08.邪竜、ダンジョンを徹底的に掃除する【前編】
前後編となってます!
時間は少し、さかのぼる。
リュージが超楽勝で、ダンジョンをクリアする、その前の出来事。
息子がひとりでダンジョンへ行くにあたり、母は裏で何をしていたのか、という話だ。
「さて到着しましたね目的地のダンジョン」
カルマはスキル、【最上級転移】を使って、自宅からダンジョンまで、わずか1秒でやってきた。
「りゅー君ってばテレポートで送っていくと言ったのに、聞かないのですから。道中で何かあったら、どうするつもりなのですかね。まったくもうっ」
リュージはカミィーナの町からここダンジョンまで、徒歩でやってくるつもりだ。
歩いて、時間にすると2時間。早足で来れば1時間半ほどで到着する距離である。
リュージが歩いて家を出発したあと、カルマはテレポートを使って、一瞬で飛んできた次第。
「さてりゅー君がくるまで1時間半。やれることはやらないとっ!」
カルマはダンジョンをにらみつける。
「息子がケガしないで、ぶじ帰ってこれるよう……ダンジョン内を掃除しなきゃです!」
……そこは普通、【ぶじ帰ってこれるよう祈る】とかではないのだろうか。
しかしカルマにとって、祈りなど何の意味もない。
息子のみの安全を守るのは、神でも仏でもない。母ただひとりなのだ。
「よし、ではまず、【余計な物】をダンジョンからどけますか」
カルマはパンっ! と両手を胸の前で合わせ、柏手を打つ。
【神殺し】のスキル、【強制転移(最上級)】だ。
これは、一定範囲内にある全てのものを、強制的に、別の場所へと転移させるスキルだ。
領域内にあらゆるものを、自分の思うまま、位置を動かすことができるのである。
「さてまずは……危険分子の排除です」
カルマは領域内、つまりダンジョンの中にいるモンスターを、すべて、ダンジョンの外へと強制転移させる。
「おっと、確かスモール・バットが今回の討伐対象でした。だから転移の対象からはずしてっと」
スモール・バット以外のモンスターすべてを、カルマのいる遙か上空へ。
と言っても、空の上に、モンスターたちを送ったのではない。
もっと先だ。
空を超えた先にある、さらにその向こう。
宇宙空間へと、モンスターたちを強制転移させたのだ。
モンスターは異形の物とはいえ生物だ。呼吸をして生きている。
そのため、無酸素の宇宙空間へ放り出されたモンスターたちは、全員もれなく死亡した。
「これでダンジョン内は空っぽです。ふぅ、これでりゅー君がモンスターに襲われる危険はなくなりました。次ですね」
続いて、別のものを、ダンジョンの外へと、強制転移させる。
ダンジョン内の魔物は、討伐対象以外いないはず。
ならカルマは、何を外に転移させるのか……?
カルマがスキルを発動させた瞬間、
「うぉっ!」
「なんだぁ!?」
と、ダンジョンの周辺、あちこちから、人間たちの声がした。
「なんで俺たちダンジョンの外にいるんだよ!?」
「知らねえよ!? 急に目の前の景色が変わったんだよ!」
……そう。
モンスターなきダンジョンにいるのは、他の冒険者たちだ。
無害なやつならいいけれど、中には冒険者を狙って悪さを働く冒険者も、いるかもしれない。
カルマには、人間の善悪をはかれない。
そもそもリュージ以外の人間に興味がないので、違いがわからないのだ。
それゆえに、カルマはダンジョンの中にいた人間を全て、外に転移させたのである。
……と言っても、モンスターの時のように、宇宙空間に放り出すことはしない。
が、別にカルマは、慈悲の心を持ってるわけではない。
リュージ以外の人間に、カルマは一切の興味を持っていない。どうでもいい。
どうでもいいので、殺さなくて良い。というか殺すとリュージが心を痛めそうだから、殺さない。
その程度の理由だ。
「さてこれで、ダンジョンに余計な物がいなくなりました」
やりきった職人の顔で、額の汗をぬぐうカルマ。
「あとはりゅー君がダンジョンに来て、目当てのモンスターを討伐すれば、お母さんクエストは完了です」
なんだお母さんクエストって……とリュージがそばにいれば、ツッコミを入れていただろう。
「くぅ……! りゅー君がそばにいないから、ツッコミを入れてくれる人が、いないです! ……さみしい」
しゅん、とカルマがその場にしゃがみ込んで三角座りをする。
すぐに復活する。
「りゅー君が来るまで……あと45分」
パンッ! とカルマは自分の頬を手ではたいて、言う。
「まだ……やるべきことが、あります!」
他にあるのだろうか。
敵となるモンスターは全て取り除き、危険分子である他の冒険者たちもダンジョンの外へ追いやった。
だがカルマはそれでは足りないと言う。
「まだです……まだ、りゅー君の身に危険を及ぼすものは、たくさんあります! それを全て排除してこそ、完璧な仕事といえるのです!」
カルマは力説すると、ダンジョンの中へと、足を踏み入れた。
「いざゆかん! 地下迷宮へ! まいらぶりー、りゅー君の安全な冒険のために!」