11話 ハジメテノオツカイ
「おいクソ親父!これはどういうことだよ?」
「グレン!親父じゃなくて、パパだろ~」
「どっちでもいい!兄貴たちには武器で、なんで俺だけこいつなんだよ!」
まくしたてる俺に親父は膝を抱えて「グレンがパパって呼んでくれないよ~」とぶちぶち呟いている。
このゴリラ(親父)にまだ勝てないとわかっているが、殴りかかりたくなってくる。
ワナワナと拳を震わせる俺の肩にジュリアが手を置き、フルフルと首を振った。
「大人気ないぞ、グレン。パパって呼んでやっても良いではないか?」
「今言うのはそこなのかよ!?てか、俺もおまえも5歳だろ!大人気なんてねえよ!」
ジュリアは立ち上がった親父とふたり、両手を挙げ、肩をすくめて苦笑いしている。
『何なのこのふたり。もうヤダ』と周りを見回すと、もうすでに兄たちの姿はなかった。
『味方はいなかった』と膝を折る俺の前に、親父は小さなナイフを落とした。
見上げると、急に真剣な表情になった親父に、俺はごくりと唾を呑んだ。
「これから行うのは、代々行われてきた伝統の儀式「ハジメテノオツカイ」だ。
様々な試練を乗り越え、己の未熟さと無力さを痛感する。
それこそが成長の第一歩である。通常は、財布一つで行うが、お前にはジュリアと、このナイフを渡そう」
「そっそうなのか!?」
ジュリアをみると、腕を組み、うんうんと頷いている。
「・・・・親父の言いたいことは、わかったが、こいつと一緒はなんか嫌だ」
「ジュリアほどの戦闘力を持った5歳児はいないぞ」
「いや、こいつ女だし・・・」
文句を言う俺の頭に、ゴツンと衝撃が走った。
「いってぇーー!」
「私を女というのなら、おまえは男のくせにぐちぐちと情けない!さっさといくぞ!!」
ジュリアは、俺の襟首を持って、ずるずると引きずりながら、森に入っていく。
「くそ親父おぼえてろよーーーー!」
俺の叫び声が、むなしく響いた。
数時間後、さすがに気まずくなって、先頭を歩くジュリアに話しかけた。
「どこに向かってるんだよ?」
「あそこだ!」
ジュリアの指さす方向には、高く険しい山々がある。
「・・・・どこだよ?」
「あの一番高い山だ」
「・・・そこに熊がいるのか?」
「いや、高いから目印になる」
「・・・・」
さらに数時間たち、もうすでに日は落ちている。
少し開けたスペースでジュリアが立ち止まった。
「今日はここに泊まる。火を焚くから枝を拾ってきてくれ」
「・・・・わかった」
手慣れた様子のジュリアに、「なんで公爵家の令嬢が、そんなことを知ってるんだ?」と訊けないまま、今は素直に指示に従った。
俺が小枝を拾い、火をつけ終わると、ジュリアは兎と大きな蛙をもって帰ってきた。
「近くに川があった。血抜きの仕方を教えるから一緒に来い」
「かっ蛙!?」
「貴重なたんぱく源だ」
「・・・・わかった」
俺は、心で泣きながら己の未熟さを痛感した。
2日、3日と過ぎていくうちに、だんだんと慣れてきて、狩りはふたりで、調理は俺がと役割分担もできた。
しかし、5日を過ぎたところで、いつ終わるかもわからないサバイバル生活に、ジュリアも疲労の色を隠せなくなってきた。
「グレン。これを」
「うわっ!気持ち悪っなんだよこれ?」
ジュリアが差し出してきたのは、手のひらに収まる位の、禍々しいオーラを出している黒い石だった。
「これはおまえの父が私に託した物だ。「ピンチの時はこれに祈れば助けが来る」と言っていた。おまえが持っていろ」
「いや、それはおまえが託されたんだろう?そんな大事な物おまえが持ってろよ」
「いやこの狩りは、おまえの「ハジメテノオツカイ」だ。ダメだという判断はおまえに任せる」
ジュリアの男気に熱い物が込み上げてくる。「すまない。ありがとう」と受け取ったとき、ガサガサっと頭の上で音がし、身構える俺たちの頭上から一匹のネズミ(仮)が落ちてきた。
そのまま地面に着くのかと思っていると、やつは空中で軌道を変えて、俺の顔面に直撃した。
「うわっ!なんだこのネズミ(仮)!?」
「ネズミ?ヤマネではないのか?」
「いや、そこどうでもいいから!こいつ顔から離れない、取ってくれ!」
「わかった」とジュリアが俺の顔からネズミ(仮)を外してくれた。こめかみのひりひりとした痛みに、こいつが爪でしがみついていたことがわかる。
「グレン!よく見てみろ!これはネズミ(仮)ではない!前脚から後脚にかけて張られたこの飛膜!こいつはモモンガだ!」
なぜか楽しそうなジュリアに、「そこはどうでもいい!」というツッコミも言えず、とりあえず手の中にある、先ほどの石を眺めた。どす黒いというか、赤いというか、禍々しいオーラに持っているだけで気持ちが悪い。
不吉な石を眺めている俺の腕に、ジュリアから逃げ出してきたモモンガが留った。
ぽてぽて近づいてきて石を手で持ち、首をかしげている。
「それは汚いから手を離せ。具合悪くなるぞ」
モモンガは、石を取ろうとした俺の指を避け、あろうことか石を口の中に入れ、そのまま、ごくんと飲み込んでしまった。
「なにやってんだおまえ!腹壊すぞ!ぺっしろぺっ!!」
「グレン、指突っ込んで吐き出させろ!」
そんな、油断しきっていた俺たちの前に、そいつは現れた。
ありがとうございました。