01.邪竜、赤ちゃん拾ってお母さんになる
新連載始めました!よろしくお願いします!
その世界には突如として、魔王と呼ばれる、強大なモンスターが出現した。
魔王は自分の部下である四天王、そして自らの分身である72柱の悪魔たちを率いて、世界に恐怖と混乱を招いた。
世界は滅びを迎えるかに思えた。
しかしそうはならなかった。
魔王襲来と同時期に、手に勇者の紋章を宿した、少年【勇者】が現れたのだ。
勇者とその仲間たちの活躍により、20年かけて、魔王とその部下は倒され、世界に平和が訪れた。
……かに思えた。
しかし実は、魔王襲来には黒幕がいた。
魔王を世界に、意図的に落としたやつがいたのだ。
名前を邪神王ベリアル。
破壊と混沌を司る、最悪の厄災神。
ベリアルは遙か昔、神々によって封印された悪しき神の一柱だ。
肉体は消滅し、精神だけが漂っている状態となり、復活の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
ベリアルは人間の負の感情をエネルギーとしていた。
復活のためには膨大な量のエネルギーが必要だったため、自らの力のほんの一部を、魔王という形に変えて、世界に解き放ったのだ。
結果、魔王の働きにより、恐怖と絶望は世界にあふれかえり、ベリアル復活に必要とされるエネルギーが集まりつつあった。
あと少しで復活できるところまで来たベリアルは、全世界に向けて、こう発信した。
【自分が黒幕であること】、そして【魔王をも凌駕する力を持つ邪神であること】
それによって、世界中の人々は深く絶望した。
勇者が倒すのに20年かかった魔王。それを遙かに超える強大な力を持った神が、やってくるのだから。
そして何より、なぜか、勇者は魔王を倒した後、行方不明となっていたからだ。
勇者という人類の希望がなき世界で、復活する邪神王にかなう存在はいない。
人々の絶望は大きなエネルギーとなり、ついに邪神王は復活を遂げた。
勇者なき世界は、滅びるしかなかった。
……かに思えた。
しかし結果的に、世界は救われた。
なぜなら、邪神王は倒されたからだ。
1匹の、竜によって。
……それが邪神王を倒した竜。
【邪竜カルマアビス】
神を殺した最強のドラゴンがいたおかげで、世界には再び、平和が訪れた。
……それから、百年が経過した。
☆
「やばいです。さみしい。さみしくて震えます……」
その日、邪竜カルマアビスは焦っていた。
場所は自分が住処としている、天竜山脈の麓、その洞窟の中にて。
カルマアビス……カルマの手には、1通の手紙が握られていた。
フクロウによって、知り合いであるドラゴンから、こんな手紙が送りつけられてきたのだ。
【ぼくたち、わたしたち、結婚します!】
……それは結婚式の招待状だった。
「ちくしょう!」
カルマは手に持った招待状をびりびりと破いた。
「なんですか! なんですかもう! みんな、みんな結婚しやがってええええ! 幸せになりやがってええええええ!」
カルマの慟哭は世界を振るわせた。比喩ではない。震度5の地震を発生させたのだ。
「は! しまった。力、制御しないと……」
カルマは反省した。
カルマは神を殺した存在、【神殺し】の称号を持っている。
神を殺したことにより、カルマのレベルMAX、数字にすればレベル999という、とんでもないことになっている。
嘆いただけで地震が発生するレベルの強さを持っていた。
そして、その強さがあるがゆえに、彼女は一人、孤独、ありていに言えばぼっちだった。
「はぁ~~………………。孤独です」
カルマは、あまりに強すぎた。
強すぎるゆえに、周りから浮いていた。
なにせ神を殺す程に強い竜なのだ。一般人はカルマを見ただけで震え上がる。
同種族たちからも、恐れられる存在。
ゆえに、カルマは、友達も、そして恋人もできないでいた。
【いやちょっと……怖いし】
【顔がちょっと……怖いし】
【ぼくらじゃ釣り合わないよね……。神を殺すレベルで強いわけですし……あと顔怖いし】
といって同年代のオスどもは、誰もカルマに近寄ってこないのだ。
「うう……強すぎる自分がうらめしい!」
同性たちはみな、つがいを作って幸せに暮らしている。
同い年でもう結婚して、子供を産んでいるメスだっている。
だのに、自分はぼっち。友達もいないし、彼氏もいない。結婚なんて夢のまた夢だ。
家族は早くに死んでしまっているため、実に、実にさみしい……。
「孤独をこじらせて死んでしまいそうですよ……」
はぁ~~~……………………と深くため息をつくカルマ。
その姿は、とても世界を救った英雄には見えなかった。
「うう……なんで神なんて食べちゃったんだろう……」
カルマは別に、神殺しをしようと思ってしたわけじゃない。
偶然だった。
偶然自分がぐーすか寝ているところに、邪神王とか言う変なやつが現れて、ぎゃーぎゃーとわめいていたのだ。
気持ちよく寝てるところに、うるせえよ! と寝ぼけたカルマは、その邪神王とか言うやつを、丸呑みしたのだ。
意表を突かれて、邪神王はカルマに食われ、死んだのだ。
……そう、別に自分は正義感とか、そういうのは特になかった。
たまたま邪神王が復活した場所が、自分の住んでいる場所だった。
そこで寝てる自分を起こす不届き者がいたから、排除しただけ。
