第一話
本日二回目の投稿です
今日中にもう一話あげる予定ですので、どうぞよろしく
どんな生活を送っていても、しがらみという奴は纏わりついてくる物だと、最近私は知った。
「――――ですから、魔王やりましょうよ。バラド様~」
「何度も言うが、私は魔王になどなりたくないと言っているだろう。私は今の生活で十分満足している。魔王の地位、どこかの地方にいる魔族にでもくれてやれ」
私に、“魔王になってほしい”などとのたまっているのは、目の前で浮遊している羽の生えたシマリス――私の使い魔のリューノだ。
「元魔王のご子息がいるのに、我こそはなんて言う魔族はいませんよ、普通?」
「魔王は世襲制じゃないのだろう? ならば私が継ぐ理由としては弱いぞ」
そう、父の前の魔王もそのまた前の魔王も、世継ぎを残す前に勇者やそれに連なるものに討伐されている。
「『魔王は強者であるべし』って先々代魔王様も言っているんです。僕は、今生き残っている魔族で一番強いのはバラド様だと思うんですけど……」
「『魔王は強者であるべし』、な……。ただの強者に存在価値など無いと思うがな」
ただの脳筋に国を治めることなどできるはずがない。たとえ傍に使える軍師がいたとしてもだ。だからこそ、先々代魔王はその命を勇者に刈り取られている。
だからと言って頭だけではどうにもできんがな。先々代の時の軍師は切れ者だったそうだが魔力は少なく、近接戦闘も苦手だったそうだ。
「力だけでも、頭だけでも、そして理想だけでもだめなのだ。」
「それを言うなら、バラド様は頭も力も持ち合わせているじゃないですか。だったらなんでなりたくないんですか、魔王?」
そんなこと聞かなくてもわかるとは思うがな、リューノよ。
「そんなもの、面倒だからに決まっているだろう。なぜ、私が下々の者のためにあくせくと働かねばならん。それに民の納得する理想も持ち合わせていない」
魔王としての義務。そんな話を父からはよく聞かされた。正確には“上に立つ者”の義務だったか?
――――国を、民を守ることこそが上に立つ者の義務である。それを心得ておくがよい。決して、自らの私欲のために動いてはならぬ。
父は小さなころの私にそう言って聞かせていた。
だからと言って、自分の関与しない民に迷惑をかけるのは違うだろう!
「私が父の尻拭いでどれだけの時間を取られたと思っている! 王国と帝国への謝罪金もタダではないのだ。それなりに蓄えてはいたが、ギリギリ生活ができるレベルしか残らなかったのだ。さらに、魔族が壊滅させた村や街の復興費もある!」
ここで私が素直に「魔王になろう」などとのたまえば、確実に強硬派は人族に宣戦布告するだろう。そうなっては、私は人族から追われる身になってしまうだろう。
それはとても面倒だ。ただでさえ今も魔族であることを隠して極貧生活をしているのだ。そこからさらに逃亡生活だと? 面倒にも程があるぞ。
「使った分は取り戻さねばならん。せっかくの貯蓄をほぼすべて使ってしまったのだからな。また一から貯めなおしだ……」
冒険者になってからローブなどの必需品に使う分以外はすべてギルドに預けていたが、件の出費ですっからかんになってしまったのだ。
「さあ、しょうもないことで時間を取られている場合ではない。ほら、いい時間だ。飯でも食べに行くぞ」
「あ、ちょっと、バラド様~! ぼくを置いていかないで下さいよ~!」
カーテンの隙間から漏れる日の光を背に、扉へと向かう私をふよふよと追いかけ、肩へと乗ってくるリューノ。
それを待ち、扉を開ける。その先に広がっているのは……、私たちの住む街――辺境都市テックのいつも通りの風景だ。
私が現在宿としているのは、このテックの中でも有数の宿屋『晴れのち晴れ』の裏手にある小さな小屋だ。
ここは元々物置小屋だったのだが、宿屋の主人のご厚意で住まわせてもらっている次第だ。……一応家賃は払っているぞ?
