3話 婚約破棄のすすめ
幼馴染であるロバートとは、幼いころから定期的に会されていたから、いつか婚約するだろうということは、お互いになんとなくわかっていた。
別に嫌いでなかったし、彼の両親とも良好な関係を築いていたから、結婚後も問題は少ないだろうなというくらいの気持ちだった。
まあ、問題は結婚後ではなく、婚約中にあったのだけど。
婚約してちょうど一年の春の日に、彼は運命の出会い(笑)をしたそうだ。
* * *
「アナスタシア、すまない。君との婚約は破棄にさせていただきたい」
「突然訪問してきて、挨拶もなしに何をおっしゃるのかと思えば、寝言ですわね。寝言はご自宅でお願いします。
今からお兄様と一緒に図書館にでかけますので、出て行ってくださいませんか?」
丁寧に説明してやっているのに、ロバートは何を言われたのかわからないのか、ぽかんとした後、気を取り直したように、「本当にすまないと思っている。しかし、彼女に出会ってしまったのだ。あれは春のうららかな日・・・」と運命の彼女(笑)とのなれそめを話しだした。
この男は、馬鹿なのかもしれない。
私は、遠回しではあるが、聞かなかったことにしてやると言ったのに、なぜ気付かない。
そして、なぜ彼女の素晴らしさ?を私にアピールしている。
もともと愚かな所はあったが、そこは結婚後、矯正していけば良いかと考えていた。
しかし、この愚かしさは、いただけない。最悪、伯爵家を潰しかねない。
まだ、希望はあるかもしれないと、確認をすることにした。
「彼女の素晴らしさは十分に伝わったわ」
「わかってくれるかい」と良い笑顔を向ける彼に、ああもうダメかとあきらめそうになったが、彼の両親の顔を思い出し、踏みとどまった。
「ロバートよく聞いて、私たちの婚約は、貴族の婚約であり、家同士、ましてや王の承諾を得て行っているの。婚約前ならいざ知らず、今現在婚約している私たちは、個人の感情のまま、その契約を破棄にすることはできないの。わかる?」
小さい子でもわかるよう、ゆっくりと丁寧に説明する私に、ロバートは、悲しげな顔をしてうつむき、「ごめんアナスタシア、君がそんなに僕のことを思ってくれていたなんて」と言い、黙ってしまった。
わかってくれれば良い、「聞かなかったことにします」と続けようとすると、ロバートは顔を上げて言い募る。
「そんなに僕を愛してくれていたなんて気が付かなかった。君はお兄様だけを愛しているのかと思っていた。だが、ごめん。君の気持ちにもう答えることはできない。だって僕の心はもう、彼女に渡してしまったから」
はあ?なにを言っているのだこの男は?と素で言わなかったことを誉めてほしい。
もう手遅れだったのだ。救いはなかった。このバカの矯正は幼少期から行うべきだった。
子供らしく無邪気な彼に、『馬鹿な子ほど可愛いのでは』と思っていた私こそが愚かだった。
恋も、愛もなかったが、情はあった。
年上の彼を、弟のように思っていた。
しかし、そんなことを言ってはいられない。
最善の策を取るべく、バカを置いて、執務室にいるだろう父のもとにむかった。
父に簡潔に説明すると、父は激怒し、「家を潰してやる」と息を巻いている。
穏便に済ませたい私は、「彼は、愚かではあるが、彼の家族まで愚かであったわけではない」と言い、自分の意向を父に説明した。
「それだけで良いのか?」と聞く父に、「今後も、ブライアント伯爵家との取引は良好に続けたい」と伝えた。
父は、「そんなこと、気にしなくてもよい」というが、正直、婚約破棄されただけで終わりにしたくないのが心情である。
今回の教訓で、最初が肝心であると知ったため、父と今後の予定を詰めていった。
運命の日。
もちろん、突然訪問するのではなく、父が事前に手紙をしたため、ことの経緯を彼の両親に伝え、彼のお屋敷に訪問した。
突然集まった両親と、私たち親子の存在に、彼は狼狽した。
「なぜここに、アナスタシアが。まさか結婚を進めようと・・・」
「この恥さらしが!」
彼の父であるブライアント伯爵に殴られ、最後まで言葉を続けることはできなかった。
初めてのみた暴力にビビリながらも、ここは私の出る幕ではないと握った手に力を入れた。
「彼女から話は全て聞いた。自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「わかっております。それでも私は、エレナと添い遂げたいのです」
愚かしさも、ここまで来れば潔い。
「もういい、お前に家を継がせることはできない」と彼の父が言い、彼の母がしくしくと涙を流している。
彼の両親は、私たち親子に向き直り、深々と頭を下げた。
彼が家に来た日から、こうなることはわかっていたが、彼の両親のことを思うと心が痛い。
深々と下げる頭をあげてもらい、父が今後についての話をする。
彼の代わりに家を継ぐのは、彼の従弟にあたる青年だ。
大変優秀な青年だということだから、ブライアント伯爵家の今後は安泰だろう。
今後の取引もこちらの有利に進めそうなので、慰謝料はいらないといった私に、彼の両親は恐縮しきりだった。
修羅場はもうこりごりだ。2度としたくないと思っていたから、
その後、3回も同じことが起こるとは思わなかった。
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