二十二話目~困惑~
保健室へと転送された俺たちは、黙って放送を聞いていた。どうやら、再戦は催されないらしい。あの時あったのは、あくまで俺が自殺したから、というわけか。
なるほど、変則的ルールのバトルロワイアルか。めんどくさいことこの上ない。
少なくとも、後一手で憤怒のチームを葬ることができたというのに。
「落ち着きたまえ。それより、今日はいい収穫があった」
毒づく俺に、アスモがコーヒーを渡してくる。俺はそれを煽り、彼女を睨みつけた。
「収穫? 何だよ」
「間違いなく、次はルシファーが狙われる。君も見ただろう? あの時のサタンの目を」
そうだ。あの時、奴は寧々さんを殺せばそこで全てが終わりだというのに、それでもルシファーの方へと向かっていった。それはつまり、彼に対する怒りが募っている証拠だろう。だとすれば、それを利用できるかもしれない。
しかし、問題は龍さんの方だ。彼の能力は、何だ?
経験上、倒した悪魔たちの力は人間に受け継がれるということは知っている。龍さんがその片鱗を見せていたのも確かだ。けれど、それが何であるのかはっきりしない。
攻撃力を底上げしまくった俺と互角に打ち合えたのだから、身体強化系だとは思う。でも、どういったタイプなのかは把握できていない。
俺と龍さんは、似ている。武器の能力も、それから奪った能力も。
龍さんの釘バットは身体機能を底上げする。それは俺の手甲も同様だ。が、地力が違うせいでどうしてもそこに差が出てしまう。
肥大化し、攻撃力が上がったのに押しきれなかったのもそれが原因だろう。素のスペックが違いすぎるのだ。それに、見た限り龍さんは喧嘩慣れしている。そこも、俺が彼に劣る一因だろう。
しかし、そこで俺と龍さんを差別化するのはパートナーだ。サタンは間違いなくパワー型。対してアスモはテクニック型だ。上手く決まれば、完封できる。
とはいえ、龍さんにはすでに防がれてしまった。そもそも、アスモの能力には制限が多すぎる。問答無用で術にかけられるのならいいのだが、そうはいかないのが辛いところだ。
俺はため息をつきつつ、アスモを見やる。彼女は微笑を浮かべながら続けた。
「サタンは確実にルシファーを始末しようと躍起になる。しかし、そこで自分たちに優位な場所に引きずり込んでしまえば、どうだろう? おそらく、戦闘を有利に進められるはずだ」
「それはいいとして、ベルフェゴールはどうするんだよ」
「そこなんだよね……」
そう言って彼女はうなだれた。心底疲弊しているようにも見える。
「彼らが一番わからない。あの場からも一目散に逃げてしまったし、能力も強さもまるで把握できなかった」
「だよなぁ……」
てっきり乱戦に持ち込めるかと思ったら、彼らは脱兎のごとく逃げ出してしまったのだ。そこに一切の迷いはなかったように思える。
しかし、彼らは本当にいいのか?
このゲームでは、たくさん能力を奪った方が優位に戦闘を進められる。その上、戦いによって自分たちの能力をより操りやすくなるのも事実だ。実際、俺も最初のころより能力が上手く使えるようになってきている。
戦闘を避け続ければ、不利になるのは当然だ。
いや、もしかしたら何か秘策があるのかもしれない。
俺は生唾を飲んで、自分の手を組み合わせる。すでに体に負った傷は癒えていた。このシステムだけはありがたいと言わざるを得ない。
「ところで、ルシファーたちに連絡は取ったのかい?」
俺はアスモの問いかけに頷きながら、自分のスマホを掲げてみせた。
「ああ。一応な。向こうも無事みたいだ。ルシファーはだいぶ怒ってるようだけどな」
「まぁ、いいだろう。ちなみに聞くが、孝臣」
「何だよ?」
「君は、彼らを裏切る覚悟があるかい?」
言われて、俺はグッと言葉に詰まる。その様を見て、アスモはクスリと笑った。
「だと思ったよ。君は優しいから、彼らに情が移ってるんじゃないかってね」
「……悪い」
「謝る必要はないさ。でも、キチンと心には留めておいてくれ。このゲームは最後の一人になるまで終われない。そうなった場合、どうしても戦わねばならない状況に身を投じるということを。君が勝たねば、死んだ者たちは生き返らないということを」
「……ああ」
そうは言ったけれど、俺は内心動揺していた。
ルシファーたちとは、このゲーム内でずいぶん助けられた。
確かに何度かむかつくことはあったけれど、それでも彼らのことは気に入っているし、信頼している。裏切れるかと言われると、即決できないのが素直なところだ。
もちろん頭では理解している。けれど、一歩がどうしても踏み出せないでいた。




