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二話目~中間発表~

「おっと、マズイね……始まってしまったか」

 アスモデウスが緊張の面持ちで呟く。これまで見せていた飄々とした様子は鳴りを潜めていた。

「孝臣。ああ、もうこの呼び方でいくよ? とにかくまずここを離れるべきだ」

「はぁ? いや、ここは俺たちの本拠地なんだろ? だったらここにいた方が安全じゃないのか?」

「確かにね。下手に身動きするよりは黙ってここにいた方が安全かもしれない。けど、よく考えてみてくれ。おそらく、このゲームは長期戦にもつれ込む。そうなった時、自分たちの本拠地がばれていたら? 優先的に狙われるに決まっているだろう」

 それもそうだ。それこそ最後の数人などに残ってしまった場合、本拠地を知られていたら大きな不利を抱えてしまう。とすれば、リスクを承知で探索に乗りだした方がいいかもしれない。

「わかった。行こう。でも、俺はまだ納得してないからな。このゲームも、お前たちのやり方にも」

「結構だよ。それは私も同様だから」

 どこまで本当なのか。この人を食ったような悪魔をまだ完全に信用することはできない。

 俺は手甲を打ちあわせながら外に出る。

 一応蛍光灯はついているが、夜の学校というのはそもそもが不気味だ。物音一つしないのもかえって不気味である。やがて隣に並んできたアスモデウスの方を見つつ、俺は口を開いた。

「なぁ、他の悪魔たちがどこにいるのかはわからないのか?」

「わからないね。本来魔界にいるのであれば魔力の探知が可能なのだけど、ここでは特殊な結界が張られている。今の私にできるのはそれこそ能力の使用くらいだ」

 クソ。せめて場所がわかれば奇襲などにも対応ができるというのに。

 内心毒づきながら、階段の方に寄る。ちなみに俺たちがいるのは一階。ここを上るべきか、否か……。

 と、そこでアスモデウスが思い出したように言った。

「思い出した。別に校舎内だけがフィールドじゃなくて、学校全体がフィールドなんだ」

「ということは、あれか? 外に出ても大丈夫なのか?」

「うん。ただオススメはしない。外に出れば見つかりやすくなるからね。外に出るのはあくまで選択肢の一つとだけ捉えてくれればいいよ」

 ああ、なるほどな。ただ、そうなると校舎外にある部活棟や家庭科室などにも本拠地を持っている奴がいるかもしれないな。そうなると、いつかはリスクを覚悟で探索しなければいけないかもしれない。

 まぁ、ここにとどまっていても仕方ない。まずは状況確認が先だ。

 そう思い、俺たちは階段を上っていく。この時が一番不気味だ。階段で鉢合わせたりしたらそれこそ――

「あ」

 ふと、アスモデウスが呟いた。数秒遅れて、俺も。そして、俺たちの目の前にいた二人組も。

 そこにいたのは、無蓋さんとやせぎすの男だった。おそらく、あいつが無蓋さんのパートナーなのだろう。

 俺が拳を構えると、無蓋さんはサッと両手を上げた。

「おいおい待て待て! ほら! 丸腰だよ丸腰!」

 言われてみれば無蓋さんは俺のように武器を身に纏っていなかった。その隣にいる男も彼と同様に手を上げ、涙目で首を振っている。

 俺は依然として構えを取ったまま、口を開いた。

「無蓋さん……一ついいですか?」

「何だよ?」

「あなたは、俺の敵ですか?」

 しばらくの沈黙。無蓋さんは俯き、考え込む素振りを見せていたが首を振った。

「いや、違うね。俺はお前の味方だ。だってそうだろうよ。こんな馬鹿げた戦い、早く終わらせちまおうぜ」

「そうそう。俺も同意見だ」

 隣にいた男が賛同すると、アスモデウスが射抜くような視線を彼にぶつけた。

「マモン。そもそもゲームをやろうと言い出したのは君だったと記憶しているけど?」

 その問いに、マモンと呼ばれた男が小さく手を振った。

「ちげえよ、アスモ。俺はただ普通のゲームがしたかったんだ。チェスとかな。こんな殺人ゲームを提案しやがったのはサタンの野郎だ。アスモ。お前だって理解してんだろ? このゲームを一番楽しみにしてたのはあいつだ。だから、あいつをぶった押して穏健派の俺たちで和平を結ぶ。それじゃダメか?」

