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魔法少女ルナティック☆ミラクラーズ

作者: とりにく


・トラブルのミラクル


 どこにいても喫茶店というのは落ち着くものだ。

 と、砂糖とミルクをたっぷりいれたコーヒーを飲みながら、黒目がちの少女は思った。

 周囲に溶け込めているとは言いがたいほど若く、そして幼い。しかし彼女はこの喫茶店「ミラクル」の常連なのだ。その微妙に馴染めてないなさも、この店において重要な意味を持つ。


「今日『は』平和ですねー」


 メロンクリームソーダにささったストローを咥えながら、真向かいに座る娘が「は」を強調するように言った。

 店の中に入り込む陽気な日差しのせいか、トロンとした表情をしていた。時折長い『尻尾』がゆらゆらと気持ちよさそうに揺らめいている。

 この娘も同じように若く幼い。が、一点最初の少女と違う所を上げるとすれば……それはピコンと突き出た長い耳と、毛がふわふわの尻尾が付いていることだろうか。


「トラブルのまっただ中にいつもいるくせに……」

「それはマイさんもそうなのですよお」

「そりゃあんたがボクを引っ張り回すから――」

「ノンノン。まあ、どちらにせよ平和なことはいいことじゃないですか」

「すぐ壊される平和って、なんなのかしらね」


 はぁ、と溜息をついて頬杖をつく。この少女の名前はアサダマイ。れっきとした日本人だ。

 向かいに座っている、やや間延びした喋り方をする方が名前をパレット。この『世界』に住むミア族という種族で、長い耳と、ネコのような尻尾を持つ半人半獣だ。

 つまりネコ人間ということになる。

 マイは甘いコーヒーをもう一口すする。


(甘い。砂糖、ちょっと入れすぎちゃったかな……)

「はぁー、平和ですねー」

「そうねぇ」

「こう平和だと……ちょっと退屈です」

「そう――んん?」

「なにか、こう、いつもの様に変態が暴れたらちょうどいい退屈しのぎになるんですけど……」

「この子は……」

「なんですか?」

「いえ。なにも」

「退屈ですねぇ。ね、マイさん?」

「同意を求めないで。ボクはこういう平凡で平和な日常が好きだし、それしか知らないの」

「なんですその息の詰まりそうな世界は。やっぱり刺激がある方が人生に張りってものがですねー」


 何度目かになる溜息をマイは吐き出した。気苦労を感じたように、眉間へと手を添える。およそパレットと呼ばれたネコ少女はこういった人間だった。

 そして、彼女が望めば望むだけのトラブルがいつだって舞い込んでくる。


 ――そう、彼女は。


「大変だ! 三丁目の大通りでフンドシを穿いた筋肉ダルマたちが、変な踊りを踊りながら闊歩しているぞ!」


 店の外でそんなふうな声が上がる。

 平和な日常は立ちどころに人々の喧騒によって打ち破られてしまう。心なしか空の色も、太陽の暖かな日差しもくすみ掛かってきた気がする。

 パレットは椅子を蹴って立ち上がった。


「うおおおお! これはわたしたちの出番ですよーマイさん!」


 そして有無を言わさずマイの手を取ると。


「マスターごっそさんです! 勘定はここに!」

「まいど」


 グラスを拭きながら、四つめの手を振りいつもの渋い声音で彼女たちを見送った。


「あ、ちょ、やだ! 引っ張らないで! ボクは行きたくない! 平和がいいのぉぉぉぉぉぉぉ……」


 ドップラー効果を引き起こして、少女と少女の悲鳴は騒動の中心へと一直線。

 今日も今日とてお祭り騒ぎは変わらない。


 ――人呼んでトラブルメイカー・パレット。


 それが彼女たちの日常。この町のありふれた、とても嫌な日常なのだ。





・フンドシのミラクル



 三丁目の大通りはいつになく人が多かった。それは、この町のありとあらゆる人間が集まってきたのではないかという程だ。

 しかし、誰も通りを歩くものはいない。路地から通りを眺めているだけだ。その視線の先とは。


「男のぉぉフンドシィィ愛好会ぃぃ!」

「我っわれはっ! 全てのっ! 男子にフンドシをっ! 着用することをっ! 謳った会であるっ!」

「軟弱な男は最近流行りのトランクスなんぞにうつつをぬかしおって! まったく情けない!」

「昔の男気のある時代を取り戻そう! あの古きよき男の世界をッ!」

「フンドシィィィ! 男ぉぉぉぉぉ!」


 フンドシだけを身につけた、筋骨隆々のたくましい半裸の男たちが通りを占拠し練り歩いていたのだ。しかもクネクネと気味の悪い動きのおまけつき。

 その威圧感たるや!

