13.魔獣討伐組
三人はそれぞれ旅支度を済ませると三日後には王城を出て一路北の砦を目指すことになった。
「本当に克也って期待を裏切らないわね。」
綺麗な女性用の乗馬服に身を包んだシェルはシータと相乗りしている克也の背中を見ながらクックッと笑いを堪えていた。
「一言余計だシェル。それより逆にビックリなのはなんで下野さんは乗馬なんて出来るの?」
「別にできませんよ。」
「えっ、でも今馬に乗ってるよね?」
「これは魔法を使っているだけです。それとこれから旅の間は下野ではなくシータと呼んでください。」
「シータ?別にいいけど・・・。」
「あらあら、さすが克也ね。」
克也はシェルの馬鹿にした物言いにさすがにムッとしたようで彼を睨み付けた。
シェルはヤレヤレと肩をあげながら克也に説明した。
「魔術師はね。本名を知られると強い魔術師であればあるほど相手を支配できるのよ。」
「支配って例えばどんなの?」
「そうね。単純なので言えば私が克也にワタシにキスしなさいって本名で命令すればそうできるってことよ。」
美野里は自分の背中側で文字通り飛び上がった克也にヒヤリとして手綱を握り直した。
「シェル。揶揄うのはいいけど今はやめて。さすがに私の腕だと彼を落馬させてしまいます。」
「えっ、冗談なの?」
「なんで疑問形なのよぉー。」
シェルはまた肩を揺らして笑いを我慢している。
美野里は可笑しそうに笑うシェルを横目で見ながら詳しく説明した。
「もう少し詳しく説明すると菊池くんがその神聖魔道具である聖剣を手離さなければ問題はありません。それが常に束縛もしくは制御・支配系の魔法からあなたを守ってくれますから。」
「なるほどね。だから今回の討伐隊には俺が行った方がいいって言われたわけね。」
「あら、馬鹿かと思ってたけど意外と賢いのね。」
「シェルさん言い過ぎ。それと俺がシータって呼ぶのにそっちが菊池くんて呼ぶんじゃ変でしょ。」
「えっとですね。」
「そうよ。シータも克也って呼びなさいよ。」
「それじゃ本名で呼んでるのと変わらないとかさっき言わなかった?」
「あら、そうね。じゃあなんて呼ばれたいの?」
「そうだなぁ・・・うーん。」
「聖剣持ってるからセイとかどう?」
「安直だろ、それ。」
「じゃ何がいいのよぉー。」
「えっと俺の聖剣ってビクトリーって言うんでしょ。」
「ええ、そうよ。」
「なら日本語で勝利って意味だからショウってどうだ?」
「アラ意外にいいセンスね。ショウ。」
「じゃ、シータもショウって呼んでね。」
「分かりました。」
美野里は”克也”って呼ばされるよりは抵抗が低くなったので素直に頷いた。
三人がアホな会話をしているうちに馬は王都を抜けて今は何もない砂漠みたいな荒野を駆けていた。
克也が不安そうな顔で後ろを走っているシェルに声を掛けた。
「大分走ってきたけど街一つ見当たらないけど何でだ?」
「あら、まさか克也じゃなかったショウは今夜街に泊まるつもりだったの?」
「えっ、泊まれないの?」
「今回は早く着くために危険な山越えを選んだから向こうに着くまでほぼ野宿よ。それと街の人たちを巻き込まない様にって配慮もあるわね。」
シェルはそういいながらも前方を見るとシータの前に馬を進めた。
「シータ。駆け抜けられる?」
「あの数だと難しいです。それに山越えよりここの方が魔法を使い易いですし。」
「確かにそうね。」
シェルは二人の会話について行けてない克也を放置して荒野で馬を止めるとその場に降りた。
「えっ、なんでここで馬を降りるの?」
「き・・・えっとショウ。聖剣に意識を向けて見て下さい。」
克也は言われた通り体のどこかに納まっているはずの聖剣に意識を向けた。
どうやら聖剣は心臓の近くにあるらしくそれが熱くなって輝き出した。