その結果、とてつもない強さを、理不尽な形で手に入れたのだ。
「いらないですよこんな力……。はぁ……普通の女の子になりたかったです」
こんな強さがあるせいで、人々からは恐れられ、ドラゴンたちからは避けられている。
「はぁ……つらい。もう死んじゃおうかな……」
邪神王を倒して神殺しとなってから、100年が経過している。
その百年の間、カルマはぼっちだった。
まともに人と話してない。同族とですら、まともに会話してない。
百年の孤独は、カルマの精神をむしばんでいた。それに拍車をかけるように、知人からの結婚式の招待状。
招待状が、カルマにひとつの決断をさせた。
「よし、自殺しよう。死んで竜生をやり直すのです。来世にワンチャンかけます」
かくして世界を救った英雄であるドラゴンは、ぼっちだからという理由で、死を迎えようとしていた。
……と、そのときだ。
「おぎゃー! おぎゃー! おぎゃあ!」
巣の外で、何かが泣く声がした。
「なんでしょう? 動物?」
どすどすどす、とカルマは、声のする方へと歩いて行く。
自分の巣の入り口に、バスケットがおいてあった。
「なんです? カゴ? 中に何か入ってますね……」
にゅっ、とカルマはカゴの中をのぞく。
するとそこには、
「おぎゃー! おぎゃー! おぎゃー!」
「赤ん坊……? 人間の、赤ちゃん……ですか?」
小さな赤子が、かごの中に入っている。ぷくぷくのほっぺが実に愛らしいではないか。
「こんなかわいい赤ちゃんが、どうして私の巣の前に……?」
きょろきょろ、と辺りを見回すが、しかし親らしき存在は見当たらない。
「ははぁ、捨てられたのですね、あなた」
この子は孤児というわけだ。
「かわいそう……あなたもひとりなんですね。ふっ、私もですよ」
孤独という共通項が、邪竜に赤ん坊への興味を抱かせた。
「この子、どうしましょう。捨てた親を探す……べきでしょうか」
そのときだった。
ふと、赤ん坊と、カルマと目が合ったのだ。
カルマは焦った。
しまった……泣かせてしまう!
ただでさえ自分は、人々からも、そしてドラゴンたちからも、怖がられている。
当然だ。
カルマは……邪竜カルマアビスは、神を殺したことによって、その存在が進化している。
黒曜石もかくやというほど、黒光りした鱗。目はいつも血走っているかのように赤い。
口の中にはいく千もの鋭い牙が、まるで剣のように生えている。
そして常に、漆黒の【オーラ】のようなものが、身体から出ているのだ。
カルマは知らないが、これは神殺しの称号を得たことによって手に入れたスキルの1つ。
【恐怖のオーラ】という、弱いモンスターなら近づいただけで失神するという、常時発動型のスキルだ。
カルマは神を殺したことにより、莫大な経験値とレベル、そして強力なスキルを、無自覚に身につけている。
それはさておき。
この恐怖のオーラが出てるので、人々は自分を恐れてしまう。
カルマは経験で知っていた。自分を見た人は、皆恐怖し、泣き叫び、逃げていくことを。
「(この子も泣かせてしまう!)」
と思った、そのときだった。
「きゃはははっ♪」
カルマの予想に反して、その赤ん坊は、笑ったのだ。
「…………」
カルマはその瞬間、その赤ん坊の笑顔に、心を奪われた。
誰もがみんな、カルマを恐れ、避けていた中……。
その赤ちゃんは、自分を怖がるどころか、笑いかけてくれている。
「ぐす、ぐす……うぇえええええん!!」
泣いたのは、赤ん坊でなくカルマだった。嬉しかった。
自分を怖がらず、笑いかけてくれるひとがいてくれたことが……。
「だぁ? きゃっきゃ♪」
赤ん坊は、なきわめくカルマを見て、さらに笑顔を濃くした。
それを見て……カルマは、思った。
かわいい。とてもかわいい。とんでもなくかわいいぞ、この子は!
「決めました。私、死ぬのはやめます!」
カルマは決意する。
「だって私が死んだら、誰がこの子の面倒を見るのです!」
そう、この赤ん坊は捨てられたのだ。親など探しても見つからないだろう。
もしカルマが見捨てたならば、この赤ちゃんは、誰にも面倒を見てもらえず……死んでしまう。
この強面のドラゴンを見て、怖がらずにいてくれる、優しくてかわいい赤ちゃんを……カルマは放っておけなかった。
「大丈夫です、私があなたを、責任持って立派に育て上げます!」
ある意味で自分が死ぬのを救ってくれたのは、この赤ん坊だ。
その恩をどうやって返せば良いのか考えた結果、自分がこの子を育てることに決めたのだ。
そう、邪竜カルマアビスは、このときこの瞬間、この赤ん坊の【母】となったのだ。
かくして、世界を救った最強の邪竜は、偶然拾った人間の赤ん坊を育てることにしたのだ。
……物語は、この15年後。
邪竜に愛情を注がれて育った少年、リュージが、15歳の誕生日を迎えた日。
母に向かって、こう言い放ったことにより、始まる。
「母さん、僕、家を出て冒険者になる」
「わかりました。ではお母さんもついていきます」
……かくして、最強ドラゴンを義母にもった少年の、受難の日々がスタートしたのである
そんなわけで最強すぎる過保護なお母さん(ドラゴン)に振り回される息子のお話、スタートです。
頑張って書きますので、応援してくださると嬉しいです。
ではでは!