 汗のせいなのか、その肌は湿り気を通り越してヌメリ気を帯び、陽の光でテラテラと光っている。見苦しいことこの上ない。

 そんな変態たちに義憤を燃やした三つ目の男がひとり。彼らの前に立ちはだかった。


「やめたまえ!」


 よく通る声で半裸の男たちに啖呵を切る。


「みんな怯えているじゃないか。君たちの主張はいいとしても、こんなことが許されるはずがない! 今すぐやめ――あああああぁぁぁぁぁぁぁなにををををを!」


 勇気は時として無謀であることを彼は知らなかったのだ。

 たちまち筋肉を躍動させた半裸の男たち――フンドシーズに取り囲まれて捕まってしまった。フンドシたちは三つ目の男性の服に手をかけると、力任せに剥ぎ取った。見る間に下着だけにされてしまう。

 路地で見ていた女性たちがきゃあ! と黄色い声を上げ、男たちはああ! と声を上げた。


「会長! こいつトランクスなんて穿いてやがりやすぜ」


 会長。一際テカり、そして筋肉のボリュームが凄い男だ。ひとりだけ赤いフンドシをしている。


「かぁーーーーーっ! トランクスだぁ? この軟弱もんがあッ!」

「ややややややめ、やめたたたたたたま……」

「お? ふーむ。よく見ると……いい身体してんなぁ……トランクスにしとくにゃ惜しいぜ」


 威嚇から一点変わって、暑苦しくデカイ顔で上から下までジロジロと値踏みする。その様子に女性陣からは非難の声が殺到するが、まるで聞こえてない様子だ。


「剥け。いい男に似合う、立派で男らしいフンドシに変えちまえぇーーッ!」


 おぉーーッ! っと雄叫びを上げて殺到する半裸の男たち。吐き気をもよおすような光景だが、それが晴れた時には、あの勇気ある男はフンドシ姿となっており、おまけにフンドシーズと同じように体がヌメヌメテカテカしてしまっていた。


「やっぱ男はフンドシだよなぁ? ああ?」


 呆然としている男に会長は満足そうに頷いた。男はうっすら泣いているようにも見える。


「フンドシ。そう、男はフンドシを締めてしゃっきりしなければならん。きっと、お前たちも――」


 そう言って視線をひと薙ぎ。男たちへ向けて熱い視線を送る。その視線を受けたギャラリーたちは怖気が走ったという。そして、直感的にこれから起こる出来事を理解した。


「フンドシを穿けば……きっと気にいるぜぇ!」


 会長の雄叫びを合図に、半裸の筋肉たちが一斉に男たちへと襲いかかった。


「ひゃっほー! フンドシバンザーイ!」


 為す術なく服を向かれ、裸にされていく男たち。そしてフンドシを装着され、流される涙。


「うおおおぉぉぉ! やめろぉぉッ!」

「お、俺には娘がいる……ああああぁぁぁぁあぁぁ!」


 立ちどころに阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだった。


 ――逃げ惑う男たち。


 ――それを追う半裸の筋肉ダルマ。


 ――野太い悲鳴が天にこだまするとき!


 ――正義は必ずあらわれる!



