好きが僕の背中を押す
「木下、放課後呼び出されたんだって」
それは蒼志の友だち、彰の一言だった。
彰は椅子の背もたれを抱えるように座り、人の机に頬杖をついていた。
朝のHR前。ちらほらとクラスメイトが登校しつつある教室で、友だちである東雲 蒼志と話していた。
蒼志は彰の話を聞きつつ視線を前の方へ向ける。
先に話題に出てきた本人は、楽しそうにクラスメイト達と談話に耽っている。
普段通りの姿に、とても彰の話していることが本当だと蒼志は思えなかった。
「それ本当の話?」
「マジマジ! こんな嘘だとわかれば怒られそうなこと言わん」
木下 詩織と蒼志は家が近所でお母さん同士が仲が良く、幼い頃はよく二人で近くの公園へ行って遊んでいた。その時の蒼志はよく木下のことをしーちゃんと呼び、木下は蒼志をあーくんと呼んでいたものだ。
蒼志は中学生になってから女子と接するのが気恥ずかしく、話すこともロクにできていないが、木下とは中学生になって、恥ずかしいからとお互い苗字で呼ぶようになったにも関わらず、一緒に登下校をするぐらいには仲良しだ。
「誰に?」
「そりゃ、あいつだよ、お前の天敵。龍の如き強い精神力と、諦めず何度もチャレンジする忍耐力! その名は龍雅様ってな!
体育館裏だとさ。こりゃいよいよ本気の告白だぞ、大丈夫なのか?」
彰は少し周りを見渡した後、内緒話をするようにコソコソと蒼志に訊いてきた。
彰の少しふざけた言い回しはいつものことなので蒼志は華麗にスルーする。
「……それっていつもやつじゃないの? 辻くんが告白して流されるってやつ」
運動神経がよく、明るいムードメーカー的な存在の辻はひそかに女子から人気がある。
辻は一ヶ月程前の転校初日に木下に一目惚れしたらしい。
それからは何度も木下に好きだと言っている場面が目撃されている。
そしていつも木下は困ったように照れるのだ。
「このクラスの名物になってるやつだろ?
それが今回はガチらしいぞ? なんたって呼び出してるぐらいだからな」
蒼志は少し強引な所がある辻だから、嫌じゃないかと木下に尋ねたことがあった。
だが、蒼志の予想に反して木下は首を振って大丈夫だと答えていた。
蒼志とは正反対の性格だ。辻と一緒に居ればきっと自分といるより楽しいだろう。到底自分では敵わない相手だと蒼志は、思っていた。
「本気の告白かぁ……」
もし、それで二人が付き合うんだとしても、木下が幸せならいいかなと思うと蒼志は胸がチクリと痛む。
だって木下がそれを望んでいるのだから、喜ばないといけない。蒼志はそう思うとたちまち痛みが増したように苦しくなった。
「お前は告白しないのか? 男ならガツンと言ってやれって!」
「えっ。し、しないよ!」
両手をブンブンを横に振って否定すると、彰は不思議そうな顔で問いかけてきた。
「んじゃ、とられてもいいのか?」
「それは……。きっと僕のことを小さい頃からお友達にしか思っていないと思うから」
「ふーん、あっそ。まあ、木下ってなんか暗いし、止めといて正解だぞ?
それより、お前先輩からラブレ貰ったんだろ? ラブレ」
聞きなれない言葉に聞き返すとわかんねーの? と言い教えてくれた。
「ラブレターだよ、ラブレター! 下駄箱に入ってたんだろ?
しかも例の【週一の女王】だろ、なかなか大人っぽい先輩じゃなかったっけ?
