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5話 悪役令嬢と呼ばないで


『構想に1週間、試作品まで1ヵ月というところかしら』という私の読みは甘かった。



翌朝には、目の下に隈をつけたエレナがデザイン画をすっとばして試作品を持ってきたのだ。


「試作品を持ってまいりました!」


ボロボロな様子に、職人だけではなく、エレナ本人も徹夜をしたのだろう。


「わかりました。では、こちらの商品の説明をお願いします」


「はい!わかりました!」


試作品は、乗馬服の上着だけだったが、一晩で仕上げたにしては、しっかりとしていた。



「従来の乗馬服は、男性用の夜会服、燕尾服のような形をしています。

 男性用のデザインのまま、寸法を小さくしただけですので、どうしてもやぼったい印象になってしまいます。


 今回お持ちしました乗馬服は、対照的に女性用のドレスを意識して、肩回りとウエストの形を女性らしいラインに、袖口にはレースのフリルをあしらいました。

 また、黒い服が多い中で、咲き誇るバラをイメージし、色は深紅にしました」


最後まで説明した後、「・・・いかがでしょうか?」という言葉と共に、不安げな目線を向けてくる。


「デザインは素晴らしいわね。ただ体のラインあわせると、動きづらいのではなくて?」


「こちらは、一部伸縮可能な素材を取り入れていまして、乗馬の動きにも対応したつくりになっています」


「さすが馬具専門の職人が作っただけはあるわね。ただ、袖口のフリルは改良した方がいいわ。このフリルは、首元のスカーフに使って、袖口は、馬に触れないよう刺繍にした方がよさそうね」


真剣な表情でメモを取っていくエレナに、質問をしながら改善点を出していく。


下衣やグローブ、ブーツについてはデザイン画を使って、全体のイメージを含めて話し合っていく。


話がまとまったところで、エレナが、「家に持ち帰り、続きを・・」と言い出した。


目はらんらんとしているが、顔色は悪い。

イノシシのように、突っ走るタイプの様だが、倒れてしまってはいけない。


今にも出ていこうとする、エレナの頬に手を当てると、カチンと面白いくらいに固まってくれた。


捕獲することができたので、そのまま頬をつまんでみる。

まぬけな顔に少し笑ってしまった。

つまんだ手を戻して、親指で目元にできた隈をなぞる。


「昨日は寝ていないのでしょう。家に帰ったら、休まずに続きを始めてしまいそうだわ。部屋を用意するから少し休んでいきなさい」


エレナは、どうしていいかわからないのか、真っ赤な顔で口をパクパクと開け閉めしている。


混乱している今のうちだと、ソフィーに部屋の準備をお願いすると、「承知しました」と何か言いたげな表情で部屋を出て行った。



エレナはその後、何度も私の元に通い、改良に改良を重ね、誰もが振り返る、素晴らしい品が完成した。


エレナが来る度に、複雑な表情をするソフィーに、『決闘していないから、わだかまりがあるのかしら?』と思ったが、エレナの綺麗な右ストレートを思い出して、『お互いに、血を見るのは明らかだ、そっとしておこう』と思い直した。





乗馬会当日。



会場の視線は、すべて私のものになった。


婚約破棄から初めての公の場、時の人だ。話題になるとは思っていた。


しかし、服のおかげか、周りの目線は、憐みではなく羨望に近い。


その視線を意識しながら、王妃様に挨拶に上がる。


お招きいただいた挨拶の言葉を交わすと、王妃様は、「とても素晴らしい服ね。どちらにお願いしましたの?」とにこやかに話題を振っていただけた。



「こちらは、イーデン商会の品ですわ。どうしても乗馬会に素敵な服を着たいと思いまして、イーデン商会に無理を言って作っていただきましたの」



周囲の視線がさらに集まり、会場内の全員が耳を澄ませているかのようにシンとなった。


「王妃様にもよろしければこちらを・・・」と、この日の為に作ったスカーフをお渡しする。


受け取った王妃様は、「まあ素敵」とその場ですぐにつけてくださった。


「こちらも、イーデン商会に作っていただきましたの。東の国の生地を使っておりまして、肌触りが良く、光沢感のある色合いも・・」と説明をすると、周りも気になるのかスカーフに目が釘付けになっている。


乗馬会の邪魔にならないようなところで切り上げようと王妃様を見ると、私だけに分かるようにウインクをした。

私たちの事情を知り、手助けしてくれたのだろう。目礼と心の中でお礼を言い、その場を離れた。



もう役目は終わったと、愛馬の元へ向かうと、呼び止める声がする。


振り返ると、ひとりの女性が、高圧的に睨みつけてきていた。


「あなたがアナスタシア・フォーガスね」


「ええ、そうですわ。ごきげんよう」


不穏な雰囲気に、『何かしたかしら』と、考えてみるも思い浮かばない。


「私は、オリビア・クラークよ」


「存じております。クラーク公爵家のオリビア様は、とても美しいルビーの髪をお持ちだと噂でございますから」


とりあえず、おだててみるも、眉間のしわが一つ増えただけだった。

『失敗したかしら』と次の手に行こうとして、オリビアの言葉に遮られる。



「あなたは、悪役令嬢として噂されていますものね」


「悪役令嬢!?」



・・・悪役令嬢?噂?いったいどういう事だ?


『婚約者を奪われた可愛そうな娘』ならわかる。


なぜ私が悪役なのか?



あまりの衝撃に固まってしまった。



「言い訳しないとは、本当のことだったのね」



ぶつぶつとひとり納得している彼女に「本当のこととはいったい・・・」と声が漏れてしまった。


「シラを切るおつもり?

婚約者が別の女性に好意を抱いたことを恨み、廃嫡させた挙句、謝りに来た女性にケガを負わせ、さらに、その女性に何度も家に謝りに来させていたそうね。青い顔をして、あなたの家に通っている女性を目撃したという証言が何度もでておりますのよ」


大筋は、間違っていない。間違っていないが、もの申したい!


・・・ソフィーの複雑な表情の理由がわかった。


わだかまりがあったわけではなく、エレナが来る度に増していく噂を知っていたのか。


そういう事は、早く言いなさいよ!いらぬ心配をしてしまったではないか。

今後は、表情で語るのではなく、人の言葉で語ってもらおうとソフィーの再教育を考えながら、現実逃避をする。


「どうにか言いなさい!アナスタシア・フォーガス!」


反応のない私がお気に召さなかったのか、大きな声をだすオリビアに、


「そんな事実は一切ございません。事実無根でございます」


と力いっぱい答えた。



私の迫力にひるんだのか、「そっそれなら良いわよ」といなくなってしまった。



『いったい彼女は何をしたかったのだろう?』と考え、一つの可能性に気づき、絶句する。


彼女は、第一王子の婚約者候補の一人だ。候補者の中でも最有力と言われている。


しかし、王子との婚約には、別の公爵家との政治的に難しい問題がある。


そんな中、私の婚約破棄があった。伯爵家ではあるが、年齢的にもあっている。


そんな私が、王妃様にプレゼンを渡していたらどうだろう。


けん制をしに来たのか?


高圧的ではあったが、別に攻撃されたわけではない。


悪役令嬢と呼ばれているって言われただけだ。


ショックではあるが、事実の確認だけで終わってしまった。



謎だ。



とりあえずは、目の前の問題を解決しようと、『悪役令嬢』の噂について詳しくソフィーに聞こうと心に決めた。


ありがとうございました。

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