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17話 はじめてのお茶会

 御者の「着きました」という声に、馬車がバーンズ公爵家に到着したことを知る。今日は、ジュリア様との約束の日である。

 「はぁ」思わず溜息がもれてしまった。…楽しみではあるのだ。この日の為に、講師を呼びお茶会でのマナーを再確認するほど気合を入れた。小さい頃から貴族として生きてきて、息をする様にできると思っていたのに…。お茶はこぼすし、スプーンは落とすし、先生やソフィーに体調を心配されるほどのダメダメっぷりを見せてしまった。

 原因はわかっている。わかってはいるのだ! 何をしていても私の意識は、あの日に戻ってしまう。「イヤー」と叫びたくなるような衝動に駆られては頭を抱え、ソフィーに心配そうな目で見られる羽目になる。異性との接触なんてダンスの時くらいなのだ、狼狽えない方がおかしい。貴族の箱入りなめんな! 


 と、また意識を持っていかれてしまったらしい。御者の「お嬢様、大丈夫ですか?」と心配そうな声に「問題ないわ!」と答えて馬車降りた。

 動揺する気持ちを抑え、出迎えてくれた公爵家の執事に挨拶し、ジュリア様たちがいる庭園に案内していただいた。今日は天気がいいから庭園を眺めながら外でのお茶会だそうだ。


 アーチを越えるとそこには、色とりどりのダリアを背に、美しい赤毛の姉妹が立っていた。


 「アナスタシア! よく来てくれたね」


 「あなた本当に来るなんて、図々しいのではなくて!」


 これは、喜んで良いのか、傷ついた顔をした方が良いのか迷う。ジュリア様の話では、オリビア様は緊張すると気持ちと反対の言葉が出てしまうという事だから…。目線で通訳を求めるとジュリア様は心得たようにうなずいた。


 「オリビアは『来てくれてありがとう。会えて嬉しいわ』って言っているのだよ」


 「ちょっお姉様! 私そんなこと言ってないわ!」


 「オリビア様、私もあなたに会えて嬉しく思います」


 「オリビア様なんて馴れ馴れしいわよ! お姉様もこの子とお茶会とか勝手なこと言わないで!」


 えーとこれは…『オリビアと呼んで欲しいわ。お姉様お茶会を開いてくれてありがとう』ってことだろうか?


 「では、オリビアと呼んでいいかしら? 私のことはどうぞアナスタシアと」


 「アナスタシアなんて呼ばないわよ! あんた本当に図々しいわね!」


 『アナスタシアって呼んでいいのね! 嬉しいわ』ってことね。目は力みすぎて睨んでいるようだし、怒りにわなわなと震えているように見えるけど、よく見れば緊張と恥ずかしさで涙目だとわかる。――――なんて可愛い生き物なのでしょう!


 「では、そろそろ座ろうか? オリビアがお菓子を焼いたんだ。一緒にいかがかな?」


 庭園に置かれたテーブルにスコーンやクッキーが置かれていく、オリビアの手作りはどれかしら? ちらりと横目にオリビアを見ると、スコーンをにらみつけている…わかりやすい。確実にスコーンはオリビアの手作りですわね。


 スコーンに手を伸ばすと、オリビアの視線が一緒についてきたことがわかる。これだけ真剣に見られていると、さすがに緊張する。

 スコーンをお皿に取り、ナイフで横に割ると、美味しそうな匂いが鼻に届いた。スプーンでクロテッドクリーム、マーマレードを自分のお皿に移し、一口分塗って口に運ぶ。「――――おいしい!」 サクサクで温かいスコーンにクリームが溶け、オレンジのさわやかな香りが口に広がる。これは、はまりそうですわね。


 感想を伝えると、オリビアは強張った表情を崩し、ほっとしたように微笑んでいる。今までのツンとした表情も可愛かったが、素直に微笑む彼女の破壊力は凄まじい。なんて恐ろしい子!

