見下ろす。


 その目は、完全に見下していた。路傍の石やゴミのように、シーラを見ていた。


 やつはシーラなんて眼中にない。脅威と思われてないのだ。


「…………」


 シーラが立ち上がる。


 カルマを抱きかかえたまま……。


 その場に転がっていた、杖をつかむ。

 

「お断りします……!」


 杖を構えて、シーラが叫ぶ。


 その目に敵意と、そして明確な怒りが浮かんでいる。


「あなたはカルマさんを殺そうとしている。そんなこと……しーらが許さない!」


 決然と、シーラがそう言い放つ。


 嫌だとハッキリと言ってくれたことに……カルマは場違いだとしても、胸の奥に、暖かな感情が流れ込んできた。


「ほぉー。それで、われと戦おうというのか? 虫けらの分際で」


 はんっ、とベルゼバブが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「虫けらはそっちでしょう! この虫女!」


 ビキッ……! とベルゼバブの額に血管が浮かぶ。


「……死にたいようだな。小娘ぇ……!!!」


 ベルゼバブが腕を振る。


 そこから黒い虫の大群が流れ出る。


「【炎槍ファイア・ジャベリン】!」


 シーラは中級火属性魔法を発動。


 凄まじい早さでの攻撃だった。詠唱をしているそぶりを見せなかった。


 2本の炎の槍が、殺到する黒い虫にぶつかる。


 どがぁああああああん!!!


 1本は虫とぶつかり、もう一本が、ベルゼバブに向かって飛ぶ。


 どがぁあああああああああああああああああああああああああんん!!!!!


 先ほどよりも大きな音。


 爆炎。そして煙が、ベルゼバブの体から立ち上る。


「や、やったのです……?」


 すると……。



「で?」



 煙が晴れ、そこに立っていたのは……。


 漆黒のドレスに身を包んだ、蟲の王だった。


「だからなんだ? まさか今のが貴様の本気か?」


 ベルゼバブはダメージをまるで受けてないようだ。


 ぴんぴんしている。服すら破けていなかった。


「うそ……。直撃したはずなのに……」


 シーラの顔が真っ青になる。


「言ったろう。我は蟲の王。無数の蟲たちが集い、我という体を構成している。貴様のちんけな魔法で、数十匹の同胞は死んだ。だがそれだけだ」


 ベルゼバブが殺気を飛ばしてくる。

 シーラはビクンっ! と体を硬直させる。

「我は一にして全。全にして一。我を殺したければ、我を構成する無数の蟲を、一度に消し飛ばす必要がある」


「あ……。あ……」


 がくがく、とシーラが恐怖で動けないでいる。

 

 その間にベルゼバブが、こつこつ……と優雅に歩いて、こちらに近づいてくる。


「もっとも、貴様のちんけな魔法では、我の全てを消すことなど不可能。……そして!!」


 ベルゼバブがシーラを首をつかんで、持ち上げる。


「ぐっ……!!!」

「我が同胞はらからを殺した貴様は……万死に値する!!!」


 ベルゼバブの手に、黒い蟲が集まる。それが手を伝って、シーラの首に巻き付く。


 どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!


 激しい爆発が起きた。


 シーラが魔法を使ったのではない。


 ベルゼバブの虫たちが、いっせいに爆発したのだ。


 爆発によって、シーラは店の外へと吹き飛んでいる。


 その間にも、決してシーラは、カルマのことを手放していない。


 店の外で、シーラがうずくまっている。ぴくぴく……と動いている。死んではいない。


「爆炎虫だ。体内に可燃性のガスをため込み、爆発して相手を攻撃する蟲だ」


 店の奥から、ベルゼバブの声がする。だがそっちを一顧だにせず、カルマはシーラを見て叫んだ。


「シーラ! シーラぁ……!!!」


 生きているとはいえ、もう虫の息だ。ごほ……っとシーラが咳き込み、


「か、る゛ま゛さん……」


 と、つぶやく。


 声がかすれていた。のどが潰れているのか、酷い声だ。


「シーラ!」

「良かっ゛、た……。無゛事で……」


 にこり、とシーラが弱々しく笑う。


「私のことなんてどうでもいい! あなたが無事じゃないですよ!」


「しーらは……。良いのです。カルマさんが……無事なのが、1番です」


 弱々しく、シーラが笑う。口から血が漏れて、のどの周りが黒ずみになっている。


 顔は火傷を負っていて、きれいな顔が台無しだ。べろりと皮がむけている。


「まだ生きているのか小娘」


 ヒュンッ……!


「危な゛い……!!!」


 カルマのことを、シーラが抱きしめる。


 どがぁあああああああああああああああああああああああん!!!!