「ちょぉーーーーっと待ったぁぁあっ!!!」

「男の園に似つかわしくない可憐な声。何奴!」


 会長以下フンドシーズは突然の事に声の主を探す。が周囲を見回しても姿が見えない。

 そこでもう一度声がこだまする。


「バカめ! こっちです。上をみろお!」

「ヌッ!」


 時計塔の上に、太陽を背にふたつの影が見えた。

 右に立つ人影は堂々と、左に立つ影は恥ずかしそうに縮こまっている。


「人を高いところから見下ろすとはなんと無礼な。ちゃんと教育受けたのかっ!」

「はぁーっはっはっはっはっ! 悪に語る言葉なし!」

「人を馬鹿にしおってからに。ええい、何者だ!」

「ふっ! 見かけによらず悪役の礼儀をわきまえているようですね。いいでしょう。名乗ってあげましょう! ……マイさん、いいですね?」


 右の人影は隣に立つもう一人に小さく声をかける。

 マイと呼ばれた影は恥ずかしそうにもじもじさせ顔を赤らめつつ。


「えぇ……ほ、ほんとに言うの?」

「マジの大マジです! 今まで何度も言ってきたじゃないですか。何を今更」

「そ、それでも恥ずかしいの……!」

「早く慣れましょうっ。あなたはわたしの相棒、二号さんなんですから」

「うぅ……」

「こほん。いいですね、行きますよっ!」

「もうっ! やればいいんでしょ、やれば!」


 なにやら揉めているようだが、それもすぐに収まると。

 芝居が掛かった口調でなにやら文句を唱え始めた。


「西に悪の影あらば! 叩いて潰してやっつける!」


 右の影がポーズを決めて言うと、次に左の影が。


「ひ、東に悪の芽があ、あらば! 根こそぎ摘んでこ、根絶させる!」

「我ら正義の魔法少女……」

「る、ルナティック!」

「ミラクラーズ! ――とう!」


 一声叫んで時計台の上から威勢よく飛び降り、何事も無く華麗に着地する。

 そして……


「奇跡の魔法少女一号! パレット参上!」

「ま、魔法少女二号……マイ」

「せーの――」


「 見


 参


  ! 」


 魔法少女一号はビシッ! と謎のポーズとともに、指を筋肉どもの首魁へと突きつける。


「私たちが来たからには、これ以上の狼藉は許しませんよおー!」






・マジカルのミラクル




 いつものごとく突如現れた少女二人。

 片方は黒一色で統一された独特の衣装に身を包み、片方は同じ衣装柄だが白一色に統一されている。

 何度も見ているはずの住人たちですら彼女たちの衣装が特異に映る。それは、現代世界におけるゴシックロリータファッションと呼ばれるものなのだが、それを知る人物は当の本人たちだけなのだ。

 魔法少女と名乗った少女。それを前にして半裸の筋肉たちは、不気味に筋肉を揺すって笑い始めた。


「ハハハハ! 何かと思えばまだほんのちっちゃな子猫ちゃんじゃないか。遊ぶなら一丁目の公園でやりな。ここは大人の世界だぜ」


 会長は威嚇するように、少女の胴よりも太い上腕二頭筋を魅せつける。ビクビクと動いてある意味圧巻の光景だ。


「つまり……女子供はお呼びじゃないのさ。男の花園だ、消えなッ!」

「ミラクルマジィーック!」


 魔法少女一号ことパレットが、右手を天に掲げて一声叫ぶと衝撃波とともに巨大なハンマーが握られていた。柄が長い、道具としてではなく武器として使うものだ。

 そして、それを勢い良く会長のこめかみを狙って振り回した。

 唸る鉄塊をあわやという所で避ける会長。


「なあっ!?」

「あー、なんで避けるんですか。一発で決まったほうが楽なのに」


 尻もちを付いて冷や汗をかく(ヌメっていて分かりづらいが)会長に、ゆらりと近づくパレット。ハンマーを引きずり、ゴリゴリと音が不気味に響く。


「ミラクルマジックワン。ミラクルハンマーの一撃を避けるとは、なかなかの反射神経と動体視力ですね」

「あ、危ないだろうが! あ、あ、当たったら死んでしまう!」

「マジックな上にミラクルだから平気ですー」

「平気なわけがあるか!」

「大丈夫。これは魔法ですので!」

「ば、やめ、振り上げるな!」

「うぅ~……マジィーック!」


 振り下ろすが速いか、今度は心得ができていたのか先程よりも余裕を持って回避した。外したハンマーは、石畳にぶつかるとズドンッという爆発音を立てて、地面を粉々に粉砕してしまう。恐るべき破壊力!