瞬間、荒野の先から物凄い数の黒い塊が迫ってくる光景が見え、いつの間にか聖剣が手の中に納まっていた。
「あれ、荒野の先から物凄い数の黒い塊が迫ってくるのが見えた途端、聖剣が現れたんだけどなんでだ?」
「その黒い塊が魔獣です。」
「えっ、いきなりあの数ってないんだけど。俺初心者だよ。」
克也は聖剣を右手に持ちながらソワソワと前方を見ていた。
「あーら、いきなりなーんの説明も受けないのに遠見の魔術を使えるって人に言われたくないわね。」
「えっ、なんでそこで不機嫌になるの不機嫌に。」
二人がじゃれ合っているうちに遠くに砂埃が肉眼で見えてきた。
「あら、近づいて来るわね。じゃ私は左側受け持つからシータは右ね。」
「えっ、じゃ俺は?」
オロオロする克也にシェルが言い放った。
「シータに守ってもらいなさい。」
「えー守って貰うって・・・えっ?」
「ショウ。私の背後にいて下さい。」
「いや、ちょっ・・・待って・・・。」
克也が言い終わらないうちに砂埃の塊から一頭一頭の魔獣の姿がはっきり見える様になった。
左前方でシェルさんが紫の杖を出して構えている。
目の前のシータも白く輝く本を左手に持って何かを呟いていた。
黒い塊である魔獣が至近距離になった所で二人から魔法が放たれた。
それは連続的に前方に向け放出される。
放出されるとそれを浴びた魔獣が断末魔の悲鳴をあげて焦げたり消えて逝った。
だが数が悪かった。
二人が断続的に放つ魔法がだんだんと魔力消費により目に見えて威力が下がって来た。
だがまだ黒い魔獣はウヨウヨと前方にいた。
俺は・・・。
克也は自分の情けなさにその場で消えたいとか思った。
普通ここは俺が守って背後にシータだろ。
何やってるんだ、俺。
俺は聖剣を持っているのに・・・。
克也の意識が聖剣に集中していく。
それと共に聖剣が白く輝き出した。
なんでか克也にはその輝き出した聖剣の扱い方が理解でした。
「シータ。交代して。」
美野里はいきなり自分の前方に出た克也に目を瞠った。
彼の聖剣が白く輝いていた。
美野里が聖剣の輝きに目を奪われていると克也はそれを無造作に離れている魔獣に向け振り切った。
聖剣は克也が振り切った方向に白い輝きを放った。
聖剣から放たれた輝きはその延長線上にあった魔獣を全て薙ぎ払って消えた。
ヒューとシェルが驚きでこちらに視線を向けた。
その一瞬の間を捉えた魔獣がシェルに襲いかかった。
まずいわ。
シェルが目を瞠って固まった。
しかしシェルを襲った魔獣は剣を放った瞬間に移動していた克也により一刀両断にされた。
「あら、いやだぁー。惚れ直しちゃう。」
シェルはすぐに我に返ると間断なくまた魔法を放ち始めた。
そこからは克也も加わって三人で全ての魔獣を魔法で焼き払った。
ふぅー。
「もうぉーダメ。絶対に動けないわよ。シータここで野宿しましょ。」
シータは頷かなかった。
「ここでとか絶対嫌です。」
「あら、ここから歩いて行くなんてイヤよ。」
シータは唇に指を二本当てるとピーという音を出した。
それが周囲に響き渡ってしばらくすると先程三人が降りた馬が後方から駆けて来た。
「すごいなぁ。」
克也は素直に目を瞠った。
「これに乗れって・・・。」
「そうです。いくら何でも朝起きて窓からまたこの光景を見るとかありえません。」
「確かに。」
克也は美野里の意見に賛成した。
彼女が乗った後ろに克也が鞍に手を掛けて座ると馬は歩き出した。
「はぁーわかったわよ。ただしあの山の麓までよ。それ以上はぜぇーたいにイヤよ。」
「そうですね。あの辺りまで行けば流石にこの光景は見なくて済むのでそれで問題ありません。」
美野里はシェルが追いついて来たので馬を駆る速度を上げた。
三人は累々と続く魔獣の屍の間を縫ってまだ遠くに見える山裾を目指した。