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18話 恋は思案の外

グレン目線のお話です。

 バーンズ公爵家の門を馬でくぐり、グレンは、屋敷を振り返った。


「なあ、二人にして本当に大丈夫なのか?」


「私がいるとオリビアが話しづらいこともあるだろう。それに、オリビアが素直になれなくても、アナスタシアならわかってくれるさ」


「……まあそうだな」


 前を向き、先に行くジュリアの隣まで馬を走らせる。「嘘をつかせてすまないね」というジュリアに「別に構わねえよ」と返し、行先が決まらないまま馬を歩かせる。結局いつも来る森の湖畔にたどり着き、鞍を外すと、慣れたように2頭で走り出した。最近忙しくて、遊びに連れて来てやれなかったからちょうどいい。

 湖畔に座り、湖を眺める俺に、「なあグレン」と隣に座りジュリアが話しかける。


「アナスタシアの事が気になっているのだろう?」


「―――!?」


こいつは急に何を言いだすのだ! 予想外の話題に、驚いて言葉が出ない。


「彼女はとても愛らしい女性だよ。アメジストの瞳も素敵だ。おまえが気になるのも―――」


「おまえ何言ってるんだ?」


 言葉を遮り、うろんげな視線をおくる俺に、ジュリアはびっくりしたように「………無自覚かよ」と呟き、疲れたように溜息を吐いた。頭を抱え「こんな鈍感な男に振り回されて、アナスタシアが可哀想だ…」とさらに続ける。


「いや俺は振り回してないだろう? 振り回しているのはおまえの方じゃないか?」


「無自覚のたらしは怖いね。貴族のお嬢様に手を出したんだ、責任はとりなよ」


「俺は手なんか出してないだろう!?」


「足にキスしたのは?」


 あれは―――無意識にやってしまった。確かに年頃の女性にするには刺激が強すぎる行為だっただろう。言い訳を探す俺をジュリアはさらに追い込む。


「ちょっとは自覚しろよ。おまえが仕事以外で女性に話しかけるなんて今までなかっただろう?」


「別に全くなかったわけでは…今までは顔が怖いと逃げられていたし…」


「モモの話をしたのも、ケガを治してやったのも初めてじゃないか?」


「…モモの事は、ニコラスの件があったからだ。ケガを治した理由も同じだよ」


「モモを誰かに任せたのも初めてだな」


「いや、アンダーソン先生にはいつも預けているぞ…」


「アンダーソン先生はモモの親友だ。アナスタシアは違うだろう?」


「…………」


「自覚しろよ」


 いや…でも…。…そうなのか? さっき彼女との会話は普通だったはず………だ? 普通だったよな? モモに悟られないようにおやつを渡すにしても、あんな耳元で話さなくてもよかったんじゃないか? そもそも、オリビアに渡してもよかった。自分の行動と、近づいたときの彼女の甘い香りを思い出し、顔が火照っていくのを感じる。俺は…彼女の事が……


 ――――ダメだ!


「彼女はニコラスの婚約者候補だぞ!」


「ああそうだな。まだ候補だよ」


「レオの婚約者候補でもある…」


「そっちもまだ候補だな」


 振り切る様に言う俺をジュリアは否定していく。


「煽るなよ…彼女は伯爵家の一人娘だし、俺は男爵家の三男だぞ」


「じゃあ、私の養子になるか? それなら、公爵家の嫡男だ」


「おまえなぁ…そんなこと冗談でも言うな!」


「おまえが望むなら。爵位なんてどうとでもしてやる」


 こいつは―――いつも俺やオリビアの事ばかりだ。つきたくなる溜息を飲み込み、「おまえはどうなのだ?」と思わず聞いてしまった。


「おまえは結婚しないのか?」


「私は―――――結婚はしないよ」


 いつかと変わらない返事。こいつの時間は、あの日から止まっているかのようだ…。


「そのことオリビアは知っているのか?」


「父上と言い争っているところを聞かれてしまってね…。全て話したよ」


 顔を歪ませるジュリアに、今度こそ溜息が漏れた。あの日、いなくなったアイツを、ジュリアはまだ待っているのだろう。「探しに行かないのか?」と訊いてしまったのはこいつが自分の幸せを諦めているように感じたからだ。


「私には家や家族を捨てる事なんてできない…」


「ひとりで公爵家を継ぐために王立騎士団に入るか…。おまえは十三の時から変わってないな」


「これは私のわがままだ。だからと言うわけではないが、おまえやオリビアには幸せになってもらいたい」


あの日、アイツが…兄貴がいなくなったあの日。――――はじめてジュリアの涙を見た。


「…おまえは大馬鹿野郎だな」


幸せを願っているのは、俺たちも一緒だというのに…。「あはは。そうだな」といつもの表情をみせて笑うジュリアに。もう何も言えなくなる。


「それじゃあ、そろそろ行くわ」と立ち上がる俺に、ジュリアが不思議そうに訊く。


「予定がはいっているのか? 今日非番だろう?」


「…仕事だ。フィルと交換したんだよ。あいつの愛犬が産気づいたのは本当だ」


「……今すぐ辞めてしまえばいい」


「違いねえ」とこらえきれずに笑う俺に、ジュリアもつられたように笑った。ひとしきり笑いあった後、口笛で馬を呼び、鞍をつけてまたがる。


 ジュリアの視線に、言いたいことは予想できた。―――気がつかなかったことにさせてくれ。彼女がニコラスと婚約すれば握りつぶさなくてはいけない感情だ。…彼女の方も別に俺の事を気にしてはいないだろう。俺の考えていることに気づいたのか、ジュリアは「ふっ」と鼻で笑った。


「目と耳を塞いでも、一度心についた火はなかなか消えないぞ」


「だから煽るなって。――――もし俺の火が彼女を傷つけるなら、バケツで水でもぶっかけてくれ。少しは火も小さくなるだろうさ」


「あはは。その時は、水ぶっかけて、殴り倒してやるよ」


「よろしく頼む」と右手を上げ、馬で駆けだした。


 「恋は思案の外か…」と呟く。昔ジュリアが「恋は常識や理性では割り切れないものだ」と言っていた。あいつも理性ではわかっていても別の誰かを選ぶことはできないのだろう。不器用なのは従姉同士でそっくりだ。透けてしまった箱を閉じるように大きく息を吸って、吐き出した。これから仕事だ。ニコラスは変態だが、変なところで感が良い。あいつに知られたら面倒なことになる。頭を冷やすためにも演習場でひと汗かいてから行こうと、馬の速度を上げた。


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