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4話 婚約破棄のすすめ(その後)

修羅場の日の翌日。


侍女のソフィーが、苦虫を噛み潰したよう顔をしながら、一通の手紙を手渡してきた。


嫁入り前の娘がなんて顔をしているのだと思ったが、手紙の宛名を見て、苦虫の理由がわかった。



宛名には、エレナ・イーデンと書いてある。



イーデン商会の一人娘であり。私の元婚約者の恋人だ。


『それでも私は、エレナと添い遂げたいのです』あのバカの声で思い出し、少しげんなりする。


抗議文かしら?


家を追い出されたその足で、彼女の元に向かったのでしょう。

それを聞いた彼女が、「彼を追いだすなんてひどい女!」ってなったのかしら。

「伯爵じゃない彼はいらない!」とか(笑)


さてさてと、答え合わせをするように手紙を開け、目を通していく。


手紙の文字を追うごとに、自分の手がわなわなと震えていくことに気づく。


ソフィーが隣で「アナスタシア様」と泣きそうな声で言っているが、励ましの言葉はいらない。


今欲しいのは・・・


「今すぐ手紙を書く準備を!」


「はい、今すぐ!」


ソフィーは勘違いしているようだが、悲しかったわけではない。


悔しさでもない。


怒りだ!



「アナスタシア様

 

 この度のことは、すべて私の責任です。

 

 彼の優しさにつけ込み、同情を誘いました。

 

 私が言う事ではありませんが、悪い女に騙されただけです。

 

 私は少し立ち寄っただけの、道端の石ころ。

 

 貴女様のようなアメジストではありません。


 彼が、本当に愛しているのは貴女様です。


 私も、彼のことは愛していません。もう二度とお会いすることもないでしょう。


 立場をわきまえず、申し訳ございません。


 どうか彼をもう一度・・・」



紙とペンを受け取り、「今すぐ、家に来い!」と書きなぐった。


封をして、ソフィーに手紙を渡すと、ギラギラと好戦的な目をしてうなずき、部屋を出ていた。


うちの侍女は血の気が多くていけない。

決闘を申し込んだわけではないのにと思ったが、先ほど出した手紙の内容が、決闘の申し込みとそう変わらないことに気づき、何も言えなくなる。


ひとりになった私は、「ああ今日もお兄様とお出かけできなかった」と嘆いた。





数時間後、真っ青な顔をしたエレナと、期待の顔をしたソフィーという対照的な二人が部屋に入ってきた。


ソフィーの表情に小さく溜息をついて、立ったままでは話しづらいので、エレナに椅子を進める。


「エレナ・イーデン」と私が呼びかけると「はい!」と背筋を伸ばし返事をする。


まあ、略奪した恋人の元婚約者に呼び出されたら、怖いだろう。

しかも、相手は貴族だ。どんなことをされるかわからない。


怖がってもらって結構。私は、とても怒っているのだ。


「私があなたを、ここに呼び出した理由がわかる?」


私の言葉に、エレナは、叱られた子どもの様に背を縮こめる。


「はい、わかっております。お手紙にも書かせていただきましたが、彼とはもう会いま」


「違う!」


言葉を遮る私に、顔を上げる。


「私があなたを、呼んだのは、この手紙のことよ。ここに書いてあることは、本当のことなの?」


「・・・・はい。」


消え入りそうな小さな返事に、意識して大きな声をだした。


「私の目を見て言いなさい!これはあなたの本心なのね?」


エレナは瞳を揺らし、唇をかみしめながら、首を縦に振った。


「強情な子。よく聞きなさい。この手紙に書いてあることが本当であれば、あなたの実家であるイーデン商会は、今後いっさい貴族との取引はできなくなるわよ。伯爵令嬢である私から婚約者を奪ったのですもの当然ですわよね」


「イーデン商会は関係ありません。私が勝手に・・・」


「関係なくはないのよ。世間では、イーデン商会の娘が、貴族であるフォーガス伯爵家の顔に泥を塗った事になるの。それでも、本当のことだというの?」


青い顔をさらに青くして、握りしめすぎた手は白くなっている。

奥歯からカチカチという音が聞こえ、唇も震えている。

それでも、エレナは、首を縦に振った。



「本当に強情な子ね。そして馬鹿な子」もういいかと少し肩の力を抜いた。


「彼が訪ねてきたのは、ちょうど2週間前かしら。突然来たと思ったら、急に婚約を破棄にしてほしいって言い出したのよ。ほんと馬鹿な人だわ。だってその日はあなたに出会った次の日なのよ」



