64.息子、母と恋人と一緒にお風呂に入る【後編】
リュージはシーラと協力して、母をお風呂に入れさせようとしている。
と言っても、経験不足のリュージにできることは、何もない。
今日は見学だ。
シーラがすることを、見て、覚える。
彼女は、浴槽からちょっと離れたところに座る。
リュージはシーラの隣に正座する。
彼らの下には……なにやら敷物らしきものがあった。
「下に引いているのってなに?」
「浴室用のマットなのです」
シーラはカルマを抱っこして、その場に女の子座りする。
「そんなのあるんだ……」
「お風呂場の床はつるつる滑って危ないので、そういうのが売ってあるのです。けど、これは別に滑るから引いてるのではないのです」
「というと?」
「赤ちゃんをもし落としちゃったとき、危なくないように引いてるのです。ほら、ちょっと反発するでしょこのマット」
リュージはマットに手を伸ばす。
指でマットを押すと、向こうからふにふにと押し返してくる。
「ホントだ、柔らかい……」
「リュージくん、おけに湯船のお湯を少し入れてください」
「わかった」
リュージは側に置いてあった風呂桶を手にとって、湯船からお湯をすくってくる。
「ありがとうなのです。そして……てりゃー」
シーラは魔法を使って、桶の中にぴゅーっと水を出す。
お湯と水とが混じり合って、桶の中の温度が下がったようだ。
湯気が消えている。
「ヌルくなっちゃうよ?」
「ヌルいくらいで、赤ん坊にはちょうど良いのです」
シーラは側に置いてあったガーゼを手に取る。
ガーゼにぬるま湯をつけて、赤ん坊の体を優しくぬぐう。
体全体をてきぱきとぬぐい終えると、今度は石けんをガーゼに染み渡らせる。
同様に体をぱっぱっぱ、とぬぐい、ちょろちょろ……と桶を傾けて、優しくお湯をかけていく。
「手慣れてるね、シーラは」
「はいなのです。妹や弟たちによくやってたのです」
赤ん坊の体を洗い終えたシーラは、洗い残しがないかを確かめてうなずく。
「へえ、シーラって兄弟いるんだね」
「えーっと……。まあ、そんなとこなのです」
シーラは笑っているような、困っているような、そんな微妙な顔になる。
なんだろう……? と思っていると、
「きゃっきゃ♪ あーぶー♪」
母が笑いながら、リュージに手を伸ばしてくる。
最近わかったのだが、こうやって手を伸ばしているときは、抱っこして欲しいサインなのだ。
「カルマさん、髪の毛洗い流すまでもうちょっとおとなしくしててね-?」
「あ゛ーーー! や゛ーーーー!」
じたばた、とカルマが暴れる。
だがシーラは赤子を落とさない。
手早く髪の毛をあわあわにして、ざぱっと洗い流す。
「はい、おしまいっ。リュージくん、そろそろカルマさんを湯船に入れるのです」
「ど、どうやって?」
シーラから母を受け取り、首をかしげる
「特別難しいことはしないのです。胸に抱くようにして、ゆっくりと湯船に赤ちゃんをつけるのです」
「や、やってみる……」
リュージは母を抱っこしながら、湯船へと移動。
ゆっくりと……まずはリュージが体を湯船に。
続いて母を、足からゆっくりゆっくりと……お湯の中に入れていく。
「……おほっ♪ 息子の筋肉っ。たくましー♪」
「え?」
「キャッキャ♪」
母をしっかりと胸に抱きながら、ついに母の体を、お湯の中につけることに成功。
「こ、これでいいのかな?」
「バッチリなのです! リュージくんはお上手なのです!」
ぐっ……とシーラが親指を立てる。
彼女の笑顔を見ていると、心が晴れやかになる。実に癒やされるのだった。
「……きゃー♪ 息子にお風呂に入れられてうれしー♪」「「え?」」「あーぶー♪」
……まあ、母の声が聞こえたようなきがしなくもないが、それはさておき。
リュージが母を湯船につけている間、シーラが手早く髪の毛や身体を洗う。
その様子を見ているのは……なんだか行けない気がして。
