68.邪竜、ウサギ娘に守られる【前編】
お世話になってます!
魔王四天王・ベルゼバブの襲撃にあった。
やつの手がカルマに伸びたとき、息子が身を挺して、逃げる隙を与えてくれた。
ウサギ獣人のシーラは、カルマと杖をつかむと、窓から大きくジャンプする。
「【風流】!」
シーラが初級の風魔法を発動させる。
シーラの背中に、びゅぅうううううううん! と突風が吹きすさぶ。
シーラはカルマをぎゅっと抱きしめる。
突風はシーラの体を、まるで木の葉のように吹き飛ばす。
ぐんっ、と体に圧力を感じる。おそらく凄いスピードで、魔法の風に吹き飛ばされているのだろう。
「う、【風障壁】!」
シーラがまた別の魔法を発動させる。体の周りを、風の球体が包み込む。
シーラはダンゴムシのように体を丸める。シーラの柔らかな体に包まれるカルマ。
バウンッ……!
と、何かがぶつかり、跳ねる音がした。
バウンッ……!
またぶつかり、跳ねる音。
ガシャアアアアアアアアアアアン!!!
今度は何かにぶつかり、何かが壊れる音がした。
「し、シーラっ! 大丈夫なのですかッ……!」
カルマは叫んだ。焦る。もし……。
……自分は、何を焦っているのだ。もしってなんだ。
困惑するカルマ。だがすく……っとシーラが立ち上がる。
視界が開ける。
「だいじょうぶ……なのです。カルマさん」
にこっ、とシーラが笑う。額から少し血が出ていた。
「あ、あなた血が出てますよ……! 大丈夫なのですかっ?」
言って、またも不思議な気持ちになった。首をかしげる。大丈夫なのかと自分は聞いた。身を案じていた。
「はい。ガラス窓を割って中に入ったとき、額を少し切ってしまったようなのです。けど大丈夫なのです」
「……そうですか。良かった……」
良かった……?
カルマの困惑はさらに深まる。良かったと。この子が無事で、良かったと……そう思ったのか?
息子以外の人間の身を、自分が案じていることに……カルマは不思議に思った。
「そ、それでここは……?」
「ここは閉店したお店の中なのです。あそこから落ちて、バウンドして、窓ガラスを割ってここへ入ってきたようなのです」
真っ暗な中。窓から入る月明かりにより、店の中の様子が少しだけ見えた。雑貨屋のようだった。
「しばらく身を隠しましょう。向こうが完全にこちらを見失うまでは隠れて、その後は冒険者ギルドへ行って助力を要請するのです」
シーラの判断は、正しいと思えた。
この場には非力な人間がふたり。
下手に外をうろつけば、そのぶんベルゼバブに見つかってしまうだろう。
なら身を隠し、時間の経過を待つ。朝になれば人が多くなる。そうすれば、人混みに紛れて逃げることも可能だろう。
そして助力を仰ぐのは、妥当な判断だ。この非力なふたりでは、あのベルゼバブにはかなわない。
何せ相手は魔王四天王。
転生前のルコと同等の強さを持っているとしたら……。
今のシーラたちにはかなうはずのない相手だ。
……だが。ダメだ。
頭ではわかっていても、心が叫んでいた。
息子を。
愛しい息子を、助けに行かないと……と。
「…………」
ぐいっ、とカルマがシーラを押しのけて、その腕から逃げようとする。
「カルマさん、どこへ行くのですかっ?」
シーラがそれに気づき、ぎゅっと抱擁を強くする。決して離すまいという、固い意志を感じ取れた。
「離しなさい。りゅー君の元へ行くんです」
カルマはシーラの腕を逃れようとした。だがウサギ獣人は、決して自分を離そうとしない。
「離しなさい」「嫌です」「離せと言っているのです」「嫌なのです!」「離せっていってるでしょう!?」
シーラの腕の中で、カルマがウサギ獣人をにらむ。
「ここで外をうろついたら見つかってしまうのです。それじゃ危ないのです」
諭すようにシーラが言う。
だがその冷静さが気にくわなかった。
なぜ。
なぜこの女は、焦ってないのか。
カルマは焦りまくっていた。息子がベルゼバブのもとにいる。
もしも息子の身に何かがあったら……と、思わないのだろうか。焦らないのか。恐怖しないのか。
この女は……息子の恋人ではなかったのか? 家族になろうとするものが、家族の身を案じない。
そこにカルマは憤りを覚えた。
やはりこの女は……息子の恋人には、家族には、ふさわしくないと。
「部外者のあなたには関係ありません。私がひとり、ベルゼバブのもとへ行きます」
「ダメだって言ってるでしょう!?」
シーラがぎゅーっとカルマを抱きしめる。
カルマは激しい怒りを覚えた。なぜ止まる! なぜ息子のもとへ駆けつけない!?
