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六話目~脱落~

 さて、一悶着終えた後で俺たちは階下へと足を向けていた。なお、俺が戦闘で次にアスモデウス。その次に寧々さんとルシファーという順番だ。

「おい、タカオミ。何かあればすぐ報告するのだぞ?」

 偉そうな口調が聞こえてくる。言われなくともやってやる。ルシファーは流石高慢を司るとあってか態度まで時々鼻に付く奴だった。

 だが、同盟関係にある奴を無下に扱うことはできない。俺は黙って頷いた。

 そうこうしているうちに二階に到着し、音楽室が射程内に入る。と、そこでルシファーが颯爽と廊下に歩み出た。

「ルシファー?」

「案ずるな、寧々よ」

 ニッと口角を歪めながらルシファーは言い、右手を前に突き出した。

「まずは様子見だ」

 直後。雷鳴がとどろいたのかと思うほどの轟音が響いた。びりびりと空気までもが震えている。発信源はもちろん――ルシファーだ。

 俺がしばし目を瞬かせていると、ルシファーが小さくため息を吐いた。

「……ダメ、か。なるほど。各自の本拠地には強固な守りが施されているらしい。見てみろ」

 言われて俺たちもひょっこりと物陰から顔を出して音楽室の方を見やって、絶句した。

 その周辺はまるで嵐が通り過ぎたかのように荒れていた。ガラスは割れているし、壁の塗装もボロボロに剥れている。

 だというのに、音楽室だけは全くの無傷だった。

 その様子を見てルシファーは小さく舌打ちする。

「この私の攻撃でもビクともせぬとはな……やれやれ。鼻持ちならんな」

 プライドが傷つけられたのか、その端正な顔を歪めながら言うルシファーに俺は戦慄する。こいつは態度だけではない。真の実力者だ。先ほどの攻撃がそれを雄弁に語っている。

「行くぞ、貴様ら。付いて来い」

 今度は先ほどまでと打って変わって、ルシファーが先頭を行く。

 俺はちょうど隣に並んできたルシファーの方を向いて質問を投げかけた。

「あの、寧々さん。ルシファー……さん、の能力って何ですか?」

 それを待っていたかのように、寧々さんは扇子をビッと俺の鼻先に付きつけた。

「いいでしょう。教えて差し上げます。彼の能力は重圧。万物を屈服させる能力ですわ」

「なら、あの翼みたいなのは何ですか?」

 と、今度はアスモデウスが口を開いた。

「あれは彼自身のものだ。無論、私にもついている」

「……なら、何であの時助けなかったんだよ?」

「出来る雰囲気じゃなかっただろう?」

 ……わかってるよ。聞いただけだ。

 そんな雑談を交わしているうちに音楽室の前に到着。ルシファーは俺たちに確認を取ることもせず、すぐさまドアを開いた。

 刹那、一本の箒がルシファーの顔面めがけて飛び込んできた。が、彼はそれを片手で掴み、小枝のようにあっさりとへし折った。

 音楽室内に入っていく彼の後ろを俺たちもついていく。

 なるほど。やはり今日は籠城戦を想定していたのかどこからか持ってきたらしき椅子や掃除用具などがあたりに散らばっていた。

 俺とアスモデウスはいつでも戦闘を始められるように準備を整えていたが、寧々さんはただ悠々と構えているだけだった。それはルシファーも同様であれ、皮肉げな笑みを浮かべている。

「マモン。貴様らしい歓迎の仕方だな」

 ルシファーの見据える先には、マモンと無蓋さんが椅子に座っていた。マモンは彼の言葉を聞き、嬉しそうに破顔する。

「カハッ! ルシファー! てめえも相変わらずクソつまんねえ奴だな! って、アスモデウスたちもいるじゃあねえか。おうおう、相変わらず王族ごっこか? 俺の臣下ってとこだろ。あ~あ、相変わらずお高く留まりやがって。胸糞わりぃ」

「黙れ、下郎が。今日が貴様の命日だ」

「やってみろよぉ!」

 マモンが絶叫するのに合わせ、音楽室内の楽器が、椅子が、その他の用具たちが一斉に浮かび上がる。

 身構える俺たちの前に、ルシファーが立ちふさがった。

「貴様らは手を出すな。私だけでも十分片が付く」

 その言葉通り、ルシファーは腕を一閃。それだけで宙を舞っていた道具たちは壁に叩きつけられ木端微塵に粉砕された。が、マモンは依然として挑発的な笑みを崩さない。

「マモン」

「わかってるって、相棒」

 無蓋さんが指揮棒よろしく馬上鞭を振るうと、木端微塵になった破片までもが宙を漂い始めた。それは流石に予想外だったのか、ルシファーも驚愕の表情を浮かべている。

「ヒャハハハハッ! かっこつけたくせに何だそりゃ! お前の能力と俺の能力の相性は最悪なんだよ!」

「そうか。ならばこれではどうだ?」

 ルシファーが腕をマモンの方に向け、能力を発動させる。が、マモンは椅子ごと宙に浮き、それを回避した。どうやら攻撃だけではなく移動手段にも使えるのだろう。

 奴はけたけたと笑いながら机にあぐらをかき、俺たちの方をジロジロと眺めていた。

「さぁってと。どうすっかな~? アスモデウスとそこの小僧も昨日の借りがあるからボコりてえし、ルシファーのクソ野郎もぶっ潰してえが……決めた。そこの女からまずは仕留めさせてもらうぜ!」