【クールな蒼志くん】にはいいお相手じゃないか」
【週一の女王】という名前は週一という頻度で告白されるモテっぷりと、誰に告白されても何度告白されても首を縦に振らない、高嶺の花のような存在という意味で付けられた名前らしい。
その先輩から蒼志にお手紙が来たのは本当の話だ。
だけど、当の本人は宛先が書いていないからきっと間違えて自分の下駄箱に入れたのだと思っているのだ。
一人ひとり下駄箱が割り振られているため、間違える可能性は低いというのに、本人はそう信じているから先輩が少し不憫である。
「こんな優しいです、無害です、みたいな顔してるからいいよなー。
こういう顔が女子は好みなんだろうな。だから【週一の女王】にもモテるんだろ?」
彰にジッと顔を見られて居た堪れなくなる。
蒼志は自分がモテている自覚がないのだ。
彰は勝手にうんうんと頷きながら、蒼志の頬を引っ張った。
少し痛む頬を揉みながら蒼志は答えた。
「いててっ、そんなことないよ。僕、何も考えてなさそうってよく言われるし……」
「まあそれもそうだな、なんで女子はお前をクールって言っているのか全く理解不能だよ、やっぱ俺みたいな勉強も普通にできて、コミュ力もあるようなやつじゃないとな?」
そんな風に言われてしまうと、元々ない自信がさらに無くなってしまう蒼志だった。
彰は、おっと俺友達に話あるから、と教室を出ていった。
放課後に隣のクラスの友達と校庭でサッカーをするとか言ってたからその話かなと、蒼志は特に気にせずぼーっと周りを見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その日、蒼志はほとんど授業に身が入らなかった。
そしてあっという間に放課後になってしまった。
教室には誰かのカバンが残されているだけで、蒼志一人を除いてすでに誰も残っていない。
静かな教室に秒針のカチッ……カチッ……という音が響いているだけだ。
「帰りたくないなー……」
木下が呼び出されている体育館は正門のすぐ傍にある。
帰っているときに間違って告白しているところなんて見てしまったら、と思うと蒼志は動けずにいた。
時計の針は授業終了から2分しかたっていないことを告げている。
「10分くらいはここにいようかな?」
机に上体を預けて体の力を抜く。
蒼志は何も考えないように寝てしまおうと思った、だが頭の中は告白の事ばかりでちっとも寝られない。
しばらくして伏せていた身体を起こして時計を見てみても、時計の長針はわずかばかり動いているだけ。
「はあ……」
斜め前の席の机の中に22点の点数が見えて、次のテスト大丈夫かなと思ったり、隣りの机に書かれている教頭先生の顔の落書きを見て噴き出したり、蒼志は必死に意識を他の物に移す。
しばらくぼーっとして、ふと時計の針を見てみれば、授業終了から5分程経っていた。
「あと、半分……。こんなに一分って長かったっけ?」
蒼志の吐いた深いため息を消すように、教室に激しく扉の開ける音が響いた。
蒼志が扉の方へ視線を向ければ、思いもよらない人物と目が合った。
しばし見つめあい、先に口を開いたのはどちらだったか。
「なんで?」
予め練習していたかのように被さった言葉と2人して困惑した顔。
先にそれを崩したのは教室に入ってきた方だった。
バツが悪そうな顔をして視線を逸らし、蒼志の視線から逃げるように歩き出す。
机に置いてあったカバンを手に取ると、そそくさと教室を出ようとするその人に、蒼志は問わずにはいられなかった。
「あ、あのさ、告白は?」
「…………」
足は止めてくれたけれど、蒼志を睨むばかりで口を開いてはくれない。
問いかけてから蒼志はそれが訊いてはいけない質問なんだと理解した。
「ご、ごめん! 今の聞かなかったことにして!」
すると蒼志をじっと見ていた瞳からぽろりと大粒の涙が流れた。
その涙に引っ張られるように次々と涙が零れていた。
蒼志はもしかして自分が知らぬ間に何かしたのだろうかと頭を巡らすが覚えはない。
「えっと、ハンカチあるよ?」
なんて声を掛けたらいいのかわからず、とりあえずハンカチを差し出す。
手が蒼志に伸びてくる、と思いきやその手は振りかぶられ、パシンッという音と共にハンカチが床に落ちる。
「なんだよ……。どうせ俺はこんな気遣いできねぇよ! 勉強だって得意なわけじゃねぇし!
