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1話 お兄様冒険者になる

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

誤字脱字、辻褄が合わない内容等ございましたら、ご連絡頂けると嬉しいです。

はあああああああああぁ


地底まで届くような深い深い溜息が部屋中に響く。


なんで、なんで、なんでよと答えがでない問いを叫びながら、フォーガス伯爵家の一人娘アナスタシア・フォーガスは頭を抱え、髪を振り乱していた。


芸術家も誉め讃える自慢の金色の髪が無残にも鳥の巣のようになっている。

わかってはいるが、かきむしる手を止められない。


「なんでなのお兄様!」


昨日、私の敬愛するお兄様、ステファン・フォーガスが冒険者になると言い、突然家を飛び出してしまったのだ。


「意味がわからない!」


お兄様が冒険者?あの虫が苦手で、見るだけで叫んで逃げるあのお兄様が冒険者!?


何度妹の私に助けを求めにきた事か。


執事に頼めばよろしいのではと言えば、仔犬のように振るえながら、恥ずかしくて言えないと呟いていた、あのヘタレのお兄様が?


素手で虫を捕まえて、窓の外に逃がした私に、愕然とした後、格好いいと呟いて、キラキラした眼差しで見てきたあのお兄様が?


そんな目をされたら、ムリをしてでも格好いいところを見せたくなってしまうではないか!


結局は、お兄様が大好きなのだ。


お兄様のバッキャローとひとしきり叫んでいると、ひかえめなノックの音が聞こえ、侍女のソフィーが気まずいそうに部屋に入ってきた。


「アナスタシア様 旦那様がお呼びです」


ああやっぱり。

ソフィーが気まずそうなのは、叫び声を聞いたからだけではなかったのね。この後の展開がある程度予想できて、またひとつ大きく溜息を吐き出した。




昨日は特別でも何でもない普通の日のはずだった。


昼は母と共に、公爵夫人のお茶会に招かれ、新しく仕立てた若草色のドレスに身を包み、ご機嫌だったからわりかし良い日ではあったと思う。


サロンから帰ってきた私たちを迎えたのは、ボロボロの服を着て、大きなバックを背負ったお兄様だった。

3つ上のお兄様は、私とあまり変わらない身長とお母様似の童顔な容姿の為、よく年下に間違えられる。


「お兄様仮装パーティーでもその格好は奇抜すぎますわ」という私に「パーティーなんてあったかしら?」と情報通の母が続く。


そんな私たちにお兄様は嬉しそうにニコニコと笑いながら、最大級の爆弾を投じた。


「今日から僕、冒険者になります」


「はぁ?」


その場にいる、兄以外の時間が止まった。

体感で1時間位、実際は数分だったと思う。


ボーンと時計の音に意識を取り戻し、目の前のお兄様をマジマジとみた。


「なんの冗談ですの?」


「僕は本気だ。」


本人はキリリとしているつもりだろうが、にやけてしまっている口元で台無しだ。


隣では、「はぁう」という儚げな吐息と共に倒れた母がソフィーに支えられている。母が倒れるのは毎度のことなので、気にしない、問題はお兄様だ。『アナスタシア、冷静になるのよ』と自分に言い聞かせる。


「冒険者とは何をなさるおつもりですの?」


「まずは、隣国との国境近くにドラゴンが住んでいるみたいだから会いに行ってくる」


「ドラゴンに会いに!?何のために?」


「ほんとにいるのなら会ってみたいじゃないか!」


「子どもですか!?」


ダメだ!意味がわからない。いつも教師に理解力を誉められるこの私が頭をフル回転させても、お兄様が言っている言葉も、キラキラした瞳の理由も理解できなかった。

それでもお兄様を危険な目にあわせるわけにはいかないと説得を試みる。


「お兄様、冒険には多くの危険がつきものです。お兄様の大嫌いな虫も森にはうじゃうじゃとおりますよ」


大嫌いな虫を引き合いに出したら、あきらめるだろという私の考えに、お兄様はさらに爆弾を投じた。


「魔法で虫除けスプレーつくったから大丈夫だよ~」


「まっ魔法!?魔法ってどういうことですの!お兄様魔法が使えましたの?」


「使えるよ~、マスター級になったの~」


誉めて~と言うように、頭を出してきたお兄様に思わず、いつものように頭をなでてしまった。

はっと我に返った。お兄様のペースに惑わされちゃダメ!金色のヒヨコのような、ふわふわな髪の毛の誘惑に負けてしまったらダメよ!


「マスター級っていつ階級を取得しましたの?」


「今日だよ。アンダーソン先生から合格通知もらったの。」


「アンダーソン先生って、王宮最強の魔法使いであり、魔道士長でもあるアンダーソン女史のことですの!」


「さすがターシャ!よく知ってるね。そうだよ、アンダーソン先生って王立魔法学園で理事長でもあって、魔法教えてくれたの」


「教えてくれたのって、いったいどうやって」


さすがにお兄様が魔法学園に通っていたら父も気がつくだろう。


「通信教育!」


「つっ通信教育!?アンダーソン女史が!?」


「うん、文通してたの」


最近やたらと女性と文通していたから、てっきりいい人でも見つけたのかと探りを入れていたところだったのに。

まさか魔法の通信教育をしていたとは。


「・・・通信教育でどうにかなるものですの?」


「僕才能があるんだって。アンダーソン先生に1000年に一人の逸材だって言われたよ~」


はっ!また無意識にお兄様の頭をなでてしまった。二十歳を過ぎたというのに、なんだこの甘えスキルは!?妖怪か!?

お兄様改め妖怪甘えん坊は、さらに頭を出しながら言う。


「火・水・風・地の四大精霊の中で、ひとつでも加護がもらえたらマスターになれるんだけど、僕なかなか選べなくて、全員にお願いしたらいいよ~って言われたの」


「四大精霊全部の加護を・・・」


「アンダーソン先生になにそれチートかって言われたんけど、ターシャはチートって知ってる?」


小首をかしげたお兄様のあざとさに、鼻血を吹きかけた。

我を忘れてはダメよ!気をしっかり持って私!二十歳過ぎた男子が可愛いはずがない。可愛いいはずが・・・やっぱり可愛い。


「ということで、僕の心配は大丈夫だよターシャ。後はよろしく!」


「いやいやちょっと待ってお兄様。なにさらっと行こうとしてますの!」


「チッ騙されなかったか。さすが我が妹。」


さすが我が妹じゃない!私がお兄様の可愛さに悶えている間に、出て行こうとしやがって、やはり小首をかしげたのは計算か。

心の中で悪態をつきながら、逃がすわけには行かないとお兄様のバックをつかんだ。


「伯爵家はどうなさるつもりですの!跡取りのお兄様がいなくなってしまったら伯爵家は継げる者がおりません。」


「ターシャがいるじゃないか?ターシャが結婚して伯爵家を継げば良いよ。」


さらっと言ってのけるお兄様に絶句する。


私では、私では無理だ。


できないのではない。お兄様と一緒に帝王学を学んできた私は、同年代の後継者より優秀な自信はある。


しかしダメなのだ。私では後継者になれない。


「私ではダメです!お兄様も知っているではないですか、私が皆からどう言われているか。」



『悪役令嬢』これが私の呼び名だ。

そんな私に結婚相手なんて現れるはずがない。



「大丈夫だよターシャ。運命の相手は必ず現れる。それまで決して諦めてはいけないよ」


お兄様は優しい声で予言のように言い、「じゃあね~」と走っていなくなってしまった。


愕然と立ちつくす私の後ろで、いま目覚めた母がもう一度気を失っていた。


ありがとうございました。

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