 マモンが指差したのは――寧々さんだった。けれど、彼女は動じた様子もなくマモンの方を睨みつけている。それを受け、マモンは体をくねくねと捩じらせた。

「いいねぇいいねぇその表情! いかにもルシファーが選んだ奴って顔だ! そのお嬢様ぶった偉そうな仮面を引っぺがしてやりてえ……泣くまで犯して死ぬまで嬲ってプライドをへし折ってやりてえなぁ……」

 こいつは……クソ野郎だ。性根が捻じ曲がっている。アスモデウスも嫌悪を露わにして彼を睨みつけていた。

「マモン。集中しろ」

 トリップしそうになるマモンに無蓋さんが声をかけると、彼は垂れかけていたよだれを服の袖で拭った。

「おう、わりぃわりぃ。ま、お楽しみはこれからだ」

 有言実行、と言うべきか。部屋中にあった津波となって寧々さんに襲い掛かる。

 が、

「貴様の相手は私だといっただろうが!」

 寸前で割って入ったルシファーが能力を行使し、それらを吹き飛ばす。だが、マモンは相変わらずにやにやと笑ったまま頬杖をついて鼻歌を歌っていた。

「ルシファー。お前の能力大体わかったわ。あれだろ? てめえの能力は一点にしか使えねえ。だから……」

 今度は、正面からは木端微塵になった道具が、上からはピアノが降ってきた。ルシファーは前面の道具たちを吹き飛ばしたが、ピアノは吹き飛ばすことができていない。。

 それは寧々さんの頭に――

「させっかよ!」

 当たる前に、俺が寸前で割って入って拳を叩きつけた。返ってくる衝撃。手をバットで殴られたかのような痛み。けれどピアノはその攻撃を受け、奇怪な音を立てて破砕した。

 この手甲は嵌めていると筋力も増すのか……なるほど。普通の武器とは違うと思っていたが、これはありがたい。

 が、だとすると問題は無蓋さんだ。彼の馬上鞭にも隠された能力があるかもしれない。

 背筋を冷や汗が伝い、それとは対照的に口内はカラカラに乾く。

 そんな折、ルシファーがちらりとこちらに視線をやった。

「よくやったぞ、タカオミ。女子おなごを守ってこその男だ。やはり貴様は逸材だな……それと、礼を言う。よくぞ寧々を守ってくれた。感謝する」

 それは純粋な称賛だった。高慢さもなく、鼻に付く感じもない。

 今の彼を言い表すならば――そう。

 王。

 彼はふっと微笑を浮かべたかと思うと、次の瞬間には厳しい表情になってマモンたちを睨みつける。

「貴様ら……覚悟はできているな?」

「ハッ! 欠陥能力が何言ってやがる!」

 今度は一斉に楽器たちが押し寄せてきた。圧倒的な物量。だというのに、ルシファーは怯まず手を上に掲げた。

過剰圧政ジ・オーバー・オプレッション

 ルシファーが何かを唱えた数秒後――俺たちの方に押し寄せてきていた楽器たちが一斉に地面に叩きつけられた。同様に、宙に浮かんでいたマモンたちまでも。

 彼らは逃げようともがいていたが、どうやら相当な重圧がかかっているらしい。ただ小さく呻き声を漏らすだけだった。

 ルシファーは依然として手を上に掲げたまま告げる。

「確かに私の能力は一方向にしか使えない。だが、あいにくこういった使い方もできるのだ……集中力を要するがな。貴様の敗因は私に時間を与えすぎたこと。そして私の家臣たちを殺めようとしたことそれだけだ」

「カ……ッ! ずいぶん家臣が大事なみたいだな……」

「当然だ。家臣があってこそ、王は王たれるのだ」

 だが、ルシファーの言をマモンは笑って受け流した。

「家臣なんざ、道具みたいなもんだろ。使い捨ての、駒と同じだろ」

「違う。私を慕う家臣たちに一人として同じものはいない。だからこそ、尊いのだ。断じて使い捨てなどではない。彼らは、私の大事な仲間だ」

「カッ! だから昔からてめえとはそりが合わねえんだよ……」

「マモン! 軽口を叩いていねえで何とかしろ!」

 これまでの余裕はどこへやら、無蓋さんが絶叫する。だが、マモンはひょいと肩を竦めるような素振りをしただけだ。それが一層彼の焦燥を煽ったのか、無蓋さんは咆哮を上げながらなんとか逃げようとする。けれど結局はそれも無駄な抵抗だ。

