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16話 閑話 モモという魔物 ②

続きです。

 顔にかかった光のまぶしさに、目を覚ました。丸い穴から光が入り、私がいる空間がそこまで広くないことを知る。…檻の中ではない? てっきり、どこかの研究室に運ばれて、実験動物にでもされたのかと思っていた。『ここは、いったいどこなの? 百合は? どうなってしまったの?』答えてくれる人はどこにもいない。

 光の中で、自分の身体を確認する。手と足は指が長く、長い鉤爪は壁を渡ることはできても、身を守ることはできるのだろうか?

 手首から足首にかけて皮が繋がって…いる? もしかして…一つの可能性が頭をよぎる。

 動物園に行くときは、カモフラージュの為にゴリラ舎以外にも園内を周ることが多かった。小獣館もその中の一つだ。薄暗い館内にいたからきっと夜行性の動物なのだろう。大きな目をきょろきょろさせ木から木へ飛び移る姿は、「空飛ぶハンカチ」と言われていたはずだ。その動物は―――――モモンガ…とても可愛らしい生物だったはず?


 えっ? 私って化け物になったわけじゃないの!? えっ? ちょっちょっとまって? 意味がわからない? なんで!? なんでモモンガ? 


 私は今までの報いをうけて、化け物になったはずではなかったのか? 私の罪は? 私への罰は? 


混乱する頭で思わず叫んだ。


 「もぎゅうぅぅぅ―― (どういうことなのよ――――!?)」


 ひとしきり叫んですっきりしたのか、少し落ち着いた。

 とりあえずここから外に出てみましょう。何かわかるかもしれないわ! 木の壁の隙間に身体をねじ入れて外へと顔を出てみると、自分がとても高い木の樹穴の中にいることを知る。


 眼下に広がるのは、広大な山々と森しか見えない。


 「もぎゅうぅぅぅ―― (ここはどこなのよ――――!?)」


 ひとりでいると独り言が増えるというが、私は叫ぶくせでもついてしまったのか。もぎゅもぎゅ言いながら叫んでいると、――――背中の毛が逆立つような悪寒が走った。

 ざわざわする感覚が気持ち悪い。吐きそうと顔をしかめていると、黒い塊がすごい勢いで走っているのが見えた。


 あれは…熊? 熊が何かを追いかけているの? いや違う。もっと大きな物が、もっと恐ろしい奴が後ろからくる!


 「ゴォォォォォ―――――」


 地鳴りのような唸り声の後、黒い大きな塊が姿を現した。最初の熊が小さく感じられるほどの大きな熊の姿に、先ほどから感じているざわざわとした感覚が、こいつのせいだという事がわかる。こいつはダメだ。近づいちゃいけない! 頭の中で自分が叫んでいる。


 前を走っていた熊が追い付かれ、大きな熊の牙に、崩れ落ちるのが見えた。仕留めた獲物を引きずりながら奴はまたどこかに消えていった。


 奴が見えなくなって、ようやく自分が息を詰めていたことに気づく。その恐ろしい光景に外に出て行こうという気持ちがしぼんでしまった。こんなんだから私はダメなのだ! と奮い立たせようとするも、垂れてしまった尻尾は起き上がることはない。

 外に出る勇気がないまま陽は沈み、真っ暗な闇の中で自分が夜行性ではないことを知る。見えないのだ。もしかして私鳥だった? と疑いたくなるくらい夜になると何も見えない。どうすることもできない私は、空腹を押さえ寝ることにした。自分の尻尾に顔を埋めて丸くなる。



 「みぃ ちゃん に げ て …」


 「ゆりぃ――――!!」


 自分の叫び声にハッとして眼を開ける。「もぎゅ?(…夢?)」自分の声に、目の前にある尻尾に、夢ではなく現実にモモンガになってしまったことを思い出す。あれから3度陽が昇って沈み、毎夜私は同じ夢を見ている。


 今日こそは、外に出なくては! さすがに空腹で動けなくなってしまう。 


 決意をした私の耳に、高い声が聞こえてきた。…子ども?


 穴から顔を出し下を見ると、赤毛の子どもが二人いるのが見える。迷子かしら?…赤毛?ここは日本ではないの? しゃべっている言葉は日本語…か? しゃべっている内容はわかる。しかし、それが日本語かというと違和感がある。首を傾げている私の鼻に、とても良い匂いが届いてきた。花のように甘い匂いではなく、空腹を刺激する美味しそうな匂い。思わず身体を乗り出し―――――木から落ちた。


 いやぁぁぁぁ! 落ちてる! 助けて―――! 