「……あなたには失望しましたよ、シーラ」
震える声で、カルマが言う。
「息子が、ピンチなのです! なぜ息子の元へ駆けつけてはいけないのです! なぜ、りゅー君の元へ、あなたは駆けつけようとしない!? あなたは……恋人ではないのですか? 心配では……ないのですか!?」
声を荒げるカルマに、シーラが首を縦に振るう。
「心配です」「なら……!」「でもっ!」
そのときだ。
ぽた……。
と、カルマの頬に、何かが落ちた。
冷たい。いや、暖かい。
暖かな水が、頭上より落ちている。
ぽた……ぽた……と、シーラの頬から、涙がこぼれていた。
「でも……このまま行けば、カルマさんはベルゼバブに、殺されちゃうんですよ?」
シーラが滝のような涙を、流している。
カルマの困惑は、ピークに達していた。なんで? なんでこの子、泣いてるの……?
このまま行けば、カルマは死ぬ。殺されるのは確定している。
非力な赤んぼうの体だ。魔王四天王に勝てる見込みは、万に一つも無い。
元の姿に戻ることができれば、勝つ可能性はあるだろう。
だが今、カルマはなぜか、大人の姿に戻ることができない。邪竜の姿に戻れない。【神殺し】のスキルを使えない。
そんな状態で行けば、カルマが死ぬ。だからなんだとカルマは思う。
息子のために死ねるのなら本望だ。それでちょっとでも息子が助かる可能性があるのなら、この身なんて死んでもかまわない。
……というか。
「……殺されるからなんですか。というか、私がやつに殺されれば、ベルゼバブは目的を達成します」
ベルゼバブの目的は、カルマを殺し、食らって、邪神王の力を奪うこと。
リュージに危害を加えるのが目的ではない。
ならば……。
「私がこの命を差し出せば、ベルゼバブは目的を達成します。りゅー君は助かる。それにあなたの身にも危害が及ばない。なら……」
そのときだ。
……パシンッ!!
と、カルマは、シーラに頬をぶたれた。
「なにを……するのです……! ……か」
頭に登った血は、即座に降りる。
「ぐす……やだぁ……。やだよぉ……。やだよぉ……。うあああああああん!!」
シーラが、声を張り上げて、泣いていたからだ。
顔をくしゃりとゆがめて、滂沱の涙を流している。
「やだぁ……。死んじゃぁ……やだよぉ……」
「…………なぜ?」
言葉が、口をついた。
わけが、わからなかったからだ。
「どうして、あなたが泣いてるのですか? 一体何に、泣いてるのですか……?」
まさか……とカルマは言う。
「まさか私が死ぬのが、嫌だというのですか……?」
こくり、とシーラがうなずく。
「私が死ぬのが悲しいから……泣いているのですか?」
こくり……と再びシーラがうなずいた。
「……わけがわからない。何を言ってるのですか、あなたは?」
本気の本気で、カルマはわからなかった。どうして他人の自分が死ぬのを、嫌だというのか。
どうして死んで悲しいと思うのだろうか
自分と、シーラは。
赤の他人ではないか。
恋人の母。ただそれだけじゃないか。そんなの、他人じゃないか。
血も繋がらない。つながりもない。そんな相手なんて……どうでもいいじゃないか。
けど……なぜだろう。
この子が泣いてる姿を、この子がカルマの身を案じて泣いている姿を見ていると。
すごく……心が痛んだ。
「しーらは、カルマさんが死んで欲しいなんて思わないのです。カルマさんが死んだら嫌なのです」
ぐし……っとシーラが涙を拭いて言う。
「それは……なんで?」
「だって……。だってカルマさんは、しーらの……」
と、そのときだった。
「見つけぞ、このこそ泥どもがぁあああああああああああ!!!」
後編は明日、11/15の19時ごろ投稿します。