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第七話


 後悔とはしないことの方が多いものである。大事なことは、自分が“後悔した”と思ったとき、それにどう対処するか、それが大事なことだ。



 森に入ってから数分。聞こえてくる音は私が土を踏みしめる音と、時折聞こえてくる風の音のみ。木の葉の揺れる音すらしない。


「鳥すらおらんとは……」


 まあ、多少は覚悟していたがここまでの被害になっているとは。さっさと退治するに限るな。いつものごとく、右腕を前に突き出す。


「魔を以って、魔を制す。――魔力展開、目標形は私を中心とした半球。半径4kmで展開開始。――4、3、2、1、展開停止、この範囲で魔力を維持。〈音魔探知〉(エコー)、起動」


 探知魔術を展開する。これでこの森全域を探知が可能になるはずだ。


「反応有り、っと。右前方、距離にして約2km。……この距離ならいけるか?」


 そこから目の奥、視神経へ魔力を込める。これで疑似的にだが視力が良くなる、はずだ。やったことがないので即興だが、結果は目の前に広がる光景が明らかにしている。


「ほう、ここまで見えるようになるか……。それではこの魔術にも名前を付けるとしよう。……〈鷹の目〉ではありきたりか? いや、無いよりは多少はイメージがしやすいか」


 新魔術〈鷹の目〉の効力で2kmの距離であれば、目標を細部まで視認できることが判明したわけだが、まずは毒王蛇キングポイズン・コブラの腹付近にある毒玉を破壊しにかかる。この距離なら毒王蛇の熱探知にも引っかからんだろう。

 右腕を前に突き出し、半身に構える。


「――目標、毒王蛇腹部」


 そこから、さながら弓矢を射るかのように左腕を上に挙げる。


「まったく、私は弓兵ではなく、魔術師なのだがな。こんなことならエルネスに弓兵もどきをさせるべきだったか。――魔力属性を変更、無から風へ。左手前方へ魔力球展開、形状変更――、固定」


 魔力球を引き絞るように左腕を引く。ゆっくりと、しかし確実に。

 魔力球からギリギリと嫌な音がしている。ここが限界だと思われる場所で形状を固定する。


「弾け飛べ、〈魔弓風突〉(ウィンド・ストレート)!」


 固定していた魔力を放す。限界まで引き絞られていた魔力は、矢のように猛然と進み、遥か2km先にいた毒王蛇の毒玉を見事に突き破った。距離がありすぎて声までは聞こえてこないが、第一目標は達成した。このまま毒王蛇は討伐してしまおう。


「〈音魔探知〉解除。そして、〈空気の床〉、起動」


 目の前の中空を力強く踏みしめ、一歩目から加速に入る。毒王蛇の熱探知の範囲に入ったのかこちら側に顔を向ける蛇。


「だが、遅い!」


 空中を駆けながら、腰に差してある杖を引き抜く。勢いそのままに蛇の背後に降り立ち、着地時の衝撃を地面に逃がす。蛇の背中に杖を向ける。


「吹き飛ぶがいい、――〈暴君風王獣〉(タイラント・グリフォン)」


 向けた杖の先から、膨大な量の魔力が吹き荒れる風へと変換されていく。その風にあおられ、地面へと倒れ伏す蛇。

 しかし、魔力を放った私のほうは見ずに上空をただただ見つめるだけの蛇。蛇の上空にとどまった風の塊は、その姿を少しずつ変化させていく。


 ――――キュオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!


 その姿は、王国を象徴する紋章にも施されている、風王獣グリフォンそのものだった。





 ――――キュオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!


 風を巻き起こし、その身に暴風を纏う風王獣グリフォン

 毒王蛇キングポイズン・コブラは風王獣を睨みつけている。

 私を無視するとはいい度胸だが、それも仕方のない事か。

 風王獣が身に纏っている暴風が時間を追うごとに勢いを増していく。


 ――――シャアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!


 威嚇音が蛇から聞こえてくるが、全く迫力を感じられない。風王獣がこちらをちらりと見てくる。そこには、若干の呆れと失望が見て取れる。蛇はすでに戦意喪失しているという事だろう。それに、ここに近づいている気配もある。


「やれ、〈暴君風王獣〉! もう一体をお前の全力で迎え撃てばいい」


 その言葉にすぐさま行動に移す風王獣。自身の纏っている風を翼に集め、羽ばたきと同時に毒王蛇に放つ。

 放たれた風は、刃となり蛇の身を切り刻む。断末魔すら上げることなく蛇は絶命した。


「もう少し抵抗力があると思っていたのだが。そこのところ、お前はどうだ?」


 そうして、振り返った先にいたのは、私の二倍近くはありそうな大きさで、真っ黒の毛に覆われた、両腕に小手のような体毛がある巨大な熊だ。


「ようやくお出まし、ん? 鬼怒熊は、今まで一度も出会ったことがないが長大な爪が特徴のはず」


 それにもかかわらず、爪がなく小手のような体毛。新種か?


「まあ新種だろうが派生種だろうが私には関係ない。こいつなら楽しめるかもしれないな?」


 先ほどとは比べ物にならないほどの暴風が風王獣の翼へと収束していく。


「さあ、まずは小手調べと行こう。やれ、暴君風王獣」


 ――――キュオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!


