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ありふれた景色に、映画のような夢を見る。

作者: 晦

さくらんぼの実き木に続く2本目のガチ恋愛モノ。

 高校三年の夏休みに、受験勉強の休憩として母方の祖父母の家から一キロメートルもない所にある、市営の公園へよく散歩に出掛けていた。抜けた空の青と、雲の白と、夏らしい鮮やかな緑のコントラストや、サラサラと流れる川のせせらぎなんかが、僕の第六感までもを刺激したことは、あれから一年経って大学一年生になった今でもあてもなくブラブラと散歩に行くことがあることの理由と言えるだろう。出発地点も到達地点も、受験期とは変わったが、この娯楽としての散歩の楽しみ方はいつまでも変わらない。近所の道をほっつき歩いては、僕の心に染みてくる景色を見つけるのだった。そしてその景色を写真にとって、スマートフォンの中にアルバムとしてまとめるのだ。一瞬を切り取られ保存された夏のひとときは、僕の中で美しい物語と作り変えられていく。移ろい変わるはずのものを人為的に切り取り、変わらなくなった人工物を更に僕の中でごく自然と紡がれる、物語という変化する塊に変えていくこの作業は、とても心地が良いものだ。

 そんな数ある物語の登場人物は、大抵が主人公に僕を置いて、他にもう一つ何かを据えた二人になっている。そのもう一つは、ただの木だったり、アマガエルだったり、ほんの少し美化された君だったりする。

 僕のアルバムの中には、例えばこんな一枚がある。一点透視の構図で切り取られた景色。奥に伸びたボロボロのコンクリート道路。左右を塞ぐのは、まさにと言える昭和風の家屋の連なった姿。上には夏の青空と、そこへ斑に浮かぶ雲。古めかしい路地である。この景色を切り取った僕は、肌を焦がした君が振り返る姿を夢に見た。きっとこの路地は、過去の二人の通学路だ。同じ学校の制服を着ている。僕は自転車を押して歩く。君は自転車があるのとは逆側で僕の隣を歩く。口には出さないけれど、お互いに二人の将来のことを考えて、苦しんで歩いた道だ。僕が高校二年生。一つ年上の君は高校生活最後の夏。恋人の関係ではないが、僕はその夏の初めに、君に恋したんだ。

「ひと夏の恋っていうさ、言葉があるじゃないですか。」

やっと二人きりで下校路を歩けるようになった頃、何を思ったのか唐突に君に話しかけた。

「あるねぇ。」

まるでどんな話が始まったのかわからない。といった様子で君は言葉を返してくれた。

「僕思うんですけど、ひと夏の恋って成就しちゃダメだと思うんですよね。」

「そりゃあ、ひと夏っていうくらいだからね。」

「あ、違いました。夏の恋は、成就しちゃダメだと思うんです。なんか夏っぽくないじゃないですか。」

高校生にとって恋なんて話題は、ましてや失恋なんてのは重たいものであったはずなのに、このときの僕は、やけにスラスラと言葉が出てくる。

「成就しちゃ、ダメなんだ。」

君のこの不吉な言葉で現実に引き戻された僕は、急いで君の顔を覗き込もうとした。が、君はスタスタ歩いていって、何度名前を呼んでも振り返ってはくれなかった。

 それからというもの、二人下校路を歩くことはなくなってしまった。何度か誘っては見たものの、受験で忙しい。と、断られてしまった。廊下ですれ違う時も、挨拶どころか目も合わせてはくれなかった。そんなふうな君の手痛い態度を目に入れるたびに、僕は段々と自分の軽はずみな言葉を悔やむようになっていった。結局、二人の関係はそのままに、君は卒業してしまった。

 そんな僕の、ひと夏の恋からしばらく時間が経って二人とも制服を着ることがなくなった夏。僕らは再開したんだ。この運命の路地で。流石にもう君の怒りは冷めていて、まるで何もなかったかのように君は僕に声をかけた。

「よっ。」

あの恋を引きずってズルズル音を立てながら生きているのは僕の方だけだよ。と言われた気がして、言葉が出なかった僕は、黙って会釈した。

 二人はあの時とはだいぶ変わっていた。君は高校時代よりもよっぽどお化粧が上手になったのか、はたまた僕の思い出に美化されたのか、とても綺麗でキラキラして見えた。君に、

「太った?」

と聞かれて、ああ、僕も変わったのか。と感じた。変わっていないのは、あの時と同じボロボロの自転車だけだ。その取り残されたようなボロボロの自転車を見て自身を持った私は、

「あのですね、」

と切り出した。君は黙ってこっちを見てる。続く言葉を待っている。

「夏の恋だって、成就しても楽しいかもしれませんね。逆に乗り越える感じが夏っぽいかも。」

あのときと同じくあまりに唐突な言葉。君は数秒呆気にとられた後、心持ち頬を赤くした。

「でも、ひと夏の恋は成就しないんだろ。」

照れ隠しなのか、少し怒ったように意地悪を言う尖った君の口元。かわいい。

「あの時はごめんなさい。訂正させていただきます。」

僕は真面目になって言う。雰囲気で察した君は、つられて真面目になった。

「いいんだよ、別に。」

その言葉を聞いて、まだ茶化すかと怒りそうになったけど、君の顔はやっぱり真面目なままだったので、さっきの君の真似をして続きを待った。

「いいよ、夏の恋が成就しなくても。秋まで待っててあげる。」

君は言った。恥ずかしそうに、でも顔を伏せたり隠したりすることなく僕に真っ直ぐに。この時、僕の夏は他の人々より一足早く終わりを迎えたのだった。

 はと気がつくと、僕はいつの間にか夢想していたあの路地に来ていた。おもむろにその姿を写真におさめて、君にLINEで送った。なんか懐かしいね。とも送った。君からの返事はわかりきっている。今の君が僕にさほど興味がないことは、君の僕に対する態度で丸わかりだ。きっと三文字。

 (なんで)

だろうな。

 君からの返信がポップアップで表示された。

 (そうだね)

まさかの言葉。僕はついに、夢と現実の区別がつかなくなってしまったようだ。君に後ろから見つめられている気分になったけど、まだ怖くて振り返ることができないでいる。

 



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