「……」

 アスモデウスは未だに納得がいかないような顔をしていたが、俺は告げた。

「アスモデウス。ひとまずどこかの教室に入ろう。この会話を聞かれたらまずい」

「……それもそうだね。なら、一旦二階に上がって教室に入ろう」

「お、なら音楽室はどうだ?」

 無蓋さんの提案に俺は頷きを返す。確かに音楽室なら防音機能が付いているし、会話を盗み聞きされることもないだろう。

 俺が構えを解くと、無蓋さんの隣にいた男がこちらに歩み寄ってきた。

「よ、初めましてだな。俺は強欲を司る悪魔のマモンってんだ。よろしく!」

「ああ、よろしく」

 だいぶフランクな奴だ。ちょっと無蓋さんに似ている気がする。

「さ、早く行こうぜ。誰かに鉢合わせたらそれこそ事だ」

 無蓋さんの言い分ももっともだ。とにかく今は休戦協定を結べそうだし、早く話を済ませることだろう。

 二階に上って右の通路を行くと、音楽室の扉が出てきた。無蓋さんとマモンは注意深く辺りに気を配りながらその中に足を踏み入れる。俺もその後を追おうとしたが、

「おい、アスモデウス。お前も入れよ」

「……なぁ、孝臣。やっぱり私は彼らを信用することができない」

「はぁ? 何言ってんだよ。ここまで来て」

「君は彼らの何を知っている? あの男子とはいつ会ったんだい?」

「それは……今日だが」

 そう言うと、アスモデウスが苦笑を向けてきた。

「よくあって間もない人間を信用できるね」

「いいだろ、別に。それより、仲間は多い方がいいじゃないか。ほら、行くぞ」

 俺は無理やりアスモデウスの手を取って中に入る。そこはいかにも音楽室といった場所で、とある作曲家の肖像画や、部屋の隅の方には打楽器たちが置かれていた。

 無蓋さんとアスモデウスは部屋の中央に置かれていた椅子に座りつつ、俺たちに着席を促した。

 俺はそこに腰を掛けたが、アスモデウスはドアのところに立ったままだった。

「私はここで誰かが来ないか見張っておくよ。ここからでも会話に参加できるからね」

 まぁ、その役目も必要だろうが、本音を言えば何かあった時に逃げられるようにだろう。何だか用心深い奴だ。

 俺は無蓋さんの方に視線をやりつつ、口を開いた。

「無蓋さん。まず、同盟を結ぶってことでいいですね?」

 が、無蓋さんはフルフルと首を振った。

「いや、まだだ。どうも、そっちの嬢ちゃんが納得してねえみたいなんでな」

「そうそう。だから、まずは俺たちのことについて話そうじゃねえか」

 マモンが合いの手を入れると、すかさず無蓋さんが右手を宙にかざした。

「まず、俺の武器だが……これだ」

 言い終えるか否かといったところで、無蓋さんの手中には馬上鞭が出現していた。それは強くたくましい造りをしているけど、リーチは短いし、武器としては心もとないようにも思える。

 その視線に気づいたのか、無蓋さんは苦笑した。

「しょぼいだろ? ったく、こないだ競馬見ちまったらまともにその影響を受けちまった……で、お前の武器はそれだよな?」

 無蓋さんが指差したのは俺の手甲。

「はい、そうです。これが俺の武器……みたいです」

「なるほどな。欲を言えば遠距離系の奴が仲間なら心強かったが、まぁしかたねえや」

 それはこっちのセリフだ、とは流石に言えない。無蓋さんはしばし頷いた後で告げた。

「ま、後は質問タイムだ。何か聞きたいことはあるか?」

「い、いいんですか、そんな手の内を明かすような真似をして」

「いいんだよ。ほら、何でも聞いてみろよ」

 何でも……か。なら、まず聞くことはあれだろう。

「無蓋さんの本拠地ってどこなんですか?」

 すると彼はあっさりと、まるで何の躊躇もせず、

「ん? 音楽室ここだぜ?」

 即答した。

「孝臣!」

 それと同時、アスモデウスが叫びつつ俺の襟首を掴んで無理矢理引っ張った。そのせいで俺は背中を強く地面に打ち付けてしまったが、俺は彼女に感謝せねばならない。先ほどまで俺が座っていた場所には巨大なピアノが振り下ろされていた。

「やっぱりね。マモン。君のやりそうなことだ」

「おっと、やっぱ勘付かれてたか。数千年の付き合いは伊達じゃねえな」

 マモンは依然として座ったまま答える。けれど、その周囲にはぷかぷかと打楽器や、壁にかかっていたはずの肖像画、あるいは先ほど地面に突き刺さっていたはずのピアノなどが浮かんでいた。

 彼の横に座っている無蓋さんは馬上鞭で素振りをしながら言う。

「カハッ! チョロいチョロい! なぁ、孝臣。お前、やっぱ馬鹿だわ。だってそうだろ? 俺たちであってまだ数時間だぜ? そんな奴を信じたお前の負けだよ」

「無蓋さん……騙してたんですか!」

「おう。当たり前だろ」

「だから言ったじゃないか……」

 アスモデウスが毒づくが、対照的にマモンたちは哄笑を上げた。

「ヒャハハハハ! アスモ! お前馬鹿をパートナーにしたのは間違いだったな!」

 刹那、打楽器たちが雨あられとなって降り注いでくる。アスモデウスは逃げようとドアのほうまで駆け寄ったが、そこにはすでにピアノが回り込んでおり退路を防いでいた。

 俺は拳を突き出して打楽器たちを迎撃しようとしたが、無蓋さんの鞭の動きに合わせてひらひらと宙を舞い、当たらない。マモンと即興だがちゃんとした連携が取れているようだ。