 収束された暴風は、風王獣の羽ばたきにより無数の刃となって、熊へと向かう。しかし、それらは熊に触れることなく消え去る。


「ん? 今の消え方は耐性などではなく、もしや……」


 下級で即座に打てる〈火の玉〉を熊目掛けて放つ。しかし、先ほどの風の刃と同じく皮膚に触れる直前で、消え去った。


「なるほど。どうやら奴も毒王蛇と同じく、進化を遂げた個体、ということか」


 そうなれば、鬼怒熊とは呼べないわけだ。ただ単純に熊、と呼ぶのでもいいのだがどうせ報告の際に、新種の命名権を持つことになるのだ。今それを考えるのも後から考えるのとさして変わらん手間だろう。


「そうさな……。ふむ、貴様と同じ個体はこれから鬼盾熊デモルド・ベアと呼ばれることになるであろう。私が命名してやるのだ、誇りに思うがいい」


 こやつの相手は風王獣では厳しいものがある。そう判断した私はすぐさま魔力の供給を停止する。苦々しい表情をしながら(鳥の顔で良くやるものだ)空気に溶けていくかのように消え去る風王獣。

 それを視界の端に捉えつつ、次の魔術の準備を進める。


「――轟音鳴り響かせ、わが身に降り注ぎ、その力の一端を貸し与えよ。轟雷転身ボルテック・チューン!」


 起動を宣言すると同時に、私の体が紫電を纏う。


「さあ、来るがいい。貴様の放つことごとくを打ち払い、貴様を完膚なきまで叩きのめす」


 私の体を伝う紫電がいっそう輝く。それを見た鬼盾熊は咆哮を上げながら、こちらへと向かってくる。


「ふむ、なかなかのスピードだ。だが」


 勢いを利用した体当たりは並大抵の人族、魔族であれば瞬殺できるだろう。並大抵のであれば。

 私と熊の距離が奴の一歩の範囲に入った瞬間、軽く左足に力を込めて、最小限の軌道を描くように跳躍する。

 突進の勢いを殺し、自身の通り過ぎた場所を振り返る熊。しかし、そこに私は存在しない。なぜなら。


「私には止まって見えるぞ?」


 ――――グフォォォォォォォォォォォォォォ!?


 熊の首後ろに飛び乗っていたからだ。私に気づかなかったのか、熊は驚愕の鳴き声を上げている。


「情けない声を上げるなよ。まだまだ、貴様には頑張ってもらわねば」


 そう言って首の上から飛び降りる。数瞬後私のいた場所を奴の腕が通り過ぎる。


「そう、そうだ。貴様のできる全てを私に見せろ。そうせねば私に勝つことなど不可能だ!」


 やや大振りだが、しかし的確に私の首を狙って奴の腕が迫る。しかし、それは迫ってくるものの私に触れることはない。私に当たる直前に、腕の側面に杖の先を当て雷撃を放つ。


「ふむ、もう新しいものはないのか? あるならさっさと出せ」


 ――――グフォォォォォォォォォォォォォォ!!


 熊は私の挑発に反応したのか雄叫びを上げる。同時に奴の毛の色がそれまでの漆黒から血のような赤へと変化した。


「色が変わる……、火事場の馬鹿力、だったか?」


 一応、体表の色が変わると強くなる魔獣はこれまでにも存在する。が、それは討伐ランクS以上、それこそドラゴンなどの幻獣とも呼ばれる存在のみで、こんな森に棲んでいる熊ごときが手に入れることのできる能力ではない。


「やはり何かしら陰謀が働いているようだな」


 今回の件、裏に魔族がいる場合。規格外の魔獣がいることになんら疑問に思うところはない。魔族の中には魔獣を強化できるものが幾人かいたはずだ。そいつらにかかれば通常よりも強い魔獣を作り上げることなど容易いだろう。

 皇国が黒幕の場合。まずは魔獣の改造を行うほどの技術力があるということに驚きだ。魔獣の育成など、人族はしないと思っていたのだが。森に魔獣を放ったのは国境制圧とテックへの侵略の第一歩といったところか。

 どちらが黒幕にしろ、私を考慮していない、もしくは侮っている。


「私も舐められたものだ。しかし」


 こんなことであれば遊んでおらずに、さっさと始末しておけばよかったと、今さらながらに後悔してしまう。余計な情報を与えてしまったな。


「早々に切り上げるとしよう」


 右手に握った杖の石突で地面を二回叩く。そうすると、私の足元に二重で魔法陣が展開される。

 一つはそのままぐんぐんと展開を続け、半径にして4kmの大きさになると展開を止める。

 もう一つの魔法陣は、私の足元から熊の足元にスーっと移動すると奴を覆うほどの大きさに広がる。


「第一陣、付与術式は隠蔽、――――起動を確認。第二陣、起動魔術を選択。……そういえば貴様に並みの魔術をぶつけても無効化されてしまうのだったな、それならば〈氷華繚乱〉に決定。さらに、〈轟雷転身〉解除」


 私の纏っていた紫電が収まり、奴の足元の魔法陣が白銀の光を放ち始める。


「誰も見えないようにしたからな。少し本気を出させてもらうぞ。――幾千の華よ、罪深き罪人を糧として、咲き誇れ。――氷華繚乱アイス・ブルーム


 熊の足元の魔法陣がよりいっそう輝きを増す。

 光が収まった時、奴の頭上には氷の蕾がひとつ。そこから一本だけ根が伸びており、その先には鬼盾熊。根に拳を当て、なんとか逃げ延びようとする熊。


「無駄だ、その根は私の魔力で生成されたものだぞ? そうやすやすと切られてたまるか」


 少しずつ開いていく蕾、それとは対照的に少しずつやつれていく鬼盾熊。

 完全に蕾から華へと変わった時、その下方には魔力を吸い尽くされ、それでは足りずに生命力まで吸われた熊だったものが横たわっていた。


「本当に、対象者が強ければ強いだけ、綺麗に咲くよこの魔術は……。そんな意図はなかったんだがな。――破壊クラック


 破壊、の一言で氷の華は粉々に砕け散った。


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