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三十話目~終結~

「アスモ! 行くぞ!」

「ああ、孝臣!」

 俺は一目散に龍さんの方へと駆けだしていく。サタンの相手は、アスモだ。彼女はどうしても奴に自力では劣る。けれど、それを補うだけの戦闘経験がある。事実、彼女は素早い動きでサタンを翻弄しているようだった。

 俺はそちらを視界の端に納めた後で、龍さんへと向き直る。彼は好戦的な笑みを浮かべてバットを振りかぶっていた。しかし、止まるわけにはいかない。俺は身体能力を強化させ、一気に懐へと潜り込んだ。

「あめえよ!」

 が、それを読んでいたのか龍さんはバックステップを取り、バットを振り下ろす。けれど、それは体重が乗っていない一撃だ。俺は左の拳でそれを払い、空いた右腕を肥大化させる。

 この能力を発動させるのもずいぶん慣れたものだ。俺はすぐさま右腕で周囲を薙ぎ払う。龍さんは回避しそこねたようで、まともにそれを喰らい、壁に激突した。しかし、見たところまだやれるようで、ギラギラとこちらを威圧的に睨んでいる。

 やはり、一筋縄ではいかないか。

「孝臣!」

 ふと、そんな声が響き、俺の体が地面に倒れる。何事かと見れば、サタンが龍さんのところに歩み寄っていた。アスモは奴の攻撃から俺を庇ってくれたらしい。俺は彼女に頭を下げつつ、立ち上がった。

「アスモ。やっぱり、ダメだ。あいつらは簡単には倒せない」

「ああ、確固撃破は得策じゃないだろうね」

「だったら、わかってるよな?」

 俺が不敵に口元を歪めると、アスモも同じように返す。

「二人で、彼らを倒す。だろう?」

「わかってるな、お前」

「伊達に君とずっとチームを組んできたわけじゃないしね」

 こいつもよく笑うようになった……できるなら、こんな出会いはしたくなかった。ちゃんと会っていれば、アスモはいい友人になっていただろう。

 だが、まぁ、それも勝ってから話すとしよう!

 俺はすかさずサタンたちへと拳を繰り出す。直後、手ごたえが俺の腕を通して伝わってくる。が、

「ハハハハハッ! イラつくなぁ、おい!」

 サタンは、依然としてそこに立っていた。全身から血を噴出しているというのに、体から放たれるプレッシャーは衰えるどころかすさまじくなってきている。こいつの能力を考えれば当然だが、厄介極まりない。

 それは龍さんもだ。彼は嫉妬心を得るだけ強くなる。だからこそ、長期戦は得策ではない。俺はサッとアスモに向きなおった。

「アスモ! 頼む!」

「任せたまえ!」

 彼女はカッと目を見開き、手を打ちあわせた。ろくに構えていなかった龍さんは幻覚に囚われたようだが、サタンは違う。おそらく、事前に発動条件を知っていたのだろう。直前で耳をふさぎ、幻覚を無効化したようだった。

 彼は自分の横で虚ろな目をする龍さんに目をやり、ため息をつく。

「おい、龍。起きろ……よ!」

「なっ!?」

 アスモが目を見開く。なぜならば、サタンが思いきり龍さんの顔面を殴りつけたからだ。鼻からは血が噴き出し、歯が吹き飛ぶ。見るだけで痛々しい有様だったが、龍さんはその衝撃によって意識を取り戻したようだった。

「いってえなぁ……」

「しょうがねえだろうが、こうでもしねえと幻覚は解除できねえんだから」

「わかってるけどよ……ま、いいや。憂さ晴らしはあいつらでさせてもらうか」

 龍さんとサタンがギロリとこちらを睨みつけてくる。だが、形勢はこちらが有利だ。まだ勝てる要因はある。

 グッと拳を構える俺をよそに、サタンは小さく息を吐いた。

「さあて……と。お前らを倒せば終わりなわけだから、さっさと行かせてもらうぜ」

 サタンは一瞬でアスモへと肉薄し、拳を放つ。彼女は寸前でそれを見切ったのか躱した。しかし、奴の猛攻はそれで終わらない。アスモは次第に壁際まで追い詰められていった。

「アスモ!」

 俺は誘引の能力をサタンへと行使すると同時、力強く地面を蹴って跳躍した。誘引をまともに受け、バランスを崩した奴の脇腹に、拳が深々と突き刺さり、その体がくの字に曲がった。