 ジュリア様もそんなオリビアを観て、嬉しそうな眼差しで微笑んでいる。どうしましょう、ここは楽園かもしれない。


 楽園を堪能している私に、今一番聞きたくない声が届いた。


 「お茶会中にすまない。ジュリアはいるか?」


 この声は! グレン・ロジャー!? 飛び上がった心臓を押さえ、叫びそうな口をスコーンで閉じる。どうして彼がここにいるの!? 振り返ることができない。


 「どうしたグレン? あの王子バカがまたなにかやらかしたのか?」


 「ああ、あの王子バカが急に砦まで遠乗りをしたいと言い出してな。非番中にすまないが、来てくれるか?」


 「フィルはどうした? あいつが当番だろう?」


 「愛犬が産気づいたそうだ。お産に立ち会わせてくれないなら騎士団辞めるってさ」


 「…今すぐ辞めてしまえばいい」


 「まあ、そう言うな。俺もモモが子どもを産むなら立ち会いたいと言うぞ」


 「はぁ」とジュリア様が溜息を吐き、申し訳なさそうにこちらを見る。残念ではあるが、仕事ならば仕方がない。


 「アナスタシア、オリビア、すまない。行かなくてはならなくなった」


 「私は大丈夫ですが、砦の近くにはドラゴンが住むと聞いております。どうぞお気をつけて」


 「ありがとう。砦まで行かずに帰って来るよ。危険な所には行かないさ。こちらから誘ったのにすまないね。また、誘うから懲りずに遊びに来てくれない?」


 「ジュリア様のお誘いであればいつでも!!」

 

 「あはは。アナスタシアはやっぱり可愛いね。ゆっくりしていってくれ」


 ジュリア様は「着替えてくる」と席をはずした。


 「グレン兄様! お姉様を連れていってしまうの!?」


 「あぁ、オリビアすまん」


 「だってそしたら…」


 ちらりと私を見るオリビアに、『まだ二人きりでは気まずいのだろう』と思い、「私はこれで…」と言いかけ、彼の言葉に遮られた。


 「だったらモモを置いてくか?」


 「「はぁ!?」」 「もきゅ!?」


 二人と一匹から驚きの声が上がる。


 「あなた何かあったときモモがいないと危ないのではないの!?」


 「まあ、危険なところには行かないし、ジュリアも一緒だから大丈夫だろう」


 「もきゅっもきゅうう――」


 「大丈夫だって、なんか危険があればすぐに呼ぶから」


 「もきゅー?」


 「ああ本当だ。おまえ、最近アンダーソン先生が忙しくて、会いにいけてないだろう? たまには女同士でゆっくりしていろよ」


 「もきゅ…。もきゅきゅう」


 「ああ、約束するよ」


 …私には「もきゅ」としか聞こえないが、ちゃんと会話になっているのだろう。モモは納得したかのように机の上に降りてきた。オリビアに向き合い「もきゅっ」と言いながら、右手を上げている。…どういう事だろう?


 「えっそんなこと言われても…」


 「もきゅう」


 「えぇまあそうだけど…」


 えっオリビアもわかるの!? わからないのは私だけ!? 混乱する私の肩に固い手が置かれた。振り返ると―――――グレンの顔がすぐ近くにある。『キャ―――――!』声にならない悲鳴を上げる。人差し指を顔の前に出し、「シー」とする彼に息ができなくなる。「これを…」彼がさし出してきたのは、小さな袋だった。彼はそのまま私の耳元に顔をよせた。


 「あいつ、腹減ったらわがまま言いだすから。この中に、入ってるの食べさせてやってくれ」


 …幼子の父かしら? というか耳元で話す事か!?


 「私、モモの言葉わからないのだけど…」


 「大丈夫だ。観てればすぐにわかる。あいつわかりやすいから」


 困惑する私に、彼は歯を見せて笑う。もう私の心臓が限界だ。私の耳にはこんなにも響いているのに、彼には聞こえていないのだろうか?


 「準備できたぞ」とジュリア様の声に、「じゃあ行ってくる」とモモの頭を撫でて、行ってしまった。


 「「はぁ―――――」」 「もきゅ―――――」


 残された二人と一匹は深い深い溜息をついた。


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