ここにきて彼は、エレナとの出会いを話していった。



* * *


春のうららかな日、僕は、街の視察に行っていた。決してサボっていたわけではない。


ベンチで休憩していると、「えーん」「ママどこー」と幼い声が聞こえてきた。


母親とはぐれてしまったのだろう。

『どれどれ紳士が助けにいくかな』と声がした方に顔を向けると、先客がいた。


「ママとはぐれちゃったのかぁ。じゃあお姉ちゃんと一緒に探そうか」


多くの人が通り過ぎる中、膝をつき、子どもと同じ目線で声をかける女性に、自分の出番はないかと、なんとなく見ていた。


手をつないで行ってしまうのかと思っていると、彼女は、そのまま子どもを持ち上げ、肩に担いだ。


女性が肩車をするのを初めて見た。呆然としていると。彼女の良く通る声が聞こえてきた。


「この子のママはいませんかー!美人のママ~。青いズボンの可愛い坊やはここにいますよ~。大好きなママはどこですかー?」


歌うような彼女の声に、思わず吹き出してしまった。

坊やも面白かったのか、彼女の肩の上でご機嫌にきゃっきゃとはしゃいでいる。


今まで通り過ぎていた人達も彼女の声に、面白がって、「美人のママはどこだー俺も会いたいぞ~」「可愛い坊やがまってるよ~」と続いている。


わいわいと騒がしくなってきた中、坊やの母親らしき女性が「うちの子です」と真っ赤な顔をして輪の中に入っていった。



騒ぎが落ち着いたら、もう彼女はいなくなっていた。

その時は、「面白い子もいるな」とただ思っただけだった。


街歩きにもどり、色々な店をひやかして歩いていると、


「おばあちゃん階段大丈夫ですか?荷物もちましょうか?」


先ほどの彼女が、また人助けをしようとしているところに遭遇した。


今度は、立ち止まらず通り過ぎようと階段を上っていると、きゃあーという悲鳴と共に、彼女が上から降ってきた。


「あんたが悪いんだ。私の荷物を持ってこうとするから!」


言い分けをする様に叫ぶ女性に、一部始終を見ていた僕は、「彼女はあなたを助けようと、声を掛けただけだろう」と言おうとして、口を手でふさがれた。


「びっくりさせてしまって、ごめんなさい」


先ほどと変わらない笑顔で彼女が言い、その場から去っていった。


気になって追いかけると、彼女が足を引きづりながら歩いていることに気づいた。

落ちた時に足をひねったのだろう。


「歩きづらいだろう。肩を貸したいのだがよろしいかな?」


「えっ?ああ、さっきの人。家近いから別に大丈夫ですよ」


「君は人を助けるのに、助けさせてはくれないのか?」


自分でも、きざだったかなと思っていると、彼女は笑いながら「ではお願いします」と言ってくれた。


「君はいつも人助けをしているのかい?」


「いつもといいますか・・・人助けと言いますか・・・。笑わないでくれます?」


とても気まずそうに言う彼女に、うなずく。


「とても個人的でわがままな理由なのですか・・・

私、この辺りをまとめる商会の一人娘なのです。いずれ、父の後を継ぎます。

その時に、「あの時助けてくれた人だ」と気づいて、商品を信頼して買ってくれる人が一人でもいたらいいなあと思っておりまして・・・」


「ぶふぁっ」


思わず吹き出してしまった。でもダメだ止まらない、この子面白い。


「あははは」


「笑わないっていったじゃないですか!」


「ごめん!だめだ、面白い!あはははは」


ブスくれた様子でこっちを見てくる彼女に、さらに笑いが加速する。


笑いが収まって、「僕は良いと思うよ」と言っても信じていないのか、さらに眉間にしわがよっている。


「「情けは人の為ならず」という言葉があるじゃないか」


「「情けをかけることは、結局その人の為にならない」ということですか」


「違うよ。それは間違った解釈だ。本当は「情けをかけることは、人の為だけではなく、いずれ巡り巡って、自分に返ってくるから、人に親切にしなさい」という事なんだよ。君はわがままだと言ったけど、それで助かっている人がいれば、僕は良いと思うよ。さっきの坊やみたいにね」


