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15話 閑話 モモという魔物 ①

モモのお話です。主人公は出ません。暴力的な表現が入ります。


 真っ暗な闇の中で私――――安藤(あんどう)美玲(みれい)は目を覚ました。


 いつも灯をつけて寝ているのに、なんで暗いの? 起き抜けのぼんやりした頭で「電気をつけなきゃ」と起き上がろうとした。

 ――――おかしい? 手が触れたのは床の固い感触。私、床で寝ちゃったのの?

次の違和感は、握った手の感触。鋭い爪が生えている? 驚いて体を触ると、柔らかい毛皮の感触。そして、お尻のふかふかとした感触。しっ尻尾!?

 ――――なにこれ!? …私から生えている? 毛を引っ張ると痛みがあり、髪の毛のように皮膚から直接生えている感覚がある。顔に触れる。美しいと褒め称えられた私の顔には、大きな目玉と固い鼻。頭についているのは…耳?


 ―――――化け物になってしまった?


 「もぎゅうぅぅぅ――――――― (いやああああああああああああぁぁぁ)」


 真っ暗な闇の中に私の悲鳴がこだました。



* * *


 私の母は、世界的に有名な女優で、その美しさの前には美の女神アフロディーテでさえ恥じらって逃げ出すと言われるほどだった。そんな母は資産家の父と結婚し、すぐに私が生まれた。私が生まれた時は、あまりの可愛さに誘拐未遂事件が起きて、退院するまで病院全体が厳戒態勢になったそうだ。


 母の生き写しの様な私は、大きくなるに連れてさらにその美しさを際立たせていった。

 艶やかな黒髪に、均等のとれたスタイル。上質の絹のような白い肌。小さな顔には、吸い込まれるような大きな瞳。高くまっすぐな鼻筋にぷっくりとした唇。

 高校生の私は、母が嫉妬するほどの美少女になっていた。



 「美玲様! 好きです! あなたの傍にいさせてください」


 告白なんて日常茶飯事だが、昼休みの教室でされるというのはなんて煩わしいのだろう。

 『なにこいつ? 私今食事しているのよ? それにこんな顔面偏差値で私に傍にいたいとか、頭がおかしいんじゃないかしら?』思っていても口に出す必要はない。

 少し眉を顰めるだけで、取り巻きたちが告白した彼を私の目の前から遠ざけてくれる。教室から引きずり出される様子に「もう私の前に現れることはないわね」と安心する。常識がないなんて、取り巻きに加えるのでさえ嫌だわ。


 「お食事中、美玲様を煩わせてしまい。申し訳ございません!」


 親衛隊長が私の前に出て腰を折った。


 「二度と無いように努めます!」


 女王のように見下ろす私に彼は深々と頭を下げる。学校で一番人気のある先輩だったから取り巻きに加えたが、へこへこと頭を下げている姿は、「情けない男」という印象しかない。


 「…つまらない男。あなたも二度と私の前に顔出さないで」


 「美玲様それは! それだけは! どうか私をおそばに――――」


 考えが口から洩れてしまったようだ。今度は青い顔をした親衛隊長が両腕をそれぞれ押さえられ、教室からつれだされた。彼の叫び声が廊下に響いている。本当につまらない男だった。


 「次はあなたが親衛隊長ね」


 私は、取り巻きの中から二番目に人気の男子を指差し、にっこりと笑った。




 学校が終わり、迎えの車に乗って家に帰る。この時間が一番嫌い。


 ―――――今日は私の17歳の誕生日だ。


 学校ではみんなが私を祝福した。プレゼントも車に乗り切れないほどもらった。しかし、家に帰ればひとりだ。どうせパパもママも愛人の所にいて、家には帰って来ないのだろう。夫婦関係が冷え切っているのなら、さっさと別れてしまえばいいのに…。


 家に着き、車から降りると、家の灯が付いていることに気づく。『もしかして、帰って来てくれたの?』走り出す足を止められない。


 「パパ、ママおかえりなさい!」


 「みーちゃんおかえり~」


 リビングに居たのは、両親ではなく――――――従妹の百合ゆりだった。

 心が急激に落ちて行くのを感じる。少しでも喜んだ私が馬鹿だった。彼らが娘の誕生日なんて覚えているわけないのだ。例え覚えていても、帰って来ることはないだろう。


 「…なんであんたがいるのよ?」


 「今日みーちゃんの誕生日だから、ケーキ作ってきたんだよ~」


 親戚と言っても叔父や叔母とは疎遠なのに、彼女はことあるごとに私にかまってくる。私を特別扱いせず、友人のように振る舞う彼女に苛立ちが増す。


 「あんたの作ったケーキなんていらないわよ!」


 「え~! みーちゃんの好きなチョコケーキだよ~いらないの?」


 「うるさいわね。いらないわよ」


 「プレゼントはなんと! 植野動物園のペアチケットとゴリラのぬいぐるみだよ! みーちゃん好きだよね~ゴリラ!」


 「くっ!!!」


 悔しいがこの子、私の好みを熟知している。植野動物園に行くのは「パンダが観たいから」と答えているから、私が「ゴリラ好き」だという事は誰にも知られていないと思っていたのに!!