「おい、マモン。孝臣は素手とほぼ同じだ。囲んじまえ」

「あいよっと」

 直後、それまで無軌道に飛んでいた打楽器たちがぐるぐると俺の周囲を旋回し始める。こちらに狙いを絞らせない気だろう。無蓋さんたちは椅子に座った状態で、それを楽しげに眺めていた。

「なぁ、マモン。この手はいいな。密室ならお前の能力を最大限有利に使える」

「ヒャハッ! だろぉ!? 今度からこの手は俺たちの十八番にしようぜぇ!」

 もうこいつらは俺たちを倒せるつもりでいるようだ。

 だが、それも当然か。地理的アドバンテージを取られてしまったのだから。

 と、そこでアスモデウスが前に出た。

「マモン。わかっていると思うが、君は彼を殺せない。あくまでサポートだけが私たちができることだ」

 その言葉にマモンはげらげらとわざとらしく笑い声を上げた。

「おう、わかってるぜ? だから、半殺しにしてとどめは無蓋に任す」

「そういうことだ。瀕死の状態なら、俺でも十分やれるからな」

 その言葉を証明するように、無蓋さんはビシッと鞭を振るってみせた。

 けれど、アスモデウスは不敵に笑う。

「なるほどね。でも、忘れていないかい? 私も戦えるんだよ」

 その言葉を証明するかのように、アスモデウスは両手を翼のように広げ――

幻想歌劇ファントム・ジ・オペラ!」

 手を打ちあわせた。

 その直後、場の景色が一変する。音楽室から、幻想的な草原へ。辺りには花が咲き、風が吹き、花弁がひらひらと舞う。空には太陽が昇り、真っ青な空が広がっていた。

 さらには、花の花弁の中から小人――いや、羽の生えた妖精が現れ、歌を歌い始める。それは蠱惑的で、まるで脳に直接訴えかけてくるようだった。

「何だこりゃ……」

「孝臣! 行くよ!」

 無理やり俺の手を引っ張っていくアスモデウス。何かにぶつかる衝撃を受けながら音楽室の外に出ると、すっかりその景色は消えていた。

「あれは……説明は後! 逃げるよ!」

 まだぼんやりとする頭を覚醒させつつ、俺は彼女の後を追う。階段を下りている時何度か躓きかけたが、その度にアスモデウスがかばってくれた。

 やがて一階に降り、下駄箱に来たところでアスモデウスが息も荒く言った。

「だから言っただろう……簡単に信用するな、と」

「悪かったよ……で、さっきのはなんだ?」

「あれが私の固有能力さ。対象に幻覚を見せる。今頃あの二人は幻覚の中だろうさ」

 なるほど。直接的攻撃力はないけれど、有能だ。おかげで助かった。

「どうやら、マモンの能力は領域内における物体の支配のようだね。なるほど、あそこにおびき出されたらほぼ勝ち目はないね」

 その言い方に、俺は一つ引っ掛かりを覚える。

「待て。その言い方だと、お前は他の奴の能力を知らないのか?」

「半分はイエスで、半分はノーだ。まず、私たちはこのゲームをするにあたって能力を大幅に制限している。全力でやればそれこそこの世界が危ないからね。だから、今彼らの能力がどれほどの規模になっているのかは想像もつかない。けど、彼らはそれぞれに対応する罪がある。能力はそれに基づいたものだ。だから、ある程度は予測もできるということさ」

「ああ、そうかよ。それにしても、すまなかった。危うくやられるところだった」

「全くだよ。でも、ひとつ収穫はあった。彼らの手の内がわかったことだ」

 確かに。無蓋さんたちは確実に俺たちを倒すため全力を見せていた。とすれば、もう手の内はほとんど明らかになったようなものである。後は、その隙を突くだけだ。

「で、これからどうする?」

「じっとしていた方が無難だろうね……まぁ」

 そこでアスモデウスは俺の腕時計を指さしつつ、

「もう時間だけどね」

『それまで。これにて戦闘は終了。それぞれの本拠地への転送を開始する』

 直後、また俺たちは光に包まれ、気づいたら例の保健室にいた。荒らされた様子もないし、誰かの侵入を受けたということもなさそうだ。

 などと思っていると、またスピーカーから音声が流れてくる。

『中間発表……脱落者、一チーム』

「――ッ!」

 刹那、俺たちの間に緊張が走る。

 まだ一回目だぞ? だというのに、もう脱落者が出たというのか。

 俺が固唾を飲んで次の言葉を待っていると、無情にも次の言葉が告げられた。

『脱落者は――嫉妬である』

 嫉妬……?

「おい、アスモデウス。嫉妬って誰だ?」

「司る悪魔はレヴィアタン。人間は……わからない。孝臣。心当たりはないかい? 消去法でもいい。嫉妬、強欲、怠惰、暴食、傲慢、憤怒に対応する人はいるかい?」

「消去法なら……そうだな。まず、無蓋さんは強欲。これは確定。ここからは俺の推測だが、ここなさんは怠惰。健吾が暴食。憤怒と傲慢は……真さんか寧々さんだと思う。ちょっと断言はできない」

「とすれば嫉妬は……」

「……紫……?」

 その考えに行き着いた直後、俺は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。


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