そりゃ女子どもは、お前みたいなすましてなんでもできるやつの方が好きかもしれねぇけど。
でも、俺だって……俺だって!」
「辻くん……」
ぽろぽろと涙を流しながら辻は声を張り上げて訴えるように吐露した。
辻は乱暴にゴシゴシと目を擦っている。
蒼志はゆっくりハンカチを拾った。
「凄いね、辻くん。僕は辻くんみたいに自分の気持ち言えないや。
僕はね、ずっと昔から好きな人がいるんだけど、たぶん僕の事そんな風には思っていないから」
拾ったハンカチをパンパンとはたいてポケットにしまい、代わりにティッシュを取り出して差し出す。
辻がそのティッシュを受け取る様子はない。
「その子に告白して断られるのが怖くて、自分に自信が持てなくて、いつまでもその子とは友達のままなんだ」
「知ってるよ、お前と木下が仲がいいこと。でも、お前らが付き合うって話は全然聞かねぇから、俺にもチャンスがあるんだと思ってたんだ。
でも、いざ呼び出して告白してみたら好きな人がいるんですってさ」
「そっか……」
蒼志の目は潤んでいた。
それは辻と木下が付き合わずに済んだことに対する嬉し涙なのか、知らない間に木下に好きな男子ができていたことに対する悲し涙なのか。
辻は蒼志の差し出していた手を軽く押した。
そして疲れたような、頑張って絞り出したような声で言った。
「それは木下に置いとけよ。
俺がいつも好きだって言ったときは、困ったような顔をしてただけなのに、今日はちゃんと断ったんだよ。泣きながらごめんなさいって、とても嬉しいけど東雲くんが好きだからって」
「えっ……」
蒼志は心臓が飛び跳ねそうなぐらい驚いていた。
「俺じゃダメなんだよ、俺じゃ木下を困らせて泣かせて……俺の事で木下の笑った顔見た事ねぇもん。
思えばお前と帰ってるときの木下すげぇ楽しそうに笑ってた。
よかったな、両想いじゃん。……って、なんでお前が泣いてんだよ」
呆れたような困ったような顔で蒼志から視線を逸らす。
蒼志は言われて今気づいたと言いたげに驚いていた。
「今なら走れば追いつけるんじゃねぇか? いっつも木下と帰ってんだろ?
いつも一緒でラブラブなら敵うはずなかったんだよなー、バカだなー俺」
辻は蒼志の背後に周りその背を教室の出入り口まで押す。
蒼志は教室を出る一歩手前で止まってしまった。
「ほら、さっさといけよ。木下は俺に勇気だして言ってたぞ。今度はお前の番だろうが。
それに、ちゃんと本人の口から聞いてやんねぇとな?」
……トン。
軽く押されたはずなのにとても力強いと感じた。
「自分の心を縛ってるもん、ぶん殴ってやれ!」
「ありがとう、辻くん」
辻に押された勢いのまま蒼志は走り出した。
しばらくして蒼志のいなくなった教室には誇らしげな顔をした辻がいた。
そして驚いてぽつりと――。
「やべっ、あいつのカバン机にかけっぱじゃん!」
◇ ◇ ◇ ◇
蒼志はひたすら走っていた。
ただ真っ直ぐがむしゃらに走っていた。
「絶対言わなきゃ……。辻くんが背中押してくれたから……」
息を切らしても、心臓が苦しくなっても、先生に注意されても走った。
校門を出て夕日に照らされた街を走る。
買い物袋を持っているおばさんを避け、高校生カップルも避け、道いっぱいに広がった謎のオタクの集団の間もすり抜ける。
大好きな子の姿を探しながら走り、帰り道の最後の曲がり角まできた。
