七話目~強奪~
音楽室を後にしてすぐだった。終了の合図が鳴り、強制的にそれぞれの本拠地に転送されたのは。
転送が終わるなり、俺はその場に膝をつく。あの光景がフラッシュバックしてくる。
俺は、間違いなく、一人の人間を殺した。
「孝臣。落ち着け。深呼吸だ」
アスモデウスが俺のそばに身を寄せ、そっと俺の背を撫でる。気づけば俺は心臓部分を押さえていた。動悸が激しく、視界も定まらない。
と、そこでアスモデウスがギュッと俺の体を抱きしめてきた。その温かさと柔らかさに、意図せず俺の目から涙が溢れる。
「……悪い。アスモデウス。ちょっと……ダメだわ」
「大丈夫さ。辛かっただろう。そうなるのは当然だ」
刹那、俺の目から涙が溢れだし、体が震えだす。またあんな思いをするかと思うとゾッとする。
「泣きたまえ。ここならば誰にもわからない」
脳裏をよぎるのはあの時の無蓋さんの顔。恐怖ともあきらめともつかぬ顔を浮かべていた。俺はそれを見てしまった。
同様に、彼の断末魔も。
まだ手にはあの時の感覚が残っている。人を殺した感覚が。
「……ああ……ああっ!」
ダメだ。涙が止まらない。俺は何て事をしてしまったのだろう。
あの時逆らえば間違いなく俺もやられていた。だからこそ、やった。
それはつまり、自分の命を最優先したということだ。
俺はマモン以上のクズじゃないか。最低だ。
そんな俺を、アスモデウスはただただ優しく抱きしめる。
その温かさが今の俺には何より心地よい。
俺はその感覚に身を任せ、目を閉じる。
嗚呼、アスモデウスがいてくれてよかった。いなければ、きっと俺は精神を保てなかっただろう。そう実感した。
それから約一時間後。俺たちは遅めの昼食を取っていた。
テーブルの上に出されているのはバスケットに入れられたパン。どうも悪魔たちがいる限りそれはいつでも出現するらしい。アスモデウスは指を鳴らし、自分用のコーヒーを出現させた。その後で、ハーブティーを出して俺の方に寄越す。
「飲みたまえ。気分が落ち着くよ」
「……ありがとう、アスモデウス。本当に、お前がいてくれてよかった」
俺は素直な謝罪を口にした。それが本心だったからだ。けれど、アスモデウスはキョトンとした顔を見せたかと思うと、ぷっと吹き出した。
「君らしくない。いつもの君なら皮肉ったようなことでも言うんじゃないかい?」
「馬鹿。俺だって分別はわきまえている」
俺が告げると、アスモデウスは微笑を浮かべコーヒーをすすった。
その時、
『アスモデウスとその契約者よ』
スピーカーから例の声が聞こえてきた。
これは……俺たちだけに流されているのか?
よそに流されているというわけではなさそうだ。
アスモデウスの方を見たが、彼女も訳が分からないといった様子を見せている。と言うことは、これは参加者である彼女たちにすら伝えられていなかった裏ルールのようなものなのだろう。
そんな俺たちの胸中をよそに、スピーカーからは音声が流れ続ける。
『貴方がたは一チームを撃破した。よって、その報酬を与えよう』
刹那、俺の体が発光する。
あまりの恐怖に俺は椅子を蹴倒しながら立ち上がる。だが、痛みはない。
不思議な感覚だ。体が熱い。まるで何かが湧き上がってくるかのような感覚だ。
『報酬とは、力だ。戦闘に勝利した場合、撃破したチームの能力の一部を受け継ぐことができる。なお、貴方が得た能力は強欲の力であり、誘引。物体を一つだけ自分の方に引き寄せることができる』
やはりアスモデウスにも公表されていなかったらしい。彼女は驚愕に目を見開いていた。
「なぁ、アスモデウス。これが本当だとしたら……」
「ああ、おそらく……何もしないまま勝ち残っていては敗ける。戦闘して、戦わなければ。そうじゃないと、戦い続けて勝ち残ったチームにはどうしても押し負ける」
その通りだ。ここでこの事実を知れたことは大きい。その代償も大きかったが。
『なお、これは補足事項だが、仮に貴方がたが倒された場合、色欲の能力と、貴方たちが得た強欲の能力までもが勝利したものに与えられる。その点を留意せよ』
やはり、このゲームは闘いあわせるようにできている。変なところで気が利く奴だ。
『これにて連絡を終了する。貴方がたの健闘を祈る』
放送が切れるなり、アスモデウスが俺の方に寄ってきた。
「孝臣。ちょっと力を使ってみてくれ」
「力って言われても……どうすればいいんだよ?」
その問いにアスモデウスは顔をしかめ、やがてぼそぼそと語りかけた。
「詳しいことはわからないが、原理としては私たちの使う能力と思う。まずは意識を集中するんだ。例えば――そう。あそこの花瓶を見てごらん」
彼女の指差す先には花が入れられた花瓶。俺はそちらに意識を集中させたが、何も変化はない。ピクリともしない。
その様を横目で見ていたアスモデウスが俺の後ろに回り、そっと俺の手に自分の手を添えた。
「集中だ。今、私は君の手を握っているね? そこに意識を集中させる感じだ」
彼女の手は俺の手の甲を握っていた。俺はそこを意識しながら、けれど目の前の花瓶へと視線を移す。
と、少しだけだがピクッと花瓶が動いた。
その様を見て、アスモデウスがニッと口元を歪めた。
「いいね。あともう少しだ。ほら、集中して」
だが、俺は正直戸惑っていた。彼女はさぞ興奮しているのだろう。声から興奮が滲み出ていた。それが何故か絶妙に色っぽく、思わずドキリとしてしまう。
当然そんな状態では花瓶など動かない。俺が顔を真っ赤にしていると、アスモデウスが唸りながら俺の手の甲に指を這わせた。
「うおぅっ!?」
彼女の指使いはまさしく官能的だった。流石は色欲を司る悪魔と言ったところだろう。
おかげで感覚を一瞬でそちらに持っていかれる。
その直後――
「がっ!?」
不意に飛んできた花瓶の直撃を受け、俺の意識は闇に呑まれた。