 また爆炎虫とやらが、飛んできたのだろう。


 カルマめがけて飛んできたのだのだが、とっさにシーラが、かばったのだ。


 シーラの体が吹き飛ぶ。


 ぼろ雑巾のように、地面に転ぶ。


 それでも……。


 シーラはカルマのことを、手放さなかった。決して離さず、カルマを包み込み、爆炎虫による爆撃を、モロに食らった。


「シーラ! シーラぁ!」


 ウサギ獣人は、今度こそぴくりとも動かなかった。


 今度こそ、死んでしまったのだろうか……。

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ!!! 心が叫ぶ。


「嫌だ! 嫌だ嫌だぁ!」


 思いが口をつく。感情が涙となってほとばしる。


 ぽたっ、と涙が、シーラの頬にかかった、そのときだ。

 

「か…………る、まさん」


 シーラが返事をしたではないか。


 とてつもない安堵を覚えるカルマ。



「か、るま……さん。にげ……て」



 カルマは、絶句する。


 この少女は、今この状況に置いてもなお、カルマに逃げろと言ってきた。


「もう良い……! もう良いではないですか!?」


 カルマは叫んでいた。


「私が犠牲になる! そうすればあなたは殺されない! りゅー君も助かる! それで万事解決じゃないですか!?」


 そうだ。

 

 この邪神王の力なんて、いらない。


 カルマの命なんて、いらない。


 息子の命と比べたら、そして、この娘の命と比べたら……。


「解決じゃ……ないですよ」


 シーラが、カルマの頬に手を伸ばす。


 カルマの涙を、ウサギ獣人が、指で吹いてくれる。


「カルマさんが死んじゃう……のは、嫌……だもん」

「どうして……どうして!?」


 さっきの問いかけだ。


 シーラは言った。カルマが死ぬのは嫌だと。カルマが死んだら、悲しいと。


 シーラは目を見開く。そして優しく、目元を緩ませて言う。



「だって……だってしーらは、カルマさんのこと……大好きだもん」



 その瞬間だけ、時間が止まったような気がした。


「しーら……お母さん、いないから。すぐにしんじゃって……お母さんのぬくもり、知らなかったから」


 カルマは聞いた。


 この少女は孤児だったと。


 両親が早く死人でしまい、引き取られた祖母すらも、7歳のときに死んだ。


 そして孤児院に引き取られたと。


「だから……嬉しかったんだぁ……」


 目を細めて、シーラが笑う。


「カルマさんが……いてくれて。嬉しかった。楽しかったなぁ……。リュージくんと暮らして、しーらわかったの……。これがお母さんなんだなぁって……」


 シーラが横たわったまま、カルマを見て言う。


「優しくて、強くて、あったかくて……。これがお母さんなんだって。だから……リュージくんと、恋人になって。嬉しかったなぁ……」


 シーラがカルマの頬に手を触れる。



「しーらに……本当の、お母さんができたって」



「本当の……お母さん。あなたは……そう思ってくれているのですか?」


 カルマがつぶやく。それは、カルマが1番欲しくて、欲しくて、欲しくて欲しくてたまらないものだった。


 誰かの母になること。


 誰かの母であると、認められること。


 ……邪竜カルマアビスは、正確に言えば、人の母ではない。


 なぜなら息子リュージを生んだのが、カルマではないからだ。


 カルマはたんに、リュージを拾っただけに過ぎない。


 育ての親ではあるだろう。

 だが生みの親では、本物の親では……ない。


 本当の、母ではないのだ。


 ……それが、カルマにとっては、嫌だった。


 ……でも。


 ……だけど。


 この子は、このシーラという少女は。


「シーラ……。あなたは、私を母と思ってくれるのですか?」


「はい……。でも、義理の、お母さんですけどね……。ゲホッ! ゲホッ!」


 ドバッ……! とシーラが血を吐く。彼女の顔が、蒼白を通り越して、真っ白になっていた。


「まだ生きているか、小娘」


 ベルゼバブがいつの間にか近づいてきて、シーラを見下ろす。


「なぜその女に固執する? その女とおまえは他人……」

「黙れぇ……!!」


 シーラが、ぐっ……と体に力をいれて、立ち上がる。


 その姿を見て、ドクンッ……。


「その人は……カルマさんは!」


 ドクンッ……!


「しーらの、お母さんなのです!!」


 ドクンッ、ドクンッ……! 


 体が脈打つ。体に、力が戻る。活力とそして魔力が充溢する。


「母親ぁ?」


「そうっ……! カルマさんは……しーらの大切な人のお母さんで! しーらの……大切なお母さん! 誰にも傷つけさせない! だって! カルマさんは!」


 シーラが、渾身の力を込めて、言い放つ。


「しーらの大好きな、リュージくんの、大好きなお母さんだから……!!!」 



 ……ああ。


 と、カルマは理解した。


 全ての答えに行き着いた。


 シーラが無事で困惑した理由も。シーラが悲しんで胸が痛んだ理由も。この子を愛おしいと思った、その理由も。


 そして……。


 息子が、この子を、愛していると言った……その理由さえも!


「ハッ……! 下らぬわ!!」


 ベルゼバブがシーラを持ち上げる。


 そしてその手に、再び黒い虫が集合する。

 爆炎虫が、さっきの比じゃないくらい、収束している。


「死ね……!!!!」


 どがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!


 激しい爆音。


 もうもうと上がる黒煙。


 周囲の建物は、完全に吹き飛んでいた。


「くくっ……。死んだか。我にたてついたのが悪い……」


 ベルゼバブが勝ち誇る。


 今の爆撃で、あの目障りな娘と、そして盗人ドラゴンを殺したと……。


「勝った……。勝ったぞ……! これであとはあのドラゴンの死体を食べれば、邪神王の様の力が! 我が手に!!」なんて……。




「まさか、そう思ってるんじゃあ、ないでしょうね?」



 煙が晴れる。


 そこに立っていたのは……。


 流れるような、黒髪の女性。


 高い身長。

 豊満なボディ。


 邪竜、カルマアビスの、人間おとなの姿だった。

明日も更新します。


あと2話くらいで6章終了する予定です。

また六章終了時に、とっても嬉しいお知らせができそうです。


ではまた!

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