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岩崎都麻絵名義

夜歩く

作者: 岩崎都麻絵

 あなたは仕事を終え、日の長い夏の黄昏どき、家路についた。一人暮らしのあなたは帰途、コンビニエンスストアで夕食と缶ビールを購入した。

 日暮れると、この地方は涼しくなってくる。アパートに到着すると、あなたはまず窓を開けて澱んだ空気を入れ替える。その間に手を洗い、着替えを済ませる。夕刻の風が滑り込むように涼しさを届けてきた。

 あなたは買ってきたパスタとサラダ、そして缶ビールで夕食を摂る。持ってきてくるうちに少し(ぬる)くなったビールに、もう一本買って冷蔵庫に入れていても良かったかなと思う。パスタとサラダを食べ終わり、残りのビールをゆっくり楽しもうと、プラスチックの容器を先に片付けた。座り直して、残りを少しずつ飲んだ。やはり物足りないような気がする。明日も仕事があるから飲み過ぎは良くない、いや、缶ビールくらいで酔い過ぎはしないと、あなたは迷った。

 開け放ったままの窓からすっかり闇に染められている外を、あなたは見た。

 星が見えた。綺麗な星空だ。

 あなたはまだ早い時間だし、歩いていれば酔い覚ましになるのだから、コンビニエンスストアに行ってビールを買ってこようと決めた。

 アパートから出て、ぶらぶらとあなたは歩きはじめた。コンビニエンスストアまで、近所の田畑を通る。

 いつもより田畑が広く見えて、あなたは戸惑った。すぐに通り過ぎる程度の狭い田畑なのに、今晩は広く見える。いや、田畑は一面に拡がっている。そして、外灯の光が見えず、余計に昏い。あなたは立ち止まり、ふと空を見上げた。アパートで見た時よりも星は大きく、強く輝いているようだ。

 カンカン、ガチャガチャと金属を叩くような音がして、その音が近付いてくる。同時に、いくつかの灯も近付いてきた。

 若い男女がそれぞれ手に松明や鍋やその蓋を持ち、こちらにやって来る。その姿は夜目にも草臥れた和服と判り、この時代の人たちではないと、あなたは察した。

 狐か狸につままれているのか、自分がいつもと違う場所に入り込んだのか、あなたは怖くなり、動けない。

「お晩でやす」

「こ、今晩は」

「あんだぁ、邪魔だから、さすけぇねぇのなら避けてけねが」

 松明を持った若い男性があなたに声を掛けた。あなたは、はいと返事をして道の端に寄った。

「見掛けねぇ人だな」

 若い男女の集団はあなたの顔をしげしげと見た。

 夢か(うつつ)かと、あなたは弱々しく答えた。

「道に迷ったようなんです」

「そいつは難儀だな。んだけど、ここの一本道を行げば、おらだの庄屋さぁの屋敷があるから、そこかお寺で軒くらい貸してくれるべ」

 激しく警戒されている様子はないと安心して、あなたは有難うございますと対手に伝えた。

「ところであなたたちは夜中に何をしているのですか?」

 和服の男女たちは顔を見合わせて、にやにやと笑った。

「あんだぁ、虫追いば、しゃねが」

「虫追いは夜でねばできねもの」

「虫追い……、ですか」

「んだ、こうやって鍋釜を叩いて、虫ば脅して追って、松明で焼ぐんだ。んだがら、夜にやんだ」

「終われば、みんなで一息入れるんだぁ」

「はあ、それはご苦労様です」

 あなたは礼儀正しく返事をして、一礼をした。

「んだら、また始めっか」

 先頭の男性が音頭を取り、鍋を叩いて金属音をさせながら、松明を緩やかに動かしながら皆が歩き出しはじめた。

 あなたはじっとその動きを眺めていた。殺虫剤がない頃はこうやって虫を退治していたのかな、効果があるのだろうかなと、集団が遠くに行くまであなたはそのまま佇んでいた。

 夜の昏さが変わった。

 あなたはふと夜空を見上げてみる。先程より星は霞むような光になっていた。気が付くと、外灯の灯が見えた。

 酔いの所為なのか、それとも夏の空気の悪戯なのか、元の世界に戻れたようだから構わない。あなたは苦笑いをして再び歩きはじめた。

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[良い点] 二人称の面白さを改めて実感しました。 何とも言えない読後感にまだ高揚しています。 個人的に星の表現の移り変わりが印象的で、尊敬するばかりです。 [一言] 偶々覗かせて頂いたのですが、拝読で…
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