 ハンマーからは煙が上がっている。爆発の魔法が込められているのか、見た目以上の威力を持っているのは確かだ。人に当たればまず間違いなく大惨事になるだろう。

 ジリジリと間合いを開けるフンドシーズ。ハンマーを担いでにじり寄るパレット。

 少し後ろでマイは半目でその光景を見ていた。


「これじゃあどっちが悪役かわかったもんじゃないわ……」


 白いゴスロリに身を包み、胸の前で腕を組んでいる。登場名乗りを終えた彼女は、すでに仕事を終えたかのような清々しい表情をしていた。やり遂げた人間の顔だった。


「くっ。おのれ魔法少女め! こうなったらこちらも本気を出させてもらうぞ。鍛えに鍛えた肉体から繰り出されるフンドシ奪服術! 貴様ら二人は世界初のフンドシ女として歴史に残してくれるわッ!!」

「はぁッ!!??!?!?!?」


 会長の爆弾発言にマイは驚愕する。


 ――今こいつはなんて言った? フンドシ女? いや、その前に「奪服術」と……。服、奪う。服が奪われる……つまり。


「ボクたちの服を剥くってことかッ!?!?」

「無論! 大人の、いや、真の男の恐ろしさと力強さを味わうがいいっ!」


 ――オオオオオォォォォォォッッ!!


 叫び声を上げ、手をワキワキと卑猥に動かすフンドシーズ。その動きはマシラの如く。あっという間にパレットとマイに殺到していった。


「お服頂戴ィィッ!」

「きゃああぁあぁぁぁぁ! やっぱりこっちにも来たぁぁぁっ!!」


 関わり合いを避けて傍観を決め込んでいたマイのところにも、壁のように筋肉が迫っていくる。その圧倒的暑苦しさに、マイはただ泣き叫んで逃げまわることしか出来なかった。

 なんといっても彼女はまだ十四歳。受験勉強真っ最中の中三の少女だったのだ。おまけに現代っ子だ。当然ネットだってバリバリする。で、あったとしても、生の男の半裸など刺激が強いに決まっている。

 たとえ腐道に堕ちた身でも、最後に残った乙女的感情が本能的に逃げを選択したのだ。


「嫌嫌嫌嫌イヤイヤいやいやいやいやぁぁぁ~~~!! 筋肉がぁぁ!」

「お服頂戴お服頂戴お服頂戴ィィィィィィ!!」

「イヤァァァーーーーッ!」


 捕まれば剥かれ、挙句衆人の面前であの三つ目の男のようにフンドシを付けられてしまう。

 乙女の柔肌は簡単に晒すべきではないのだ。


「ムッ。マイさんがピンチ!」

「よそ見している余裕があるのかぁ~!」

「魔法少女舐めたらいけませんよおー! トアァーッ!」


 打てば爆裂する凶器を、小さな体で豪快に振り回す。何人かは既に打たれて戦線離脱しているが、そこはそれ、元より頭のネジの緩んだ連中のこと。同志がやっつけられたとて怯むはずがない。

 むしろより一層の激しさを持って、パレットの服へと手を伸ばす。その素肌を露わとせんがために襲い掛かった。

 そしてついに。


 ――ビリィッ!


「あっ!」


 鉤爪のような剛力無双の指力しりきによってパレットの服の一部が破られてしまった!

 左わき腹が無残にもちぎられ、肌着はもとよりヘソ当たりまで素肌が晒されてしまう。


「はぁーっはっはっはっは! どうしたどうしたぁ!? 可愛いおヘソが丸見えだなぁ。その程度ではすぐに褌一丁になってしまうぞぉ!?」

「く……存外やりますね」

「だが手加減はしない! 獅子は兎を狩るのも全力。野郎ども行くぜ!」

「おっしゃああああああああッ!!」

「ぱ、パレット!」


 逃げ惑いながらもパレットたちの様子を聞いていたマイだったが、いつの間にか逃げ場のない所まで追い詰められてしまっていた。背は壁だ。真正面も筋肉の壁だ。どうしようもない。

 しかし、その瞬間は自分の不幸よりも、パレットの窮地の方に意識が向いていた。


「ガハハハ! お前もあいつのようにしてやるぜぇぇ!」

「こ、この……!」

「お? なんだそのそそる表情は。ガキのくせにいい顔するじゃねえか。こりゃ剥きがいもあるってもんじゃねえか、なあ?」

「ああ。だがとっとと剥いちまおうぜ。これから大仕事が控えてるからな」

「違いない。じゃあな、嬢ちゃん。お前たちは『女性もフンドシ化計画』の尖兵となってもらうぜ」


 むさ苦しい表情と、ヌルテカで毛むくじゃらの手をマイの襟元へと伸ばす。ゴツゴツと太くたくましい手が襟へと掛かった。

 その瞬間!