この曲がり角を曲がればあとは、十字路があるだけである。
その十字路で蒼志は真っ直ぐ、木下は右へ曲がる。
そのため、いつもその十字路でおはようと言い、バイバイと言うのだ。
そして、最後の曲がり角を曲がったところで探していた後姿を見つけた。
「きのし……しーちゃん!」
足を止め驚いて勢いよく振り返る木下の目は少し赤くなっていた。
蒼志は焦る気持ちを抑え、ゆっくりと深呼吸をする。
「東雲くん?」
「よかった……、まだ家についてなくて……」
ゆっくりと呼吸すると蒼志の心はだんだん落ち着いてくる。
でも心臓はうるさいくらいバクバクとなっている。
言わなきゃ言わなきゃ、このチャンスを逃したらもう言えなくなる。
登下校のとき木下と話すのがすごく楽しくて、可愛いしたまにちょっと上目遣いで見てくるとドキッとするし、教室では友だちと話してる姿をときどき目で追っている。
辻くんが応援してくれた。辻くんと比べて僕は頼りないけど、ずっとずっと好きだったんだ。
僕にだってできる、できる。
辻に言われた一言が頭に蘇る。
――自分の心縛ってるもん、ぶん殴ってやれ!――
心を縛っているもの。
何が縛ってるんだ? 自分の弱気なところ? 自分の自信のなさ?
そうだ、怖がりな自分が縛ってるんだ。
でも、もう木下が誰かに告白されるのを聞くのも、見るのだっていやだ。
言うんだ、言ってやる!
蒼志は自分の両頬をペチンと叩き、もう一度深呼吸をした。もう、そこにいるのはいつもの蒼志ではなかった。
少し頭の中が落ち着くと、今までの大好きな木下――しーちゃんとの思い出が景色と共に鮮明に蘇る。
しーちゃんの後ろに見える自動販売器のすぐ傍で、下校中に野良猫に会い、嬉しそうに撫でていたしーちゃん。
この付近で誕生日にあげたキーホルダーを失くしたと、泣きながらしーちゃんが謝っていて、なんとか笑ってほしい一心で、夕暮れまで一緒に探したこともあった。
この通学路はしーちゃんとのたわいもない話だけど、楽しくて笑いあった思い出がたくさん詰まっている。
そして、近くには幼いころからよく遊び場になっていた公園があり、幼かったしーちゃんを思い出す。
昔のしーちゃんは、今よりももっと小さくて、髪も短くて、ちょっとやんちゃなところがあった。でも、今も変わらずしーちゃんの笑顔が好きだ!
蒼志の胸は、思い出と共に出てくるしーちゃんへの思いで爆発してしまいそうなくらいいっぱいになる。
黙ったままの蒼志に不思議そうに木下は声をかけた。
「すぐそこの公園行く?」
「ありがとう。でも、好きなんだ!! あっ」
蒼志の頭は真っ白になった。
覚悟を決めたにもかかわらず、落ち着いてくると逆に緊張してしまったのだ。
思わず顔を下に向けてしまった蒼志は、木下の表情はわからないが、困っているだろうことはわかる。
「ちがっ! でも、違うわけじゃなくて!」
蒼志はパニックになっていた。
本来であれば、すぐそこにあるとはいえ、公園に行く間に蒼志の決心が揺らいでしまってはいけないと、この場で話したいと言う予定だった。
その後、かっこよく告白しようと蒼志は思っていたのだ。
「あ、えっと……」
蒼志と木下の間に沈黙が流れる。
蒼志はやっぱり自分のことなど友達にしか思っていなかったのかと不安になる。
いや待てよ、もし告白された時に断るために自分の事を好きと言ってたとしたら……?