リュージは目をそらしながらも、しかしシーラがしゃこしゃこ、と身体を洗う音に耳を傾けていた。
ややあって、シーラが体を洗い終える。
「シーラは湯船にその……入らないの?」
「えっ?」
シーラがびっくりしたのか、うさ耳をぴーんと立てる。
「あ、ごめんっ! 聞かなかったことにしてっ!」
慌てて首を振るうリュージ。
「…………」
一方でシーラはと言うと、顔を真っ赤にした状態で、うんっ! とうなずく。
「シーラ?」
「し、失礼するのですっ」
シーラはすすす、と湯船に近づいて、中に入ってきた。
「え、え、ええっ?」
「ふ、ふぅ……」
ふたり(+母)一緒に、初めてお風呂に入る。
湯船の中で、リュージは顔を赤くしながら固くなる。
お湯の温度が、急激に上昇したみたいだ。ばくばく……と心臓が耳から飛び出しそうなほど、うるさく脈打っている。
「……しーらと一緒じゃ、嫌ですか?」
ぽつり、とシーラがつぶやく。
「……ううん、嫌じゃないよ」
はっきりと、リュージは答えた。
そう、嫌じゃないのだ。むしろ嬉しい。
「えへへっ。……しーらも、嫌じゃないのです」
「シーラ……」
ぽわんと笑うシーラが、最高に可愛らしかった。
風呂に入ってるせいか、頭がのぼせてくる。
シーラと目が合う。
彼女は目を閉じて、すっ……と近づいてきた。
リュージも近づこうとした……そのときだ。
「そーーーーーい!!!」
ばしゃーーーーーーん!!!
とカルマが水面を、すごい勢いで叩いたのだ。
「あ゛ーーーーー! や゛ーーーー! あーーーーーぶーーーーーーー!!!!」
ばしゃばしゃばしゃばしゃ!
母が連続で水面を叩く。
「凄い水柱がっ!」
「カルマさんっ! 暴れちゃダメなのですー!」
とまあ一悶着あったあと。
体が温まったので、リュージたちは、風呂から出ることになった。
まずはリュージが浴槽から出る。
バスルームのドアを開くと、そこにはマットと、そして、
「脱衣所の入り口に……タオルと、着替え?」
「はい。濡れた状態であちこちバタバタすると危ないのです」
シーラがカルマを抱きながら、入り口の前に座る。
赤んぼうをタオルの上に横たわらせる。
「まずはタオルで赤ちゃんをこう、くるんで……」
ぱたぱたぱた……と手早く母を、タオルで包み込んでいく。
タオルに梱包された赤んぼうをよそに、シーラが立ち上がる。
「その間に素早く着替えるのです。えっと……」
もじもじするシーラ。
「あ、シーラからどうぞ!」
「は、はい……。じゃあ失礼して……」
ととと、と脱衣所に上がると、シーラが服を着替え出す。
リュージは後ろを向いて、見ないようにする。
だがどうしても、ぱさ……ぱさ……という布のこすれる音が気になって仕方ない。
ややあって、シーラが着替え終える。
てきぱきと、シーラが母の着替えを行う。
「タオルに包んだ赤ちゃんは、その後におむつとお洋服を着せるのです。これでおしまい」
あっという間に、母は服を身につけていた。
「じゃ、カルマさん。リュージくん着替えるから、向こう行ってましょうね」
シーラがカルマを抱き上げて、脱衣所を出て行こうとした……そのときだ。
「や゛ーーーーーー! おぎゃーーーーーーーーーーー!!!!」
と母が大騒ぎ。
「ええっ。ここにいたいのです?」
「あーい♪」
笑顔の赤んぼうをよそに、恋人たちは顔を赤らめてうつむく。
「あぅ……」
「その……ごめんね。迷惑かけて」
「あ、いえっ。その……し、しーらはそっぽむいているのです! だからどうぞ、着替えてっ!」
シーラがいる中で、リュージは慌てて着替える。
だが異性が後にいるのが、気になってしょうが無かった。
何度も失敗しながら、普段の倍くらいの時間をかけて、着替え終えた。
「疲れたね……」
「ね。でも……楽しかったのです!」
ね、とふたりは笑い合うと、母を連れて風呂場を後にしたのだった。
次回もよろしくお願いいたします!