15.初めての山越え前夜
「いやーん。私ったら基礎化粧品すら使わずに寝入っちゃったわ。」
ソファーベッドで上がった悲鳴で二人は目を覚ました。
「なんだぁー?」
「何の音?」
ガバリと起き上がった二人は自分の隣の人物と目を合わせて固まった。
「えっ。えっ・・・・えっとなんでそこに寝てるの?」
「そりゃ他に寝るところがなかったから・・・かな?」
「あっ・・・!」
美野里は下着姿の自分の恰好を見てそのまま固まった。
克也 は両手を前に出してヒラヒラさせながら自分はやっていないと弁明した。
「俺が脱がしたんじゃないからな。俺はそこにだなぁー、えっと洋服を着たまま横たえただけだ。」
美野里は我に返ると掛け布団を首まで引き上げ枕元を見た。
そこには丁寧に畳まれた洋服が置いてあった。
たぶん寝苦しくて自分で脱いでそこに畳んだろうとは想像出来た。
何やってるのよワタシ。
美野里が真っ赤になりながら反省している間に克也 は障子を開けて外に出ようとしてシェルの悲鳴に遮られた。
「ちょっとショウ。なんであんたが出てくるのよ。私はまだすっぴんなんだからそこにいて頂戴。シータぁー早く基礎化粧品を持って来てぇー。」
シェルの悲鳴に今度は美野里が固まった。
持って来てって言われても私まだ下着だし、どうやって着替えればいいのよ。
美野里がアワアワしているうちに克也が胡坐をかいて彼女に背を向けた。
「えっと取り敢えず俺、こっち見てるんでそのぉー。」
どうやら見てないから早く着替えろと言ってくれたようだ。
美野里は慌てて枕元にあった洋服を着こむと障子を開けて和室を出るとそのまま浴室の洗面所にある基礎化粧品とつい最近若い魔術師が開発した美肌用パックを取り出した。
それを手に取ってシェルに渡すとすぐにまた浴室に戻って軽くシャワーを浴びてからダイニングに帰って来た。
その頃には美肌用パックを引き剥がして化粧も終えたシェルにお味噌汁とご飯を出している克也がいた。
「朝食の支度までありがとうございます。」
「いや別にそれくらいいつもやっていたから気にしないで。それより冷めるから早く食べよう。」
「そうよ。食事は大事なんだから食べましょう。」
二人は遠慮なく克也が作ってくれた純和食を心ゆくまで堪能した。
「はあぁー美味しかった。料理上手とかショウは出来る子ね。これなら将来はモテモテね。」
「誰にモテるかが問題だけどな。」
「あら、なあにぃーその棘のある言い方。」
「俺は純粋な女にモテたい。」
「酷い。性差別よ。」
一触即発のまさにその時いきなりシェルの洋服の中からけたたましい音が鳴り響いた。
二人の目がシェルの胸元に集中した。
「シェル。それ何?」
「えっとねぇ・・・。」
シェルは何でかなかなか胸元にある何かを取り出そうとはしなかった。
「まだ鳴ってるけどいいのか?」
「うーん。仕方ない。」
シェルは何かを決心すると胸元から薄い水晶のような板を取りだすとポイとそれを美野里に放り投げた。
「えっ?」
美野里は放り投げられたものを咄嗟にキャッチしてしまった。
彼女がそれを受け取った瞬間にそこから懐かしい怒鳴り声が鳴り響いた。
「何をやっとるんだぁーシェル!」
「えっ・・・なんでこんなものから師匠の声が響いて来るの?」
「はぁーなんでここでシータの声がするんだ?」
「えっとですね。いきなりシェルからこれを渡されました。」
「シェル貴様。あれほど日に一度は定時連絡をいれるようにいっとったのに昨日も何の連絡も入れずクドクドクド・・・。」
しばらくの間その水晶からはブラッドリイの小言が鳴り響いた。
「それで昨日はどうだったんだ?」
いつの間にか小言を聞きながら食事を終えていたシェルが昨日遭遇した魔獣の件を報告した。
「ほう、さすが儂が見込んだ男だ。もう聖剣を使いこなしているなぞ大したものだ。」
「ショウにそんな褒め言葉はいいですからそっちの方はどうなんですか?」
おいなんで俺には褒め言葉がいらないんだ。
俺は褒められて調子に乗れるヤツなんだ。
克也はご飯を食べながらも二人の会話だけは追っていた。
「こっちにはまだ大物は現れておらん。小物の魔獣がチラホラうろつくくらいじゃ。まっそれも距離的に行って当然じゃろう。後二・三日もあればこっちにも大物の魔獣が押し寄せて来るだろう。」
三人はシーンとしてその言葉を聞いた。
「まっこっちのことは心配するな。儂も魔術師団長もいるしな。それよりそっちの方こそくれぐれも気を付けるんじゃぞ。それと砦に着くまではまめに定時連絡は入れる様に。わかったなシェル?」
「はーい。気を付けます。」
シェルの間の抜けた返事の後、水晶の板はすぅーと光が消え元の水晶に戻っていた。
食べ終わってしまったシェルは二人が食べ終わるまでこれから登る山を見ながらソファーに腰を降ろしてコーヒーを飲んでいた。
美野里より先に食べ終わった克也も窓辺に行くと同じように雪を被った山を見ていた。
「それにしてもすごいよなぁ。シータの魔法は。ここって異次元なんだろ。なんで窓の向こう側に山が見えるんだ?」
「それはまぁーカメラみたいなものです。」
「なるほどね。」
「あら今の説明でわかるのショウ?」
「ようは本物を魔法って言うレンズを通して見てるってことだろ。」
「合ってるのシータ?」
「大まかはそうです。それより暗くならないうちに着きたいんでそろそろ出発しませんか?」
「そうね。あんまり登山は好きじゃないんだけど行きましょうか?」
三人は思い思いのものをリュックに入れると部屋を出て真っ白に雪を被っている山頂を目指して歩き出した。