7話 女神(笑)
二日ぶりに会うソフィーは心なしか生き生きとしているようだった。
ご機嫌な様子に、「なにか良いことがあったの?」と訊いてみたが、「有意義な休暇をすごさせていただきました」という言葉だけで多くは語らない。
ニヤニヤと思い出し笑いをしている彼女に少し引きながらも、お兄様の『詳しくはソフィーに訊いた方が良いよ』という言葉を思い出し、「あなたに訊きたい事ことがありますの」と椅子を進める。
「最近の私の噂については知っているわよね?」
確信を持って言う私に、ソフィーは小さくうなずいた。
「では、なぜ私に言わなかったの?」
「噂の出所を調べておりました。誰かが悪意を持って流しているようなら、アナスタシア様のお耳に入る前に排除しようと思いまして」
「排除」のところで、眼を光らせるソフィーに『うちの侍女は血の気が多くて行けない』と溜息が出そうになる。
「それで、誰が流した噂かわかりましたの?」
私の言葉に、悔しそうな顔をして、「残念ながら」と呟く。
下唇をかみしめる様子に、『彼女が犯罪者にならなくて良かったわ』とわずかながらにホッとした。
「現在は、「悪役令嬢」の他に、もう一つ噂が広まっております」
「もう一つの噂?」
「悪役令嬢」よりも衝撃的な噂は無いだろうと高をくくっていた私に、ソフィーは爆弾を落としてくれた。
「アナスタシア様は、ロバート様とエレナ様に「女神の試練を行った」と言われております」
「・・・はあ?女神?試練?どういうことですの?」
理解ができていない私に、ソフィーは一冊の小説を手渡してきた。
近ごろ若い女性の間で人気のラブロマンス小説だ。
「身分違いの恋をした貴族の男性と一般庶民の女性が、女神が出した試練を乗り越えて、真実の愛と祝福によって永遠の幸福を手に入れる」というどこかで聞いたことがあるような話である。
受取った小説の表紙には、主人公たちと女神と思われる天秤を持った女性が描かれていた。
確かに、長い金髪とアメジスト色の瞳は私によく似ている。
『しかし、女神は無いわ~』と頭を抱えた。
悪い評判ではないと思うが、「女神(笑)」と受け取ってしまうのは、私がひねくれているからか。
「悪役令嬢」にせよ「女神(笑)」にせよ、当て馬であることに変わりはないだろう。
「どうして、婚約者に捨てられた可愛そうな娘とは広まらなかったのかしら」と呟いていると、「それは、日頃の行いが・・・」と目線を合わせないソフィーに反論することができなかった。
「お兄様が、「ソフィーには色々な情報が入っている」と言っていましたが、どういうことですの?」
八つ当たり気味に聞くと、ソフィーは目をそらしながら、「なっなんのことだか・・・」と挙動不審になる。
『この子はなんてわかりやすい子なのかしら』と心の中で呟き、『彼女には効果がありそうだ』とお兄様の必殺技『妖怪甘えん坊のおねだり上目遣い』を使ってみる。
肩を少し下げ、両手を顔の前で握り、顎を引いて、眼をぱっちりと開け、相手を見上げるようにすると・・・
「ひぃーーーっ。ごめんなさい!」
ソフィーは、今まで聞いたことの無いような悲鳴を上げて、がくがくと震えながら謝っている。
予想外の反応に『なにか間違えたかしら?』と首をかしげていると、「話します!話しますから!どうかメンチを切るのを止めてください」と涙目になっている。
メンチを切った覚えはないが、効果てきめんではあったようだ。少し泣いてもいいだろうか?
ソフィーは一度姿勢を直して、不安そうな顔で話をはじめた。
「休日に趣味と実益を兼ねたサークル活動を行っておりまして・・・」
「サークル活動?」
「主人をあがめ敬う会でございます。
自分の主人の素晴らしいと思う所をお互いに発表して、主人に貢献するためにはどうしたらいいのかを議論しております。
・・・ご安心ください。全員匿名での参加ですので、どこの家の者かは、わからないようになっております」
彼女の趣味や交友関係を知りたいとは思ったが、まさか「趣味が私」だとは思わなかった。
色々と言いたいことはあるが、進まなくなるので、とりあえず疑問に思ったことを訊いてみる。
「匿名ということは、私のという限定された情報は入ってこないのではなくて?」
「まあ、匿名といいましても、なんとなく誰かわかるといいますか・・・」
結局、情報がダダ漏れではないか。どこに安心する要素があるかわからない。
『まあ、悪質ではなさそうだから良いか』と諦め、「何かあったら必ず報告しなさい」と約束させた。
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