05.治療
翌朝、すっかり背中の痛みの消えた裕也は昨日と同じベッドで目を覚ました。
今日はまだ朱里は来ていないようだ。
裕也が寝ているベッドのほかは数台のベッドしか周囲に置かれていなかった。
昨日とは違った雰囲気に目を白黒させているとその数台のベッドで治療に当たっている男女が何か揉めているようだ。
「ですから師匠。こちらの女性は私が治療しますので大丈夫です。」
「いやシータは昨日散々治療したろ。疲れてるだろうから私が変わろう。」
白髪の髪を後ろで束ね、白いひげを撫でながら温和に笑っている老人は何故か手をワキワキと動かしていた。
それを見た女性の患者が目を瞠っている。
「ノルマさん。」
「はい、シータ様。」
ノルマと呼ばれた女性が何かが入った瓶を持って急いでかけてくるとそれを老人に手渡した。
「はい、おじい・・・じゃないブラッドリイ様。こちらが先程頼まれた飲み薬です。」
ブラッドリイと呼ばれた老人は嫌そうにそれを受け取ると裕也が寝ているベッドに向かってきた。
「たくっ、なんで私が男の患者なんかをみにゃならんのだ。出来ればムニュムニュでほわーんとした・・・いやむっちりの・・・。」
何かブツブツ言って瓶をもったまま裕也が寝ているベッド傍まで来るとその人物は裕也を片手でクルッと引っくり返した。
「おい、背中を見せろ。」
裕也は老人の声に素直に服を捲って背中を見せた。
「ほうさすがはシータだな。後もきれいに治っとる。よし、じゃこっちを向いてこれを飲め。」
老人はそういうと裕也に持っていた瓶から注がれた液体を渡した。
モワッっとした緑色の湯気と物凄い悪臭が漂っていた。
「ほれ、飲まんか!」
「裕也。飲みたくないのはよくわかるけど飲まないともっとひどい目にあうぞ。」
昨日は気がつかなかったが隣のベッドには同級生の菊池克也が憐れむような目で裕也を見ていた。
「おい、早くしろ。」
裕也は克也に目線を向けてからごくりと喉を鳴らすとそれを一気飲みした。
なんとも言えない感触の液体が喉を通って体に入っていく。
それと同時に怠かったはずの体がスッとしていった。
ビックリして目を見開くと老人が裕也の開けられた胸に手を当てた。
昨日の彼女と同じように目を閉じると体中があたたくなってだんだんと体が軽くなっていった。
そこに今度は美しい顔をした人物がバタバタと部屋に入って来た。
「申し訳ありません。遅れました。」
克也がビクリとその人物を見て肩を震わせた。
「あら、こちらの患者さんはもう治療が終わってしまったの?」
「ああ、だがまだそっちの坊やが終わっておらん。ほれ。」
老人はそういうとその人物にモワッとした瓶を手渡そうとした。
「俺、自分で飲めます。」
克也はその人物に瓶が渡る前に震える足でヨタヨタとベッドから立ち上がると老人に信じられないくらい素早く近づくいとそれを受け取って、腕を腰にすると勢いよく飲み干した。
「あら、偉いわぁ坊や。じゃ、これはご褒美ね。」
笑顔でそう言うとその女性は克也に口づけた。
克也の体が膠着して固まっている。
そりゃーこんな美人にあんな濃厚なキスをされればこうなるか。
裕也がそんな事を考えて二人を見ているといつの間にこっちに来たのか昨日裕也を治療してくれたシータと呼ばれた女性が呆れた顔で美人な女性を見ていた。
「治療の度にキスするのやめて下さいね、シェル。」
「あら侵害ね。肌と肌との接触が一番治療にはいいって知ってるでしょ、シータ。」
「身体的には良くても精神的によくないからいってるんです。それにそれをすべての患者さんにするなら言いませんけど選り好みする時点で説得力が半減します。」
「あら、心外な言葉ね。まあいいわ。そのうちあなたが恋に目覚めて私に相談してきても・・・。」
「恋に目覚めませんし、その時はあなただけには絶対に相談しません。」
「あらあら、言うわねぇ。」
二人はにらみ合いを始めた。
その二人をよそに先程シータと一緒に治療に当たっていたノルマと呼ばれた女性が床に頽れていた克也をベッドに戻していた。
「大丈夫ですか?」
「ノルマさん、俺・・・。」
克也はノルマと呼ばれた女性に抱き付いていた。
彼女は克也の背中をポンポンと叩くと小さな子にするように額に口づけて何かを言ってベッドを離れた。
その間にも二人に女性の口論は大きくなりそれを見かねたブラッドリイと呼ばれた老人が二人の頭に拳骨を落とした。
「いい加減にしろ!」
「師匠!」
「ブラッドリイ様。」
「今日で治療は終わりだ。お前たち二人はあと一時間したらここを出ていいぞ。」
ブラッドリイと呼ばれた老人は裕也と克也にそう告げると言い合いをしていた二人を連れて部屋から出て行った。
「それじゃ、二人ともお大事にね。」
ノルマはそういうとベッドの二人を残して先に出て行った三人を追いかけて行った。
「ノルマさーん。」
克也は情けない顔でノルマと呼ばれた女性を見ていた。
「おい、克也どうなってるんだ?」
裕也は目覚めてから疑問に思っていたことを隣のベッドにいる克也に問いかけた。
克也は遠い目をしながらも知っている情報を教えてくれた。
「どうやら俺達、異世界転移をしたらしい。」
「おい!」
「まあ聞けよ。これはお前が目覚める前までに得た情報だ。どこまで正確かわからんが俺は信じられると思ってる。」
「その根拠は?」
「俺達の世界に魔法がなかったから。」
「あっ・・・。」
克也に指摘され裕也もやっと気がついた。
昨日のあれは魔法だったのか。
「疑ってる顔だな。でも間違いないよ。お前が意識飛ばしてる間にされた治療は向こうの世界じゃ無理だから。」
「どんな治療だったんだ?」
「バラバラになった腕とか足とかをくっつける治療!それもメスも麻酔もなくて。」
克也はそういうと毛布を捲って着いていたズボンを脱ぐと自分の右足の付け根を見せた。
「おい、何を考えてるんだ?」
ヤローの股間なんか見ても面白くもなんとも・・・。
「俺の右足昨日まで千切れてたんだ。」
「はぁー?」
真剣な表情の克也に裕也は改めて克也の右足の付け根を凝視した。
「おい、いくら何でも見過ぎだ。ヤローに見られてもうれしくない。」
克也はそういうと早々とズボンを穿くと毛布を掛けた。
「本当なのか?」
克也は無言で頷いた。
どうやら二人は信じられないが異世界転移とやらの現場に居合わせたようだ。
裕也はビルの欠片もない見慣れない窓外の景色を見つめて呆然とそう思った。