 俺は確かに手ごたえを感じていた。が、

「……いいなぁ、お前。イラつくぜ」

 サタンは、依然として立っていた。どころか、俺の腕を掴み――

「ッ!? あああああああああっ!」

 躊躇なく、握りつぶした。ひじから先がボトリと地面に落ちる。血が噴水のように吹き出る。視界が霞み、頭が割れるような痛みが襲う。

「孝臣!」

 刹那、体に感じる衝撃。アスモが俺に体当たりをしてきたのだ。サタンの拳から、俺を守るために。

「俺を忘れんな!」

 どうやら回復したらしき龍さんがアスモを殴打する。彼女は背中にバットの直撃を受け、背を大きく逸らした。ボギリという何かわけのわからない音が響く。

 アスモは俺に覆いかぶさるようになっている。そのせいで、龍さんの攻撃をまともに受けていた。

「アスモ……やめろ」

「やめない……私は君のために戦うと誓った。君を勝たせると言った。だからこそ、やめない!」

「馬鹿野郎……」

「ああ、本当に馬鹿野郎だぜ」

 不意に、彼女が俺から身を離す。否、サタンが無理矢理彼女を引きはがした。奴は醜悪な笑みを浮かべながら、アスモに目をやった。

「なぁ、アスモデウス。お前、あの人間に惚れでもしたか? 色欲を司るお前らしい」

「その薄汚い口を閉じたらどうだい? サタン」

 アスモは苦し紛れに言って、サタンへと唾を吐きかけた。刹那、奴の顔が豹変する。まさしく鬼神のような顔になって、彼女を地面に打ち付けた。

「ああ!? 俺に向かって何を言ってやがる!」

 サタンは彼女を足蹴にし、龍さんもすぐに殺せる俺のことをよそにそこに加わった。肉が潰れる嫌な音と骨が砕ける音が響く。

 悪魔は、死ぬ。その殺し方も、知っている。おそらく、このままではアスモは死ぬだろう。

 俺は何もできないのか?

 また、誰かを見殺しにすることしかできないのか?

 俺に思いを託してくれた人たちがいるというのに、それを無下にするのか?

 ふざけるな!

「おおおおおおおおおおっ!」

 俺は咆哮を上げ、立ち上がり、すでに先端が消え失せた右腕をサタンたちへと向けた。

「やめろおおおおおおおっ!」

「あぁ? うっぜえなぁ!」

 サタンと龍さんはアスモへの攻撃をやめ、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。このままでは、俺も殺される。

 嫌だ。嫌だ。俺は勝ちたい。勝たなくてはいけない。

 こいつらに殺された紫のためにも。

 俺たちに望みを託してくれたここなさんのためにも。

 俺を友と呼んでくれたルシファーのためにも!

 俺は……俺は……ッ!

「負けられねえんだよぉおおおおおっ!」

「吠えるなよ、雑魚があああああっ!」

 サタンが拳を振りかぶる。俺は反射的に来るであろう痛みに備えて目を瞑った。

 その時だった。

「ガッ!?」

 サタンの悲鳴が響き、数秒後に破砕音が聞こえたのは。当然、俺の身体にも痛みはない。

 恐る恐る目を開けてみれば、そこには――壁に貼り付けられているサタンたちの姿があった。

 その光景に、俺はある既視感を覚える。

「ルシファー……」

 そう。その光景は、ルシファーの能力を喰らったものの姿にそっくりだった。

 俺は、寧々さんを殺した。それによって、傲慢の能力が加わっている。

 それが今、発動した。おそらく、俺の体が勝手に動いたんだろう。

 本家ほどの威力はないにしても、サタンたちは動きを封じられていた。

 俺はそこで、ふとアスモの方に目をやる。どうやら、まだ息があるようだ。

 そちらは安心……だとすれば、今度はこっちだ。

 俺は右腕に力を込めつつ、左腕を龍さんの心臓へと向けた。彼はもがくが、動けていない。この能力は、たぶんただの反発ではないのだろう。時間制限ありで、対象を拘束する能力。なるほど、ルシファーらしいと言えばらしいな。

 俺は苦笑を浮かべつつ、龍さんの心臓部に自分の手を当てた。彼は口から血を吐きながらも必死に足掻いてみせる。

「っざっけんな! おい! てめえ、こんなことして……」

「このガキ! 変な真似しやがって! 殺す! 嬲り殺してやる!」

 二人は叫ぶが、拘束された状態では無意味。俺は彼らの目を見ながら、堂々と断じた。

「悪いけど、俺は勝たなくちゃいけないんだよ。このゲームで! 殺された人たちのためにもな!」

 言いつつ、思い切り拳を振りかぶり――勢いよく龍さんの胸元にその爪を突き立てた。彼は小さく呻いた後で、ぐったりと項垂れる。サタンは最後まで叫びながら消えていった。

 その直後だった――

『終了。ただ今を持って、この代理戦争を終結とする』

 そんなアナウンスが耳朶を打ち、それに続いて俺の意識が途絶えたのは。


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