「舐めんじゃないよ! ボクも魔法少女なんだ!」


 がっしと、小さく白い手で無骨な男の手首を握り、抑える。ヌルッとした感触と、ザラッとした毛の感触が肌を粟立たせる。そんなことお構いなしといった表情で、男の手をグッと握り続ける。

 だが非力だ。相手は思わぬ行動に、僅かに驚き止まってしまったが、その膨大な筋肉は飾りではない。


「威勢がよくても、この状況は変わらんぜ。嬢ちゃんはあまりに力が弱すぎる」

「聞いてなかった? ボクは魔法少女だって言ったのよ」


 変わらずの不敵な笑み。少女とは思えぬ力強い輝きが、瞳の奥に瞬いてた。


「それが?」

「魔法って言ったのよ『魔法』。あんたはバカね。ボクの手なんてすぐに振り払えばよかったのに」

「てめえ、何言って……」


 後ろに控えていた男がハッとして叫ぶ。


「ば、バカ! すぐにその手を――」

「もう、遅いわ。ミラクル……」

「う、うわぁぁ!!」

「マジィィィィーック!」


 不幸はふたつあった。

 ひとつは、筋肉を良く見せようと薄く香油を塗ってテカリを出していたこと。

 ふたつは、魔術師(の卵)を子供だと思って甘く見たこと。

 マイが掴んだ両手から大量の青い電気が放出される。それは立ちどころに男の体をくまなく回り、勢い余って後ろにいたフンドシ男にも伝播した。


 ――バシィッ!


 鋭い音が一瞬の間に駆け抜ける。


「あがががががががががが」

「うおごごごごごご」


 ただ幸運でもあった。

 それはマイの力では本来の半分以下の力しか発揮できなかったことだ。所詮は付け焼き刃。パレットから分配された借り物の力でしかない。

 魔法の制御も、魔法を使う感覚もまだまだ未熟も未熟だったのだ。


「ふぅ。パレットを助けに行かなくちゃ」


 産毛が全部焼け、痙攣しているフンドシたちを踏みつけて、マイはパレットの救援に向かった。


「え……?」


 だが、そこには信じられない光景が広がっていたのだった。






・魔法少女のミラクル




「パレット!」


 助けに駆けつけたマイが叫ぶ。

 そこには、大事な所を残して素肌を晒している大切な友人が、フンドシ相手に防戦を繰り広げていたところだった。右腕と後は胸元を僅かばかり残し、下はスカートが完全にダメになって下着が無防備になっている。


「ごめん、今助ける! ミラクルマジック!」


 マイは早速意識を集中し、両手を突き出して叫ぶ。が、今度はうんともすんとも何も起こらなかった。


「な、なんで? さっきはあんなに景気がよかったじゃない。えい、ミラクルマジック!」


 そうしている間にも、パレットは窮地へと立たされていっている。激しく動けば、残っている服の中身が見えてしまいそうだ。それだけは守らねばならない。

 群衆もその光景をジッと見守っていた。固唾を飲んで見守っていた。はっきり目に焼き付けようと、男たちは自らの危機も顧みず、その場を見守っていた。


「どうして!? さっきは出来たのに。……はっ! まさか、さっきので打ち止め……?」


 土壇場にきて自分の「むら」のある力に愕然とする。

 恐らくさっきので全ての余力を使いきってしまったのだろう。


「ハハハハハハッ! どうやら助けは見込めないようだぞ、魔法少女一号とやら! そらそら、反撃しないともう後がないぞぉー!」

「うー……! あ、悪になんか屈しませんよっ」

「フハッ! 女にしておくには勿体無い胆力! ますますフンドシにしてみたくなったあッ!」

「それは御免被りますっ!」


 器用に両手でハンマーを頭上で回転させる。ギリギリだ。いろいろな意味でギリギリだ。フェチズムを催させるくらいに。

 しかし攻撃は強烈だ。またひとり避けそこなって、爆音とともに戦線離脱する。地面に叩きつけられて動かなくなると、ギャラリーによって縛られ、隅に投げ込まれていった。。


「グッジョブ! です、みなさん!」

「く! いつの間にかやられた同志たちも縛られている……!」

「今なら謝れば許してあげますよ。悪党さんっ」

「いや、泣いて許しを請うのはそっちだ。フンドシを締めてください、ってな! ホラァッ!!」


 ――ビッ!