 「今日はケーキ食べて、明日学校休みだから一緒に行こうね!」


 「………わかったわよ」


 明日はモデルの彼が撮影現場を見せてくれると言っていたけど、別にキャンセルすればいいか。

 百合は家政婦が作っていた夕飯と持ってきたケーキを食べて帰っていった。



 私は今日もひとり家中の灯をつけて眠る。




 翌朝、「開園と当時に入るよ!」とはりきった百合に起こされ、出かける準備をさせられた。ゴリラに会うのなら、私が一番美しく見える服を着て行かなくては! 「デザイナーの彼にもらった服があったはず」とクローゼットの中をひっくり返す。


 「ちょっ!ちょっと、みーちゃんクローゼットの服全部、出しちゃうの?」


 百合が何か言っているが、私が帰って来る前に、元通りになっているのだからかまわないだろう。

 電車で行くという百合を黙らせ、車を呼んで動物園に向かった。


 もう無駄な時間をパンダの前で過ごさなくても良いのよね。開園と同時にパンダに向かう人の列を横目に、大本命のゴリラ舎に向かう。


 シルバーバックの大きな背中。澄んだ瞳。私の頭を簡単につぶすことができる大きな手―――――ああ、素敵!「心を奪われる」「恋に落ちる」というのはこういう事なのだわ!


 子どもと戯れる姿は何時間でも観ていられる。……私もこんな風に誰かを愛せたら、電気を消して寝ることができるようになるのだろうか?


 園内に流れる優雅な白鳥の曲に閉園の時間が迫っていることを知る。「ああ、もうこんな時間かあ…」何時間も動かなかった体を限界まで伸ばしながら、後ろを振り返ると百合が立っていた。


 「…あんたずっとそこに居たの?」


 「レッサーパンダ可愛かったよ~」


 「興味ないわ」


 ゴリラに集中する私に声を掛けようとする男たちを防いでいたのは知っているが、本人が言わないのであればお礼を言う必要もないか。


 「帰るわよ!」


 意識して高飛車に言う私に、百合はクスクスと笑いながらついてくる。帰りは結局、百合に押し切られて電車で帰る事となった。

 駅からの帰り道、灯った街灯の下を歩きながら、百合はずっと「ハシビロコウ」のかっこよさについて語ってくる。「あんた「レッサーパンダ」が好きだったんじゃなかったの!?」「レッサーパンダも好き!」くだらない話をしていると、家の前に人影があることに気づく。


 私たちに気が付いたのか、人影が近づいてきた。『モデルの彼がずっと待っていたのかしら?』

人影が街灯の下に立った時、そこにいた人物が首にした元親衛隊長だという事に気づく。


 「あなた!私の前に二度と顔出さないでって言ったでしょう!」


 「僕はずっと君の為だけに過ごしてきたのに…。君のお傍に居る為に受験も家族も全部捨てて、尽くしてきたのに…。こんなに愛しているのに…」


 私の声が聞えていないような虚ろな目をしながら、ブツブツ呟き近づいてくる男に恐怖を感じる。


 「イヤ! 気持ち悪い! 来ないで!」


 叫んでも男はゆっくりと近づいてくる。―――男の手に光る何かが見えた。


 「みーちゃん危ない!!!」


 百合の叫びが聞こえると同時に、私は後ろに突き飛ばされた。尻餅をついた状態で顔を上げると―――――背中を赤く染めた彼女が倒れていた。


「みぃ ちゃん に げ て …」


「いやぁぁぁぁあぁ――――――」


 彼女の言葉に私は叫ぶことしかできなかった。逃げることも、助けることもできず、ただ悲鳴をあげることしかできなかった。


 男は悲鳴をあげる私に、赤く染まった刃物を振り下す―――――


 「君は僕だけのものだああああああ―――――――」



* * *



 真っ暗な闇の中で全てを思い出し、こんな身体になっても涙が出ることを知る。

 百合…ごめん。ごめんなさい。あの時、私を庇わなければ…。あんな遅い時間まで動物園にいなければ…。あの男を振りさえしなければ…。謝っても事実はなくならない。私の罪は消えない。優しい百合はきっと笑って許してくれる。――――そんなことはわかっている。それでも、のどが切れるまで謝り続け、そのまま意識を手放した。

 


 安藤美玲は最低で最悪な人間であったと自分でも思う。殺されたはずの私が「化け物」になってしまった事は、きっと今までの報いを受けたせいなのかもしれない…

ありがとうございました。

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