「見ていたんですか!?」


「素敵な歌声だったからね」


真っ赤になる彼女に今度こそ笑いが止まらなくなった。


ああダメだ。これは、ダメなことだ。でも、止められない。

彼女が良いと、彼女じゃないとダメだと思ってしまった。


ごめん。アナスタシア。



* * *


私が話していると、彼女は下を向いて、真っ赤になってしまった。


「彼は、あなたじゃないとダメだと言ったわ。そんな彼を裏切るの?」


はっと、顔を上げる彼女にもう一度聞く。


「ここに書いてあるのは、本当のこと?」


「・・・違います」


「では、彼を愛しているのね」


「はい、愛しています」


「では、胸を張りなさい!このアナスタシア・フォーガスから婚約者を奪ったのよ。誇らしく思うならまだしも、卑屈になるなんて許しません!」


私の言葉に、エレナは、「はい」と大きな声で返事をした。


「アナスタシア様、ありがとうございます」


涙を流しながら、笑う彼女は、彼が言うようにとても愛らしかった。





一息つこうと、ソフィーにお茶をお願いしたところで、突然、部屋の外が騒がしくなった。

バタバタと走る足音に、「またか」とうんざりする。


バタンと部屋の扉が開き、頬を腫らしたロバートが入ってきた。


「エレナ!大丈夫か!?」


「突然訪問してきて、挨拶もなしに本当に失礼な男ね」


「アナスタシア!エレナに何をした」


エレナが泣いたのは、一目瞭然だが、私が何かしたってことも絶対なのね。本当に失礼な男だ。


「別に何もしておりませんわ」


「何もしてな」


彼は、最後まで言葉を続けることはできなかった。彼の隣にいたエレナに殴られたからだ。

昨日彼の父に殴られて腫れている頬をグーで。パーではなくグーだ。


体重をかけ、重心がぶれない見事な右ストレートに、思わず拍手してしまった。


「アナスタシア様に謝ってください」


かばったつもりのエレナに殴られ、ポカンとしているロバートを置いて、エレナが頭を下げてくる。


「申し訳ございません、アナスタシア様」


「それより大丈夫?血が出ているけど」


ちらりとロバートを見て「大丈夫です」と言ったエレナに、「違うわ。あなたの右手の方よ」と続けた。



バタバタと慌ただしくなってきたし、予定の時間も近づいている。


「そろそろよろしいかしら?私この後、公爵家の奥様方と遠乗りの約束をしておりますの」


「遠乗り?君が?」


反応したのはロバートが先だ。まあそれでも良いと続けた。


「ええそうですの。近ごろ女性の方で乗馬される方も増えていまして、最近では王妃様も一緒に遠乗りに行かれますのよ」


ちらりとエレナを見るが、反応は鈍い。


「女性の方は増えていますが、残念ながら女性用の乗馬服がとても地味で。

もともと男性用のデザインをそのまま女性用にしたのですから、しょうがないのでしょうけど」


もう一度、エレナを見ると、少し考えているようだ。あと一押し。


「どこかで、素敵な女性用の乗馬服を用意していただけるところはないかしら」


今度こそ気づいたのか、エレナが手を上げる。


「うちで、イーデン商会で作らせて下さい!」


「あら、イーデン商会でできるのかしら?」


「イーデン商会には、馬具用品専門のお店があります。乗馬服は、おっしゃるとおり、男性用と同じデザインしかありませんが、必ずお気に召すものを作って見せます」


「その言葉に二言はありませんね」


「はい。誠心誠意やらせていただきます」


ニヤリと笑ってしまいそうな口元を隠した。


「では、2か月後、王妃様主催の乗馬会がございます。その日に間に合うように、作ってください。

もちろん普通のものではダメよ。誰もが振り向き、話題になるような物をつくってください」


私の言葉の意味に気づいたエレナが、涙を流しながら、深々と頭を下げた。

横いるロバートは、私とエレナの様子にポカンとしている。


私が、イーデン商会の服を身に着け公共の場、王妃主催の場に姿を現す。その意味が分からないのでは、まだまだ商人への道のりは遠そうだ。


めでたし、めでたしと後ろを振り向くと、ソフィーが腑に落ちないような顔をしていた。


きっと決闘にならなかったのが不満なのだろう。


うちの侍女は本当に血の気が多くていけない。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

誤字脱字、辻褄が合わない点等ございましたら、ご連絡いただけると幸いです。

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