そうだ、木下の事だから辻に対して、強く断れなかっただろう。
だったら嘘でも好きな人がいると言うんじゃないか? そう思った蒼志は顔を真っ青に染める。
いや、そんなの関係ない。
木下が好きだから告白する、ただそれだけだ。
もし、断れても諦めない、諦められない!
すると小さな笑い声が蒼志の騒がしい頭の中にスッと入った。
「ふふふっ」
木下は口を片手で覆い笑いを堪えていた。
いきなりの木下の行動に蒼志は戸惑いを隠せなかった。
「ごめんなさい、東雲くんがこんな風に表情をコロコロ変えるなんて、あんまりなかったから」
「そ、そうかな?」
蒼志は頭を巡らせてみるが、確かにいつもほとんどぼーっとしているかもしれないと思った。
スポットライトのように夕日が二人を照らしている。
木下の目には涙が浮かんでおり、その涙はオレンジ色の夕日に照らされ、キラキラと宝石のように輝いていた。
木下が涙を指で拭うと、押さえられていた口元が見え、蒼志は可愛いしーちゃんの笑みに目を見張る。
その姿を見て昔のしーちゃんの泣いている姿が頭に浮かんできた。
昔はよく笑いよく泣いていたしーちゃんが、今ではこんな風に涙を流すんだなと昔とは少し違う、大人っぽくなった木下を見てまた意識させられる蒼志だった。
そんなことを思っているなどわかるはずもない、木下は真剣な顔を真っ赤にして言った。
「あ、あのね! 私も東雲くんのことが……あーくんのことが好きなの!
勉強教えてくれたり、辻くんのことで心配してくれたり、いつも私とお話ししながら登下校してくれるし!
ぼーっとしてるようで、周りのことちゃんと見てるの知ってる。
ずっとずっとあーくんが好きだった!」
少し涙目になっている木下の言葉を聞いた蒼志は、まるでゆでダコのように顔を真っ赤にしていた。
お互いにお互いを好きと言い、2人共が顔を真っ赤にしているその様子が少しおかしく感じて、笑い出したのはどちらが先か。
「クスクス、はははっ」
それは小さな笑いから大笑いになっていた。
2人でひとしきり笑った後、ここが何気ない住宅街の道だったことを思い出す。
人通りが少ないとはいえ近所迷惑だろう、2人は声を少し押さえて話しながら帰ることにした。
「今日は家まで送るよ、だってもうバイバイする分かれ道だし……」
「うん、ありがとう」
蒼志はポケットからティッシュをだして木下に手渡した。
木下は不思議そうな顔をしてティッシュを受け取った。
「辻くんがね、僕にガツンって言ってくれたんだ。だから勇気が持てた」
2人は何年かぶりに手を繋いで帰っていた。
そしてポツリと蒼志は話し始めた。
「ずっと僕たち好き同士だったんだね」
「そうだね、私はあーくんはモテるからきっと私のことなんて、幼馴染くらいにしか思ってないのかと思ってた。
先輩からラブレター貰ったんでしょ? 敵いっこない、もう私終わったなぁって思ってたんだよ?」
蒼志の表情を伺うように木下に下から見上げるように見られ蒼志はドキッとした。
「それなら僕だって、しーちゃんは辻くんから告白されていたし、僕のことお友達にしか思ってないって思ってたよ。いずれ彼氏つくるんだろうなぁって」
「そんなことないよ、だってずっと好きだったんだもん」
「そっか、すごく嬉しいよ」
蒼志は恥ずかしそうに頬を掻いた。
一方で木下も頬を赤く染めた。
2人はたわいもない話をしながら幸せそうに夕暮れの帰り道を歩いて帰った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、彰にニヤニヤと肘でつつかれるなどといじられたが、サッカーの誘いを断って木下の行動を追っていたらしく、本人いわく会話は一切聞いていないし、蒼志と木下が帰り道に会えなければ、木下の足止めをする予定だった。と木下には内緒で教えてくれたので、帰りに駄菓子でも驕ることにした。
昼休み、蒼志と彰に加え木下となぜか辻まで一緒に昼食を食べていた。
「いやー苦労したんだぞ? 木下より先回りしたらそこに【週一の女王】がいたりさー」
「えっ、先輩が?」
蒼志はすっかり忘れていたが、蒼志の下駄箱にラブレターを入れて蒼志の返事を待っていたが、一向に本人がやってこないので、待ち伏せしていたのだ。
「そうそう、俺がお前のカバンを教室から持ってきて、でも家の場所なんか知らねぇからどうしようかって公園に行ったら、そこに彰と噂の先輩が居たんで驚いたぜ」
「えっ、あのカバン持ってきたの辻くんだったの?