「あ、バラド、起きてたんだ? それなら、もうちょっと早く出てきてくれたら、うちがものすごく助かったのになぁ」
「……ああ、先ほどまでは研究の調整をしていたのでこんな時間になってしまった。親父さんにはまた今度手伝うと言っておいてくれ、ユルダ」
今私に話しかけてきたのは、『晴れのち晴れ』の看板娘である、ユルダだ。ついこの間誕生日だったとかで17歳になったのだったか。プレゼントをせがんできたので覚えている。
ご両親の手伝いの一環で外に出ることが多いからだろう、肌は健康的に焼けている。私の生まれつきの褐色肌とは大違いだな。
「ん? 何よわたしの顔に何かついてる?」
と、自分の頬をこするユルダ。じっと見ていたことに気づいたようだ。別に何かあったわけではないのだが……。
「いや、ユルダは小さいな、と思ってな」
そんな私の言葉に、顔を赤くしてさっと胸を隠すしぐさをするユルダ。いや、そこのことを言ったわけではないのだが。
「なに? バラドってもっと大きい方が好みなの? おっぱい星人ってことでいい?」
「良いわけがあるか! 誰もそこの事は言っとらん、背のことを言っているんだ」
ものすごいジト目だが元のように私の真正面に向き直るユルダ。
「いや、2m超えてる人からしたら全員小さく感じるでしょ」
まあ、そうなのだがな。なんだろうな、この感じは。
「あれだな。ユルダは弱いからな、私が守ってやらねばなるまい。守るべきものだと感じているから小さく思ったのだろう」
「え、バラド、それって……。やっぱりわたし達、両思――」
「命を救われたのだ、その恩返しだが?」
私の言葉にがっくりと肩を落とすユルダ。なにかあったのか?
「ううん、何でもないの。ただ、分かってたことを再確認させられただけだから」
そのまま彼女はとぼとぼと宿の方へ歩いて行く。その背に何か声をかけようか悩んだのだが、今声をかけるのは得策ではない、と私の勘が囁くのでやめておく。
「……飯でも食うか」
そのまま、宿の裏手から大通りへと抜ける道を進む。その途中で吟遊詩人による魔王と前騎士団長との戦いを唄った歌が聞こえてきた。
「バラド様?」
「いや、なんでもない。あの吟遊詩人……、どこかで見たような気が……?」
そうは言ったものの、名前が出てこず、あきらめて大通りの屋台で何か食べようかと歩き始めようとしたその時、
「あれ? あれって、たしか魔族軍の参謀殿じゃ……」
そのリューノの言葉を聞いた瞬間に私は、奴の元へと走り始めていた。
「――――そして騎士団長は、って若様!?」
どうやら奴には気付かれてしまったようだが、気にせず突き進む。
「ふぅ、すまないな、民衆よ。少しこいつを借りるぞ」
そのまま、奴の襟首をつかみ引きずっていく。
「ちょ、若様!? 歩けます、自分で歩けますから、出来ればその手を放していただきたいのですが!」
奴が何か言っている気がするが無視して、路地裏へと引きずり続ける。路地裏に着いたので奴の要望通りに手を放してやる。……ただし、私の正面に放り投げるようにしてだが。
「おわっ!?」
「それで? 貴様はここで何をしている、ターカー」
この男は父上が魔王だった時の参謀だったターカーだ。父が最も信頼している部下でもある。
「私はガゾーマ様から依頼された仕事をこなしているだけですよ」
「その仕事とは?」
「それを若様に話すことは許可されていません。ご容赦ください」
こいつは何かと頭の固い男だからな。父上の命令があれば私にすら仕事の内容を教えないだろう、ということは分かっていた。
「貴様にあんな才能があったとはな、知らなかったぞ」
そんな私の感心した声に、若干眉尻を下げてみせるターカー。
「戦争をしていたときにも、こうして吟遊詩人の姿で偵察などを行っておりましたので」
そんな話聞いたこともなかったが、まあ、偵察をやっていたなどおおっぴらには言えぬことか。
「なるほどな。で? 偶然、私のいる街に来た、などという不自然極まりない事など貴様は言わんだろう? さあ、きりきり吐くが良い」
「……では、お父上からの伝言を。『たまには帰ってこい。母さんが心配しているぞ。それと、ターカーのやることに関わるな』、以上です」
父上からの伝言を伝えたターカーは、私の方を見ながら後方へと一歩ずつ下がっていく。
「若様、お父上からの伝言、しかとお伝えしましたよ。ではくれぐれも私の邪魔はしないようにしてくださいね。若様の介入があると困りますからね。それではまた、御機嫌よう」
そのまま路地裏の闇と同化し、気配すらもその場から消え失せるターカー。
「父上はこの街で何をするつもりだというのだ……」
その時の私には、この街で始まる事件の片鱗すら読み取れなかった。