 残っていた右袖が会長の攻撃によって破り取られてしまった。残すは胸部にある少しだけのボロ布と頼りない下着だけだ。


「は、速い……」

「どうやらワシも本気にならねばならんようだな。行くぞ、魔法少女! 我が術はフンドシを締めて完遂される!」

「しまっ! 避けられ……っ!」


 千手と錯覚してしまうほどの高速の手技。それが雨あられとパレットへと迫る。

 さっきの一撃で動揺してしまった彼女は一瞬足を止めてしまい、隙ができている。避けられそうもない。


「フンドシは嫌だぁーっ!!」


 ――ビリリィィ


「…………あれ? 無事……? わたしじゃ、ない?」


 パレットは誰かの影にいた。それは会長が作った影ではない。

 覚えのある影の中だった。幾度となく背を預けてきた、頼りがいのある影。

 それは。


「マイ、さん……」

「すっとろいのよ。あんたは……いつも、いつもね――」


 手技千手の雨の前に仁王立ちしているのは、この町で出来たパレットにとって初めての友達。そして大事な相棒だった。それが今、パンツを残して全てをさらけ出している。まだ辺りに破られた衣類の切れ端が漂っていた。


 ――異世界から来たという少女アサダマイ。なんだかんだ言って自分を受け入れてくれる、心優しいわたしの大切な友達……


「我が術は――」

「やめて……」

「――フンドシを締めて、完遂される」


 会長の一層太い指がパンツに触れる。片方の手にはピンク色のフンドシが握られている。

 が、ピタリとパンツに掛けるその指が止まった。


「……ふっ。慈悲だ、パンツの上から締めてやろう」


 少女にフンドシが締められ……。


 ――その瞬間


「うううぅぅぅ……!」


 ――奇跡ミラクル


「させ……ませんよおおおおーーッ!! ミラクル……」

「もう遅い! ワシの方が速い!」


 ――発動する!