 自分がモモンガだという事を忘れ、垂直に落下していく。このまま行くとつぶれる!恐怖に本能が動いたのか、両手を広げ、地面ではなく子どもの方に落ちて行き、顔面に着地した。


 「うわっ! なんだこのネズミ!?」


 「もぎゅ! (ネズミとは失礼な!)」


 「ネズミ? ヤマネではないのか?」


 「もぎゅ?もぎゅ! (ヤマネってなによ?モモンガよ!)」


 「いやどうでもいいから! こいつ顔から離れない、取ってくれ!」


 「もきゅう (あら、ごめん。必死にしがみついたから爪ささっちゃった)」


 「わかったと」もう一人の子どもの手で顔面からはがされる。はがした方は、女の子だろうか、長い赤毛にはしばみ色の瞳がよく似合っている。やはり日本人ではない顔立ちだ。両脇を押さえられたまま、こちらもまじまじと観察される。


 「グレン! よく見てみろ! これはネズミではない! 前脚から後脚にかけて張られたこの飛膜! こいつはモモンガだ!」


 ありがとう。正解よ。と言いたいところだが、私の言葉は通じてないのだろう。らんらんとした目で観察する少女が怖い。


 その時、グレンと呼ばれた少年の方から先ほど嗅いだ美味しそうな匂いが漂ってきた。あの子の手にあるのは…頭で考える前に、身体が勝手に動き、少年の腕に飛んで行った。少年の手のひらの上には、とても美味しそうな匂いの「何か」があった。

空腹がピークを過ぎた私は「何か」を手に取り―――――思わず飲み込んでしまった。


 「なにやってんだおまえ! 腹壊すぞ! ぺっしろぺっ!!」


 「グレン、指突っ込んで吐き出させろ!」


 ふたりの焦った声が聞こえるが、それどころではない。先ほど飲み込んだ「何か」が身体の中で溶け出し、カラカラの土に水が浸透していくように、体中が満たされていく感覚がある。


 ―――――急に背中の毛が逆立つような悪寒が走った。


 奴の気配に「逃げて!」と言う前に子ども達はその場から飛び退いている。木に飛び移り、子どもたちを振り返る。良かった。二人にケガはない。


 ホッとしたのは束の間だった。現れた熊は、立ち上がり、少年めがけて腕を振り上げた。


 「グレン!」「もぎゅぅぅ(止めてー!)」


 思わず目を閉じてしまい、少年の叫びに目を開けた時には、そこには、赤く染まり倒れた少女とナイフを手に取り、熊と対峙する少年の姿があった。


 無理だよ! 勝てないよ。 あんなに大きい相手に、挑むなんて…子どもなのに。震えているのに。逃げて! お願い逃げて!


私の叫びは届かなかった。少年はナイフを持ち、戦った。そして、勝利をおさめたのだ。

しかし、少年の小さい身体は、腕は、もうボロボロである。このままでは、この子が死んでしまう!


 「おい起きろ! あいつは倒したぞ。起きろよジュリア。なんでだよ! なんで俺をかばったんだよ! おまえなら一人で逃げられただろう」


 彼の叫びに涙が止まらない。誰か助けて! この子たちを助けて! なんでもする。もう一度死んだって構わない。この子たちの代わりになれるなら私の命を持って行ってください。お願いします、神様!



 初めて誰かのために祈った。私は、今まで自分のことばかりだった。百合の事も…。助けられるばかりで、いつも可愛そうな自分に酔っていた…。

 でもこの子は…この子たちは助けたい! 心の底から湧いてくる思いに、体中が熱くなる。


 「もきゅっ (私が助ける!)」


 木から飛び降り、少年めがけて滑空する。目測を誤り、少年の顔にダイブしてしまった。呆然とする少年に、私は誓う。「もきゅ(あなたを必ず助ける!)」身体がどんどん熱くなり光に包まれる。


 光の中で目を開けると、少年の傷が徐々に消えていくのがわかる。少年の傷が癒えると、今度は彼の落とした涙の痕から少女の傷が癒えていく。


 まばゆい光が消えると、呆然とした二人の姿があった。「大丈夫か?」少女の言葉に少年はほっとしたように笑い、そのまま倒れてしまった。


 だっ大丈夫じゃない!? 傷癒えたんじゃなかったの!? 救急車ぁー!


