二十五話目~失敗~
俺の横に並んだここなさんはジト目で龍さんを見やる。不安げに眉を寄せる俺をよそに、ここなさんは冷静に口を開いた。
「念のため言っておくけど、彼は嫉妬の能力も持っている。至極単純な能力さ……嫉妬心が増せば増すほど強くなる。元々増強型みたいだし、厄介だね」
「ここなさんは、他者の能力がわかるんですか?」
「いいや。これはただの分析さ。ただ逃げ回っていただけではないのでね」
「ハッ! ご名答! だが、わかったところでどうなるよ? なぁ、サタン」
「ヒハッ! その通りだぜ、相棒!」
サタンは全身から血を噴出させつつも歩み出る。まだその声音には力があった。
「ふむ。ならば、奴は私たちが相手をしよう」
ルシファーと寧々さんが前に出る。それに合わせて、ベルフェゴールも向きなおった。
「まぁ、戦闘力は低いけど、それでもできることはあるから」
彼は一人ごちて前を見やる。数の優位はあるとはいえ、今の今まで終われていたのだ。その恐ろしさは十二分に理解しているだろう。ベルフェゴールは冷や汗を流していた。
「では、私たちが彼の相手をするとしよう」
アスモがいい、俺は拳を構える。ここなさんはため息をつきながら、ポケットからあるもんを取り出した。それは……フーセンガム?
「僕の能力は閉鎖。フーセンガムを飛ばして、それに触れた相手を閉じ込める……ただし、これは期待しないで。さっき使ったら、十秒くらいで破られたから」
「いや、大丈夫さ。一瞬でいいから隙を作ってくれ。そうすれば私の術が決まる可能性が上がる」
「わかった。善処するよ」
言いつつここなさんはフーセンガムを口に放り込む。一方で、ルシファーたちはいったん外に出て空中で戦っていた。流石に人間である寧々さんは飛べないので風を操って援護を行っている。彼女のそばにはベルフェゴールが控えていた。彼はあくまでサポート要員ということだろう。
「さて、私たちも始めようか」
「当然だぁ!」
爆発的な勢いで龍さんが踏み込んできた。だが、ここなさんがとっさにフーセンガムを吐きだす。するとシャボン玉のようにふわふわと浮かんだそれは、見事に彼の体を包みこみ、途端に硬化した。
「チッ! 邪魔くせえんだよ!」
龍さんは怒号を上げつつ、一撃でそれを破壊した。アスモは飛び出そうとしていたが、すぐに舌打ちして後退する。
「クソっ!」
俺は右腕を肥大化させ、彼に拳を放つ。龍さんは躊躇なくバットを振るい、俺の拳を弾く。あの時とは比べ物にならない力だ。だとすれば、やはり彼らの能力は単発ではなく、持続するのだろう。
俺は左腕に神経を集中させ、能力を発動させる。すると、誘引の能力がわずかながら発動し、彼の体がつんのめった。その隙を狙ってここなさんがフーセンガムを吐きだし、アスモが駆けだす。その絶妙なコンビネーションに、龍さんは後退の道を取った。
「クソが……めんどくせえなぁ」
「そうかい。でも、悪く思わないでくれ。こうするほかに道はないんだ」
アスモはそう言って、手を打ちあわせた。龍さんはその前兆を察知していたのか、地面を叩き目を瞑る。だが、それこそが命取りだ。
俺は誘引の能力を発動させつつ、身体能力を強化して地面を蹴る。
あっという間に彼の懐までもぐりこみ、拳を叩きこんだ。龍さんの体がくの字に曲がり、その口から息が吐きだされる。同時に勢い良く吹き飛び、ゴロゴロと廊下を転がっていった。
「今だ!」
アスモが吠え、俺とここなさんが同時に踏み出したその時だった。
「させるかよぉ!」
サタンの声が響き、天井が崩れたのは。
「ここなさん!」
俺はとっさにここなさんを抱いてバックステップを取る。何とかぎりぎりで避けれたものの、道は閉ざされてしまった。目の前には積み重ねられた瓦礫がある。
残り時間は……十分!
この瓦礫の山を破壊することは不可能……いや、違う!
俺は右腕に意識を集中させ、肥大化させる。それから、アスモとここなさんに目をやった。
「二人とも、伏せて!」
俺は勢いよく拳を突き出し、瓦礫を吹き飛ばした。轟音が響き、衝撃が体を突き抜ける。
そうして土煙が晴れたころには……龍さんの姿はなかった。どうやら逃走したらしい。ここから探すのは、ほぼ不可能だ。
「ここな。サタンも逃げたよ。残念ながらね」
「そう……厄介だね。あっちは長期戦になれば有利になる奴らだから」
ここなさんは深くため息をついて思案気に眉を寄せる。
俺は、ベルフェゴールとここなさんに、問いかけた。
「あの、二人とも。俺たちと一緒に戦ってくれませんか? できれば、これからも」
けれど、ここなさんは小さく首を振る。
「……すまない。少し考えさせてくれるかな?」
「確かにちょっと疲れたぁ……」
そう言ったかと思うと、二人はばったりとその場に倒れ込んだ。もしや何かあったのではと思ってみてみたが、寝ているだけだ。
……この二人、本当に読めなくて困る。
それは、ルシファーも同じようで、窓からこちらを怪訝に見つめていた。