「魔法少女を甘く見ないでください! マジィーック! ツゥーッ!」


 会長が最後の紐を締めるのが先か、パレットの魔法が発動したのが先か。刹那の瞬間。

 それは唐突に現れた。


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ


「な、なんだ……この奇妙な植物は……!?」

「魔触植物ゴラオン。さあ、不貞の輩をふんじばってくださいっ」


 フンドシたちの足元、石畳を打ち砕いて出現したのは青く太いツタだった。その太さは人間の腕ほどもあり、無数に現れて男たちを絡めとって無力化していく。

 あと一歩で初の女性フンドシが完成するというところで、会長とマイの間に壁のようにツタが現れ二人を引き離すことに成功した。

 会長だけは間一髪の所をひとり逃れて、ツタの攻撃を避け続けている。


「なんの小癪な!」


 助けだされたマイ。意識がないのか、崩れ落ちる彼女をパレットは抱きとめた。


「ちょっとここで待っててくださいね」


 マイの体を隠すように、優しくツタが覆う。そのまま繭のように包み込んで安全な場所へと退避した。


「ふ、こんな大魔法まで使えるとはな! 魔法少女恐るべし」

「わたしは奇跡の魔法少女。このくらいのミラクル、朝飯前です! さあ、ハンマーのサビとなるか、自首するか!」


 触手蠢く白昼の大通り。石畳は無残にも破壊され、魔触植物の出現で建物の一部は飲み込まれている。

 何人かのギャラリーも巻き添えになって、フンドシたちと一緒に捕まっている。中にはなぜか衣類を剥かれて、あられもない姿を晒す可哀想なものもいた。

 が、それら一切合財を無視して、戦いに決着がつこうとしていた。


「同志もほとんど捕らえられ、ワシも追い詰められた……」

「そうです。これ以上罪を重ねるのは――」

「だが! それでも!」

「ひゃいっ!?」

「男のフンドシ愛好会会長として、前進あるのみッ! 我がフンドシに後退はないィィィィッ!」


 闘魂。言っていることは変態のそれだが、そのフンドシに掛けるひたむきな心だけは真摯で真っ直ぐであった。

 筋肉が震え、地面を蹴る。風が耳を切り、空気が顔を打つ。

 渾身の奪服術。

 ――ただ勝利のみを確信して。


「その意気やよし! いいでしょう。わたしも一撃に全てを込めて。ミラクルぅぅ……」

「フンドシに栄光あれェェェェェェ!!」

「マジィック! ワァァァァァァンッ!」


 ――ドグシャァ


 戦いの終わりは、硬いものが砕かれるような嫌な音を残して、一瞬にして訪れたのだった。







・ミラクルのミラクル






 どんなことが起こっても、喫茶店にくれば心が落ち着くものだ。こと、この喫茶ミラクルならば、その効果は奇跡的といえるだろう。

 マイはいつもの様にミルクと砂糖を入れすぎたコーヒーを飲む。今日はちょっと奮発してチョコケーキなんて頼んじゃったりもしている。


「マスター。夜のお子様ランチお願いします~」

「まいど」


 時刻は夜の十時過ぎ。

 憲兵の事情聴取を終えて、帰りがてらに二人はここに寄ったのだ。


「それにしても酷い人たちでしたねえー」

「そうね」

「人に衣類を強制するなんて、人の風上にも置けませんよ」

「そうねえ」

「最初に立ち向かった男性には悪いことをしましたねえ。変身が手間取っちゃって」

「そうだったわね」

「衣装も破れてしまいましたし、早く修繕しないとですねーマイさん」

「そうだわね」

「もー! なんでそんなに気のない返事ばかりするんですか」

「いや……もう、ほんっと疲れたの」


 あの戦いの後、マイは触手まみれの中で目が覚め、おまけに救出されたら多くの人に自分の裸体(パンツは死守)を見られてしまったのだ。災難としか言い様がない。


「あ、じゃあわたしの夜のお子様ランチについてくる、大人のゼリーを分けてあげますよ。元気になりますよー!」

「いらない。はぁ……帰りたい」


 思い出していたのは、もはや異世界となった家のことである。ここに来るまでは、うんざりするほど嫌だった受験勉強も、今では懐かしいとすら感じている。なによりネットで遊びたかった。マイがここに来てだいぶ経つが、やはりそういった電子機器などこの世界には存在していなかった。ましてネットなど。

 そういう郷愁の念を慰めるために、こちらの世界でも味も見た目も香りも変わっていなかったコーヒーを飲むのだ。『変わらない』というのは非常によい。これを飲んでいるときだけ、元の世界に戻った気持ちになれるのだから。

 ただ、同時に勉強のことも思い出してしまい、ちょっぴり渋い気持ちにもなる。それでも落ち着くのは懐かしいからか。

 何の気なしに呟いたマイの言葉だったが、パレットはその呟きを自宅のことと勘違いして、微妙にトンチンカンな返しをした。


「まあまあ。遅くなりましたが夜ご飯は食べないと。朝まで持ちませんよ」

「……はぁーあ。今日は平和で平凡な終わりを迎えられそうだったのに」

「暇つぶしにはなりましたけど、確かにしんどかったですよねえ」

「あんた、巷でなんて言われているか知ってる?」

「なんですかねー。あ、魔法美少女ですか? いやだなーもー」


 とか言っている間に夜のお子様ランチが運ばれてきた。

 わぁー! っと歓声を上げて食べ始めるパレット。オムライスの旗は出来るだけ立てて置く派らしい。


「いただきまーす! おいしー」

「幸せそうねえ」

「このなんとも言えない謎の食材が……。ごくんっ。で、なんて言われているんです?」

「……」


 何度目かになる溜息を吐き出して。


「トラブルメイカー・パレット。よ」


 新たな変態待ち受けて、立ち向かうは少女たち。

 明日も元気に悪と戦え! 正義の味方、魔法少女ルナティック・ミラクラーズ!




おわり



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