 おろおろと慌てる私の肩に、少女の手が乗った。


 「大丈夫だよ。グレンは寝ているだけだ」


 少年の…グレンの落ち着いた寝息に、ほっと息を吐いた。


 「救ってくれて、ありがとう。モモ」


 私に向かって言う少女の言葉に、胸の奥がジーンとする。ありがとうなんて言われるのは、久しぶり……だ? えっ? …モモ!? いつの間に名前つけてんのこの子! しかも、モモ!? モモンガのモモ!? 安直! 

 てしてしと足を叩きながら抗議する私に、何を思ったのか、「気に入ってくれて、良かったよ」と少女が笑う。


 その後、私の飲み込んだ石が、救助を呼んだらしく、たくさんの大人たちが助けに来た。駆け付けたグレンのパパは、私好みのゴリラだった。 素敵!


 赤い髪や青い髪、様々な髪色に、もしかしてここは、日本ではなの?と頭の中で困惑と疑問がぐるぐると回っている。


 「日本ではないというより、異世界って言った方が正しいね」


 真っ黒なローブを着た女性が私の疑問に答えてくれた。


 「もきゅ?(異世界?)」


 「そうさ、ここはあんたの住んでいた世界とは、異なる世界。物語の中のように魔法がある世界なんだよ」


 「もきゅきゅ!? (まっ魔法があるの!?)」


 「今使っただろう? グレンを治したのはあんたの魔法さ」


 「もきゅ?もきゅきゅ? (私の魔法?私っていったい何になってしまったの?)」


 「あんたは魔物として、生まれ変わったのだよ」


 「もきゅっ (魔物…私はやっぱり死んだのね)」


 「ああ、私と一緒にね」


 こっ言葉が通じてる…? いまさらながらに驚いた。そして私と一緒ってどういう事?

彼女はローブを外した。そこには、前世の私が、尻尾を巻いて逃げだすほどの美女が立っていた。


 「久しぶりだね。みーちゃん」


 少し歯を見せて笑う表情は確かに百合と一緒だ。


 「私は、あんたよりもっと昔に転生していたんだよ。…そうだねえ、千年も前の話だね」


 「もきゅっ!? (千年!?)」


 「私は生まれた時から、魔力が強かったからね。勇者と一緒に魔王を倒したら呪われてしまってね。今じゃ不老不死の身さね」


 悲し気に笑う彼女に言葉を失う。私が彼女を死なせてしまったから、彼女は死ねない体に…


 「なにを勘違いしているんだい? 私は幸せだよ。勇者も魔王も死んじまったが、大恋愛もしたし、子も可愛かったし、「ひ」が何個付くかわからない孫が私の面倒を見てくれるしね」

 

 「もきゅう (結婚したの!?)」


 「したさ。勇者とね」


 勇者と大恋愛!? 以前の恋愛に奥手の百合からは想像できない。


 「今じゃ魔王も勇者も転生しているからね、遠くから見守るのが私の務めだよ」


 「…もきゅ? (…彼に会いに行かないの?)」


 「魂は同じでも記憶がないなら別人さ。…ただあんたにお願いがあるんだ」


 百合はいつも強引に進めることが多いから、お願いされるなんて初めてかもしれない。


 「魔王の生まれ変わりを近くで見守ってあげて欲しい」


 「もきゅ? (魔王の生まれ変わり?)」


 「あんたが助けたグレンだよ。魔王の魂のせいかね、グレンは魔物のあんたとも相性がいい。今回もあんたがいなければ、魔王として世界を滅ぼしていたかもしれないよ」


 彼女の言葉に、息をのんだ。信じられないという気持ちより、「ああ、やっぱりな」と思ってしまった。私は彼に強く惹かれている。それは、恋愛感情ではなく、姉のような、母親のような情を感じている。離れがたい。ずっと一緒にいたい。…こんな気持ちは初めてだ。

 しかし、べったりくっついているのは、年頃の少年として、恥ずかしいのではないか? いじめの対象になってしまったらどうしよう。


 「一緒に居ても、あんたに気が付く人間は少ないだろうね」


 私の考えを言い当てるのは、魔法なのか? 年の功か?


 「全部顔にでているんだよ。あんたは特殊な魔物なんだ。普通聖なる森には魔物は生まれない。聖なる魔物って相反する特性を持ってるあんたを見つけられるのは、清く強い心をもった人間だけさ」


 首を傾げる私に、「まあ大丈夫ってことさ」と彼女は軽く続ける。「そろそろ行くよ」と言う彼女の肩に乗り、彼女に伝えたかった、言葉を継げる。


 「百合今までごめん。ありがとう」


 「ーーーーいいってことよ」


 笑って許してくれる彼女は、私の良く知っている優しい百合だった。


ありがとうございました。

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