10話 リスではなくモモンガ?
近づいてきた赤髪の男の顔を見て、私は息をのんだ。
男の顔は・・・・男の顔は・・・・とても怖かった。
初めて見るような強面の顔に何と表現して良いのかわからない。
『「泣く子も黙るかしら?」それとも「泣く子もさらに泣く?」いや「泣く子が気絶?」がしっくりくるわ』と脳内会議が繰り広げられている。
ジュリア様は、呆然とする私の手をそっと握り、申し訳なさそうな顔で「怖かったかい?」と訊いてくる。
「貴女の魅力が一番怖いです」とも言えず、「だっ大丈夫です」と、どもってしまった。
強面の男のことを忘れ、ジュリア様に見惚れている私の腕に何かが「ぴとり」とくっついてきた。
『虫か!?』と思い、反射的にジュリア様の手を放し、腕についた何かをわしづかみにした。
私の手の中で何か柔らかい生き物がバタバタと暴れている。
いまさら「キャー」と叫ぶこともできず、自分の手の中を覗いてみると、つかんだ手の中からリスのような生物がはい出てきた。
目が合い、お互いに見つめ合うこと数秒。
手の中から脱走したリス(仮)は私の顔めがけて飛んできたのだ。
今度こそ私の口から「キャー」という音がでる。
「モモ止めろ!」
男の声と共に、大きな手が私の顔の前に飛び出してきた。今度は男の手の中で先ほどの生物がバタバタと暴れている。
「おまえ、人の顔に飛びついたらダメだっていつも言っているだろう!」
リス(仮)と向き合い、説教している強面になにから突っ込んでいいのかわからない。
「こいつが突然すまない」
強面が、リス(仮)を手の中でこちらに向け、頭を指で押さえ、謝らせている。
強面と可愛らしいリス(仮)のミスマッチに、一周回って強面まで可愛く見えてくるから不思議だ。
このツッコミどころしかない状況をどう処理すべきかと思案していると、先ほどまでしゃがみこんでぶちぶちと草を抜いていた王子が立ち上がってきた。
「グレン!女の子をいじめちゃだめだよ~」
「うるさい。変態。黙れ」
「ひどっ!グレンはいつも僕に辛い!なんで!?」
「日頃の行いのせいだろう。おまえがもう少し真面目なら、俺も少しは優しくできる」
「え~僕超真面目じゃん!」
「どこがだ!おまえがいなくなる度に、俺が兄貴たちから怒られるんだぞ!」
ふたりのテンポの良い掛け合いに、拍手を送った方が良いのか迷う。
「やめないか二人とも!大人気ない!」
ジュリア様は、言葉と共に腰を落とし、肘を曲げたまま下から突き上げるようにそれぞれのボディに鉄拳を食らわせた。素晴らしいアッパーカットに、ふたりともお腹を押さえ膝を折っている。
今度こそ大きな拍手を送った。
ふたりが痛みから復活したところで、ジュリア様から強面を紹介していただくことになった。
「この目付きの鋭いのは、従弟のグレン・ロジャーだ」
「そう!この盗賊の若頭みたい顔をしているのが、グレ・・・ブフッ」王子が最後まで言い終わる前に、グレンが頭をはたいている。
「そして彼のペットのモモ!モモンガだ!」
「リス(仮)ではなかったのですね?」
王子とじゃれているグレンに訊くと、眉間の皺が一本増えて、強面度があがっている。
「ペットでは無いし、モモンガに姿は似てはいるがモモンガでも無い」
「では何ですの?」
私の疑問にさらに眉間の皺が増える。言いづらいことなのだろか?
「こいつは、・・・・・・魔物だ」
「・・・・魔物ですか?」
魔物という恐ろしいイメージと、彼の手の中の可愛らしいモモンガがつながらない。
「グレン様は魔法使いですの!?」
「様はいらない。グレンでいい。それに、魔法使いではない」
魔物を使役できるのは、魔法使いであろうという単純な考えであったが、これも否定される。
どういうことなのだと首をかしげる私に、さらに言いづらそうにグレンは話し始めた。
* * *
グレンが5歳の時、従妹のオリビアが生まれた。
久しぶりに生まれた女の子に親父は大層喜び、俺たち兄弟3人に「誕生祝いに熊を狩って来い」と装備を持ってきた。
十歳になる長兄には身長ほどの大きさの大剣を、八歳になる次兄には弓と短剣を、兄たちのかっこいい武器に、俺は何をもらえるのかとわくわくしていた。
「グレンにはこれだ!」
親父が得意げに出してきたのは、・・・・ジュリアだった。
ありがとうございます。