家まで持ってきたのは彰だって母さんから聞いたから、てっきり彰が学校から家まで届けてくれたのかと思ったよ。辻くんいろいろありがとう」
「いやいや、いいってことよ! いいこともあったしな~」
辻は顔をニヤニヤと緩ませている。
そんな辻を見て悔しそうな顔で彰はふてくされている。
どうしたの、と青志が尋ねようとしたところに教室がざわざわと音を立てた。
「おい、あれって……」
「女王が、なんで?」
「えっ、先輩?」
「今日もお美しいいぃ!!」
騒がしくなっている中心を見れば、そこには【週一の女王】と呼ばれる先輩の姿がある。
どうやら誰かを探しに来たようだ。
「ねぇ、彰。やっぱり先輩に、間違って僕の下駄箱に入ってましたよって言うべきだったのかな?
何も言わなかったから僕、怒られるかもしれない……」
「いやー、そりゃ大丈夫だ。恐らく、いや十中八九目的はお前の元天敵だよ」
「えっ、辻くん?」
辻と先輩は仲が良いという話は、蒼志は聞いたことがなかった。
「じゃあ、ちょっくら先輩の元へレッツゴーしてくるわー」
「う、うん。いってらっしゃい……」
鼻歌交じりのスキップで辻は先輩の元へと行った。
先輩が辻の姿を目に捕らえると、たちまち楽しげに話だす2人を見て、クラスメイト達はどよめいた。
「辻くんって、先輩と仲良かったんだね、私知らなかった」
どうやら2人の仲を知らなかったのは、蒼志だけではなかったようだ。
この様子だと誰も2人の関係を知らなかったらしい。
すると、うんざりした顔で彰が話し始めた。
「昨日、木下の先回りをしたときに先輩に会った話はしたろ?
それで、俺はチャンスだと思って話しかけたんだ。
蒼志には木下っていう好きな人がいて、2人は両思いだからやめておいた方がいいって……。
そこで俺は先輩を慰めて、あわよくば! って思ってたんだ。なのに、なのによぉ。
俺と先輩が話しているところに、蒼志のカバンを持った辻の野郎がやってきてよぉ!
もう、先輩の目にはやつしか映らなくなっちまったんだ!
あいつ! 蒼志の天敵から、俺の天敵にジョブチェンジしやがった!! くっそぉー!!」
机をバンバン叩きながら、今にもハンカチを噛み締めそうな彰を見て、蒼志はそっと背中を撫でてやった。
いつもの口調からこんな風に変わる彰を初めて見たなーと、友だちの新たな一面を見れたことに蒼志は嬉しく思っていた。
「同情するなら彼女くれやぁ!」
「彰、きっといい出会いがあるよ。僕、応援してるから」
「そうだよ、彰くん。きっと先輩以上にいい人がいるよ!!」
「【週一の女王】以上の女の人なんてそうそういねぇよ! 心当たりでもあんのか?」
「えっとー?」
いねぇじゃねぇか! と激怒する彰をなんとか蒼志と木下で宥める。
帰りに駄菓子とジュースを奢ってやろうと、蒼志は少ないお小遣いが入った財布と睨みあうのだった。