人の生き方
老人とその孫が一緒に仲良く座っている、
老人はまだ黒髪も混ざって入るが、佇まいは70代を越えてみえる、
体は太く、骨太で、
子供は老人と話をしているようで、その老人の話に目を輝かせ、聞き入り、
老人もまた、そんな孫を見て微笑む。
「俺ぁ、若い頃から自分の生きたいように生きてきた、他人に協力してもらいながら、自分の道を歩んでいった」
この老人は起業家で、その身一つで店を建て、その身一つで戦火を乗りきり、今の暮らしを手に入れている。
「なんで?」
「他人に指図されたりする人生が、昔は滑稽に見えたんだろう、お前も中学生くらいになったら、そんな時期が来るよ、まあ俺みたいなそれを貫いて生きるバカにはならんだろうが」
昔の自分を笑って、孫の頭をポンと撫でる、
老人は実に楽しそうに話す。
「それからそれから?」
「でも、将来の夢ってやつは忘れちゃいけねえよって、いざ働き出す頃に気がついちまって、
やりたいこと…絵を描いた」
「何で絵なの?」
「動くきっかけが欲しかったのさ、それだけだ
好きなことは何でもやった、興味があれば何でもできるんだ、それを押さえ込んで安牌な暮らしを手にするのが俺は嫌だったんだ」
人それぞれだけどな、と付け加えて、
さらに話は続いた。
「絵を描くために美大に行って、そこで知り合った実業家と仲良くなって、手を組んだ、
絵はあくまできっかけだったからな、そして、俺は起業家になっちまった」
「それで?」
何でも聞きたがる孫を自分と重ねて、
老人はにこりと笑う。
「そっからな、俺はずっと走り抜けた、誰と手を組んで誰と仲良くしたか何てのは、その時ばかりで、今に残るようなものはねえな」
数々の思い出の中に、若い頃の思い出は残っておらず、今老人の中にあるのは、安定してからの事であると言う。
「まず、お前のお父さんにあんまり構ってやれなかったな、若い頃は」
「でもお父さん、「お前のおじいちゃんはすごい人なんだよ、俺の誇りなんだ」って言ってたよ」
初耳なのか、老人の目が大きくぎょろりと開く、
実の息子にそう思われてたなんて、と。
「はっはっは、俺は不思議と人に嫌われねえんだなあ…これが本当に不思議だ、うわべだけでも嫌ってるやつを見たことはねえ」
それは、老人の勢いと、その中にある誠心誠意が成した人徳なのだが、それに本人は気がついていない、当たり前の事で済ませているのだ。
「結局、今の顧問…まあ、お前のお父さんのお手伝いみたいな役割につくまで、成人してから40と5年はかかってしまったな、そこからもやりたいことをやった、きっかけとなった絵を描いたり、釣りをやったり、テレビは苦手だから、任せてる」
「みんなから、ダメって言われなかったの?」
「正面から突破した、相手が諦めるまで、
プライドなんてへったくれだ、認めさせてしまったものが勝ちなんだ、手段なんて破ってしまえって」
老人は、子供の頃から裏技を使って勝ち続け「曲物」扱いされていた、それでも勝つのが最高と、
ルール内、ルールに記載されてない中での反則紛いを大人になってからもし続けた。
「後悔とかしてない?」「ほほう、後悔の意味をわかるようになったんか」
孫の成長に爺としての喜びを隠せない、
いつのまにか、みんな大人になるのだなと、
自分の息子たちにも感じた感覚。
「そうだな、後悔はな、
邪魔をされて自分を曲げたときくらいだな、
こうすれば勝てるのにと、歯ぎしりがした、
どうも理解されないんだ、まとめてやることが」
老人にとっての一番の敵は肉親であった、
肉親は安定志向だったので、革新派の息子に難色を示し、常に息子にとっての邪魔でしかなかった。
今なら理解できないこともないが、それでも余計なお世話だと、今でも思っている。
「お前の両親は素晴らしい両親だ、大事にしろよ、常にお前を尊重してくれるだろうから」
しかし息子とその妻は、様々なところで衰えてきた自分をサポートし、支え続けてくれた、
老人は、自分の手で理想の両親も作り上げたのだ。
「わかった!ありがとう、じいちゃん」
「お前も、立派な夢を持ち、叶えるのだぞ」
夢を諦める人間はもっとも愚鈍だと、息子たちにも常日頃教え続けてきた、
その為なら、自分の後など考えるな、
所詮一代で築き上げたものだと。
「…お前の両親たちも、夢を叶えたからな」
しかし、二人の息子たちは口を揃えて「お父さんに勝つことが夢だ」と答え、一人は跡継ぎとなり、自分の業績をはるかに越える2代目となり、
一人は画家としての名誉と言われる存在になった。
「ほんとに、な」
「お父さんすいません、息子の相手をしてもらって…」「気にするな、家に常日頃いるのは俺だけだからな」
「それもお父さんの夢だったのですか?」
「ああ、俺にとって、最後に出来た大きな夢の三つめの夢だ」
「三つ、ですか?」
息子には、まだ夢を語っていなかった、
ひとつはみんなが知っている、画家としての夢
「あとはな、母さんより長生きする夢だった、こればっかりは、天命なんだが…」
老人の妻は、長年夫を支えてきたが、去年逝去してしまった。
「そして、最後の夢はな、
理想の家族を持って、自分の家でのんびり過ごすことだ…」
数々の夢を追い、走り続けた結果、
老人は、少しばかりの安息を最後の夢とした。
「…素晴らしい夢ですね」
「はっはっは、こればかりはお前も越えられまい」
全てを話終わると、老人は眠りについた、
これもしばしの休息、また老人は目覚めたら動き出すだろうが、
それこそが、老人の、人としての
最高の生きざまなのだと言う。