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9話 変態と苦労人

お姫様抱っこで小道を抜けると、中央に大きな噴水がある広場についた。

広場を鑑賞するために設置されたベンチに、ふわりと少しの衝撃もないまま降ろされる。


「お嬢さんに恥ずかしい思いをさせてしまったね。痛みは大丈夫かい?」


「はい大丈夫です、ありがとうございます」


恥じらっているように両手で顔を隠し、鼻血が出ていないかを確認する。


彼女にお姫様抱っこされたというだけで鼻血を吹き出しそうなのに、

子猫に似た愛らしさで見上げ、さらに紳士的というギャップに、『どうしましょう。ときめきが止まらない!』と心の中で悶えた。


色々な感情を悟られないように、『冷静に、冷静に』と唱えながら、いまだに自分の名前を告げていないことに気づき、彼女に向き直る。


「しっ失礼いたしました。私、まだ名をなのっておりませんでしたわ」


「いや、私も突然連れてきてしまったからね。お嬢さんの名前も聞きたいところだが、まずはケガをした足を見せてくれないかい?」


私の返事を待たずに、彼女は片膝を地面につけ、私の足を手に取って立てた膝の上にのせた。


「汚いのでおやめください!!」


人様に足を触られるなんて、靴のサイズを測るとき以外ない。どうしていいかわからず、無意味に両手をバタバタと動かしてしまう。


動揺して取り乱している私に、彼女は安心させるように笑い、「大丈夫だから、見せてごらん」とスカートの裾をめくった。


「これはまた・・・」


彼女が絶句するのも無理はない。


私の足は、靴底の形に腫れていたのだ。明らかに、ダンス相手に踏まれてできたとわかる痕に、『お兄様の名誉のためにもフォローしなくては』と思うが、言葉が出てこない。


お互い、数秒間の沈黙の後、先に口を開いたのは、ジュリア様だった。


「てっきりダンス中にひねってしまったのかと思ったが、ずいぶんとヘタ・・・」


戸惑っている様子なのに、最後まで言い切らない優しさに目頭が熱くなる。


私の足をじっと見つめる彼女は何か考えているようだ。

「すこし、待っていて」と私をベンチに残し、戻ってきた時には彼女の手に濡れたハンカチが握られていた。


「冷やした方が良い」とまた足を取られ、私は二度目の羽ばたきをみせる。もうどこかに飛んで行ってしまうかもしれない。


「君のダンスの相手は、もしかしてステファン・フォーガスではないか?」


「なぜわかりますの!?」


言ってしまってから、自分が墓穴を掘ったことに気づく。

『まだ言い逃れることはできますわ』と彼女をみると、痛ましげな表情をしている。


「私も彼に踏まれたことがあるからね」


「おっお兄様に!?」


「・・・お兄様?ああ、そうか君はステファンの妹、アナスタシアか。美しいアメジストの瞳で気がつくべきだったね」


納得したような彼女に、それどころではないと訊く。


「お兄様と踊ったことがありますの?」


「ああ、デビュタントの時、一度だけだが。あの時は、緊張していたのだろう。初めの一歩でお互いに足を踏んでしまってね」


「おっお互いにですか!?」


「あはは、笑ってしまうだろう。そこからは、酷いものだった。踊っているというより、一対一の決闘をしているようだったね。最後みんなに拍手をいただいたが、「素晴らしい攻防だった」と言われたよ。その後すぐに、私は王立騎士団に入ってしまったから、ダンスを踊る機会はもうなかったが」


「あははは」と白い歯を見せて笑う彼女にときめきながらも、『もう、フォローの余地もなかったのね。お兄様のバッキャロー』と心の中で兄を毒づくことしかできなかった。


「お兄様がすみません!!」


「いや昔の話だよ。それより、うちの妹が君に失礼なことを言ったそうではないか。すまなかったね」


頭を下げる彼女に、「いえいえ、お兄様がしたことに比べたら、オリビア様が言ったことは、子猫のパンチにも及びません」とフォローになるのか、わからないことを言ってしまった。


「あの子は君と友達になりたかったのだよ」


「・・・・友達にですか?そうは見えませんでしたが?」


「とても不器用な子でね。緊張すると本心と真逆の言葉がでてしまう。君のことを知ったときも「婚約者に裏切られたうえ、悪役令嬢と言われるなんて可哀想だ」と家で泣いていたんだ。この間は、せっかく君に会えたのに酷いことを言ってしまったとふさぎ込んでいたよ」


衝撃的な事実に、開いた口が塞がらない。

『まさか私を可愛そうな娘と思ってくれている子がいたなんて』と少し呆然としてしまった。


「君さえ良ければ、今度うちに遊びに来てくれ」という彼女に、「はい!よろこんで!」と力いっぱいに返事をした。




ジュリア様と和やかに会話をしていると、「あれ~こんなところに可愛子ちゃんがいる~」と男の軽い声が聞こえてきた。


『ジュリア様との時間を邪魔するんじゃないわよ!』とソフィーを泣かせた目線を向けると。


プラチナブロンドを風になびかせ、先ほど舞踏会場で登場した時と同じ、和やかな笑みでニコラス王子が立っていた。


王子の登場に驚き、ジュリア様を振り返ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「貴様がなんでこんなところにいる?」


「時間が空いたから少し涼みに来ただけだよ~。会場なか息苦しいんだもん」


彼女のとげとげしい言葉に、王子は平然と返している。

語尾に『もん』とかつけちゃう成人男性お兄様以外に居たんだと変なところで感心していると、王子がこちらに近づいてきた。


「どうかしたの~?」と覗き込んでくる王子に彼女は、シッシッと手で払うしぐさをしている。


「こちらに来るな。お目付け役はどうした?」


「グレンなら巻いてきた!」


王子は親指を立てて、キランと目を輝かせている。

私は言葉を失い、呆然と二人のやり取りを眺めているだけだった。


「てめぇー!この変態が!!」


男の罵声が響き、ものすごい勢いで何かが王子めがけて飛んできた。

ガツンと重い音が王子の頭で鳴り、王子は頭を押させて「痛いな~」としゃがみこんでいる。


突然の攻撃に「刺客が!」と言った私に、ジュリア様が肩に手を置き、フルフルと首を振っている。

「どういうことですの?」という私の疑問は口に出されることなく、男の声にかき消された。


「急にいなくなるなって何度も言っただろう!腐っても王子なんだから護衛のことも考えろよ」


「えー!だって、みんなむさ苦しいんだもん。息抜きしたいじゃん」


「いい歳して「だもん」とか使うな。このくそ王子」


「ひどーい!同じ歳なのに」と口を膨らませる王子に、男は顔を半分抑え、溜息をついている。


「君たちそのへんにしないか!アナスタシアが脅えているではないか」と凛としたジュリア様の声に、私たちの存在に気づいたのか、ばつの悪そうな顔をした。


「すまない。驚かすつもりはなかったんだ」


私を怖がらせないようにゆっくりと近づいてきた男は、ジュリア様と同じ赤い髪をしていた。


ありがとうございました。

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