 ルシファーは彼らを一瞥すると、寧々さんの方に視線をやった。

「寧々。やれ」

「ええ、わかっておりますわ」

 そう言って寧々さんは近くにあった最初にルシファーがたたき折った箒を手に取る。ちょうど真っ二つに分かれており、そのせいでひどく尖っている。あれはもはや凶器だ。

 寧々さんはそれを持ったままつまらなそうに無蓋さんの方へと歩み寄る。

 と、そこで無蓋さんの顔が不気味に歪んだ。

「……白、か。意外だな、てっきり黒かと」

 それに対する返答はなし。寧々さんはただ無言で無蓋さんの背中を貫いた。

 彼の口から鮮血が漏れる。だが、まだ意識はあるようで、手を微かに動かしていた。

 その手には――馬上鞭が握られている。彼はそれを、ペチリと寧々さんの足首に当てた。

 それは一見無意味な抵抗に見えた。が、

「――ッ!? ウ――アァッ!

 寧々さんの体がビクンっといきなり跳ね、そのまま痙攣して後ろに倒れだした。

「危ない!」

 すんでのところでアスモデウスが彼女の体を抱きとめる。

 まさか死――と思ったが、違った。頬を上気させ、息を荒くして額からは脂汗をにじませているものの、まだ息はあるようだ。

 その様を見ながら、無蓋さんはげらげらと笑う。

「俺の馬上鞭は痛みと快楽を対象に与える! どうよ? 逝っちまいそうだったろ?」

「下種が……」

 ルシファーがぎりっと歯噛みする。能力を維持するためか、彼は動けないようだ。

 と、そこで彼の鋭い視線が今度は俺を射抜く。

「タカオミ。貴様がやれ」

「……俺が……?」

「当然だ。私たち悪魔では人間を殺せん。やれ」

 それは知っている。そして、この場にいる人間で動けるのは俺だけ。寧々さんはまだ立ち上がれそうにない。

 正直、やりたくない。いや、絶対にやりたくない。殺しなんて、真っ平だ。

 そんな俺の心情を読み取ったかのように、マモンが吠えた。

「おいおいルシファー! 底のガキビビってんじゃねぎゃっ!?」

 彼の言葉は途中で遮られることとなる。ルシファーの重圧が、一点集中で彼の頭を粉砕したからだ。灰色の脳漿と真っ赤な鮮血が床を伝う。

 気持ち悪い。怖い。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ――

「タカオミ」

 俺はその声に思わず飛び上がる。見れば、ルシファーが射殺さんばかりに威圧的な視線を俺に寄越していた。

「命令だ。やれ」

 ここで逆らえば、間違いなく俺もアスモデウスも殺される。彼女もそれがわかっているのか、目を伏せながらも小さく首を縦に振った。

 俺は震える手で箒を取り、無蓋さんの方へと歩み寄っていく。

 嗚呼、いっそ無蓋さんもマモンみたいだったらいいのに。頭を粉砕してももう再生しつつある。けど、無蓋さんは人間だ。死んだらこれっきり。

 でもやらなければ、俺がやられる。

 手が震える。足が震える。息がしづらい。視界が霞む。声が出ない。

 気づけば俺は無蓋さんの前に立って槍のようにとがった箒を振り上げていた。

 一方で無蓋さんはまたも俺の方へと馬上鞭を伸ばそうとしていたが――

「ぎ――ああああああああああっ!?」

 その途中で、ルシファーによる重圧によって手を粉砕された。

 真っ赤な海の中に肌色の物体と白い何かが浮かんでいる。ああ、骨と皮膚か。

 やめろ。俺に見せるな。いや、見るな。

 俺は自分に言い聞かせながらグッと目をつぶる。

「……すいません、無蓋さん!」

 数秒後、箒は無蓋さんの心臓を見事に貫き、彼の命をかくも容易く奪い去った。

 その直後、隣にいたマモンの体が霧のようになって散っていった。遅れて、無蓋さんも。残されているのは真っ赤な血だまりと彼らの体の一部だったものだけだった。

「よくやった。褒めて遣わす」

 ルシファーが俺の肩に手を置く。だが、俺は答えることができなかった。

 まだ、あの感触が手に残っている。

 硬い何かを、弾力のある何かを貫く感覚。

 潰れたカエルのような声も、その後に聞こえた息の漏れる音も全て覚えている。

 最悪だ。最低だ。こんな思いは初めてだ。

 胸の中で何かがぐるぐると渦巻いている。後味が悪いなんてものじゃない。

 これは生涯忘れることはできないだろう。

 俺は本能的に直感した。

「孝臣……」

 見かねたアスモデウスが身を寄せてくる。だが、俺は彼女の手を払って血だまりの方へと背を向けた。

 必ず彼らをまた生き返らせるという決意を胸にしながら。


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