第二話
とりあえず本日分はこれにて終了です
事件と言うのは自分とは関係がないと思っていても、降って湧いてくるものだ。
「バラド様、どうするんです? 魔王様の考えることって碌な事じゃないと思うんですけど?」
肩に乗ったリューノが問いかけてくる。そんなものは決まっている。
「不干渉だ。ただし、私に害が無いと判断できた場合のみだがな……」
父上の考えは幼少のころから分かりづらかったが、ここ最近それが顕著になってきている。今回のことも警戒はしておいた方がいいだろう。
「……リューノ、お前は今からゲンノの元へ飛べ。奴なら何かしらの情報は持っているだろう。私は別のルートで調べてみる」
「わ、わかりました! ゲ、ゲンノさんかぁ……。ぼくあの人苦手なんですけど……」
なにかブツブツと言っていたが、そのまま空へふよふよと飛んで行った。
「ギルドマスターなら何かしらの変調は掴んでいるか? ……一度確認するか」
ブーツの踵を地面に打ち付けるとそこを起点に魔法陣が広がる。これは〈転移陣〉と呼ばれるものでマーカーを置いたところへ瞬時に飛べる優れものだ。
「魔を以って、魔を制す。――跳躍、目標地点・マーカー03、〈転移陣〉起動!」
魔法陣からあふれ出る光に包まれる。
目を閉じ、再び開けた。そこはレンダーギルド・テック支部ギルドマスターの部屋である。
本来は相当広い部屋なのだろう。しかしそれも部屋のあちらこちらにある書類とゴミのせいで狭く感じる。
筋骨隆々の肉体にスキンヘッドが高そうなソファに座り、心底呆れたとでも言わんばかりの顔をしてこちらを見ている。
「ったく……。何回言わせるつもりだ? 会いに来るならちゃんと正面から入って来い、って」
どう見てもチンピラにしか見えないが、ギルド本部から任命されたれっきとしたギルドマスターである。名前はヤガンだ。
「頭を垂れ、さらには私の靴でも舐めればちゃんと正面から入ってきてもいいぞ? どうする?」
「やるか! やってもどうせ正面から入っては来ないだろうが!」
「よく分かったな」
素知らぬ顔で答える。何のためにマーカーを置いていると思う。正面から向かうなど面倒でしょうがないだろう。手続きもしなければならないし。
「堂々とするんじゃねぇよ。不法侵入で通報すんぞ、こら」
「証拠もないのに捕まえることが出来るのか? ちなみに魔力の痕跡くらいならすぐに取り除けるぞ?」
「はぁ。そんなもん分かってはいるけどな……。で? お前さんがここに直接来るってことは、何かあったか?」
ふむ、この様子だとギルドでは何も掴んでいない、か? まあ、聞くは一時の恥聞かぬは末代までの恥、とも言う。聞いておいて損はないだろう。
「その予兆を感じた、といったところか。何か変わった話は入ってきていないか?」
私の言葉に、ふむ、とアゴに手をやるヤガン。顔が悪人面だからか悪だくみをしているようにしか見えんな。
しばらくすると、自身の机の上の書類を探り始めた。
「えっと、確かこの辺に……。お、あったあった。つい先日報告に上がってきてたんだが、国境付近で一悶着あったようだぞ」
ヤガンの話を要約すると、皇国との国境線を越えて王国内へ侵入しようとする一団がいたらしい。なるほど、変わった話だな。
現在、王国と皇国は休戦状態にある。先の魔王の侵攻に対抗するため、王国側から休戦を求めて協力体制を築いたのだ。
しかし、もう魔王は倒された。大陸に魔族からの脅威は無くなった。つまり、休戦解除される可能性があるわけだ。まあ、幸いにして両国とも魔族との戦いである程度消耗しており、すぐさま戦争になるという状況ではあるまいが。
さて、そんな状態にあって、王国と皇国の国境を越えようとする。無許可で。怪しすぎる話ではないか。
「それで? そやつらはどうなったのだ。捕らえられたのか? それとも追い返されたのか?」
「……国境警備の騎士が二人、殺されたそうだ」
「なにっ!?」
「斬り死にだよ。肩から腰に掛けてバッサリとやられていたらしい」
国境の警備には王国騎士団の精鋭のみが選出されると聞く。そのような者たちが一撃のもとに絶命、か……。
「それは……」
「ああ、かなりやばい。だが解決策も無くてな。目撃者はいるものの、その情報も使い物にならん。黒いフードに黒いローブ、それと特徴的な装飾の施された剣。それくらいしか情報がない。犯人が男か女かもわからん。それを、この広い王国内で探すのはさすがに骨が折れる」
「ヤガン、その特徴的な装飾とはなんだ? 剣の装飾は皇国から来た者たちならば、鷹ではないのか?」
私のその言葉にヤガンは顔をしかめた。
「……その装飾は、山羊に蝙蝠の羽だそうだ」
ちょっと待て、その装飾を使っているのは今にも昔にも……。
「嫌な話さ。まったくもって嫌になる」
ちょっと待て、父上と母上が人族との戦争を進めているというのか? だからターカーがこの街に?
「どうやらまだ終わってなかったみたいだぜ? 魔族との戦争は……!」
私は今回の件に関わらなければならないようだ。