09.卵が先がニワトリが先か。
「あら、珍しいわね。」
シェルがおっとりした口調で現れた黒いマントを羽織った魔術師団長を物珍しそうに見つめている。
「この集まりは何なんだ?」
「さあ?」
シェルは可愛らしく小首を傾げた。
魔術師団長の視線がシェルをスルーして目の前にいた美野里を見た。
えっ、わたし?
いきなり注目された美野里は膠着した。
えーと・・・。
何を言っていいのかわからずに固まっているとそれまで状況を見ていた宰相夫人がガシッと魔術師団長の襟首を掴んだ。
さすがの魔術師団長もギョッとして彼女を見た。
彼女はそのまま詰め寄ると喚き始めた。
要約すると自分たちと朱里たちでこっちに飛ばされた条件が同じなのになんで時間的なズレが生じたか説明しろということらしい。
しかしながらさすがの彼でもこれだけの情報ではどうしてかなんて断定できない。
そう説明しようとしていると横からシェルがとんでもない爆弾発言をかました。
「だ・か・ら、さっきからいってるじゃない。その原因ならこれよ。」
そう言って今度は魔術師団長を指さした。
「はぁあー?なんで私なんだ?」
「あら、忘れたの。防護膜張ったでしょ。」
「あれは悪意のあるものを弾くためだ。なんでそれが関係する?」
「だからぁー悪意があったんじゃない。違う?」
今度は宰相夫人にシェルの視線が向いた。
「ちょっ・・・どういう意味よ。私はやましいことなんかしてないわよ。」
「そうね。やましいことじゃなくなんかマイナスの感情をこっちに来る寸前に抱いていなかった?」
「マイナス?」
「そう。自分以外に向けた怒り、嫉妬、険悪そんなものよ。」
「怒り、嫉妬、険悪?」
彼女は当時を思い起こすが思い当たるものがなく首を傾げた。
「シータからあなたたちがこっちに来る寸前の状況を聞いたわ。彼女の話だと何だか広場で諍いがあったようなことを言っていたわね。」
「広場で諍い!」
宰相夫人はやっとあの時のことを思い出した。
そう言えばあの時はマネージャーにサッカーの応援をしていてそれを煩い練習の邪魔よと怒られ、それに対して自分はかなり怒っていたことを思い出した。
「あっ・・・。」
思わず声を出して顔を手で覆えば隣で今まで何も言わずに話を聞いていた宰相が彼女の体を抱きしめた。
「気にするな!」
「でも、そんなことで?」
「そんなことでは普通時間軸はズレないわ。でも今回はどこかの馬鹿が障壁を張っていたのよ。」
「おい、そのどこかの馬鹿って誰のことだ?」
魔術師団長がシェルの言いぐさにムスッとした反応を返した。
「今回の場合で言えば魔術師団長である”黒の書”を持つ魔術師が張った魔法障壁。」
「だがあれは・・・!」
「ええ、あれは魔法を跳ね返すためのものよ。だから”白の書”を持っていたシータの魔法は跳ね返ったのよ。障壁をこすれるようにね。そして最後はそれが時間軸のズレとして現れた。」
「「えええ!。」」
二人はシェルの説明に仰天して思わず声をあげていた。
そこに新たな参戦者が現れた。
薔薇の香りが周囲に流れピンク色の風が舞い上がった中に黒髪黒目のふくよかな中年の女性が黒いドレスを颯爽と着こなしてその場に現れた。
「いったいいつまでかかっているの、マイク?」
「メグ。」
魔術師団長は現れた彼の妻に目を白黒させた。
「もう夕飯が冷めてしまうわ?なんで全く連絡が・・・!」
文句を言いながらも目の前にいる朱里に気がついて今度は彼女が目を白黒させた。
「なんでここに朱里がいるの?それもなんでこんなに若いのよ?どういう事。」
メグの両腕が魔術師団長が着ている洋服のシャツの襟首を握るとそれを締め上げた。
グッ・・・。
魔術師団長から呻き声が上がった。
あまりのことに周囲は反応できず。
その間も襟首が締め上げられ魔術師団長の顔が青くなる。
見かねたシェルが締め上げているメグの腕を押さえた。
「ちょっとマジカル魔術師団長夫人。それ以上締めると未亡人になるわよ。」
メグはアラという顔をして手を離した。
ゼイゼイ言いながら呼吸を整えるマイク。
仕方なく先程の説明をシェルがもう一度最初から話した。
「なんですって。それじゃ私と彼女たちの年齢が離れたのってマイクのせい?」
シェルがにやけながら頷いた。
だんだんと魔術師団長の顔が青ざめていくのを見るのがすこぶる楽しいようだ。
「それは偶然だ。」
魔術師団長が蒼褪めながら主張した。
「あら必然よ。だって戦況が悪くなって万が一にもメグが傷つかないようにって球状のものを展開したでしょ。」
「当たり前だ。メグに何かあったらどうする。」
「だから必然よ。でもそれは卵が先か鶏が先かってことかしら。」
「メグさんが先に来たからって言いたいんですか?」
「あら流石ね、シータ。」
美野里以外の人間はシェルが何をいおうとしているのか理解出来ず首を捻っていた。
時空と空間と色々今まで教わった知識を総動員して美野里が簡潔に結論を口にした。
「結論は誰のせいでもないってことです。」
「まあ、そうともいうわね。それと元に戻すことは不可能よ。」
何か言おうとしていた宰相夫人を制するとシェルはにっこり笑ってその場をそう締めくくった。
全員が結局その後は一言も発せずにその場は解散になった。
最後に一人だけそこに取り残された新人は魔術棟が破壊されなかったことと自分がいま生きていることに初めて神に感謝した日になった。