十七話目~破壊~
俺を目覚めさせたのは、例の放送だった。アスモに付き合わされて疲れ果てていた俺は眠っていたが、その放送によって半強制的に起こされてしまったのだ。
俺の隣にいるアスモはすっかり調子を取り戻した様子で、好戦的な笑みを浮かべていた。
と、そこでまた放送が続けられる。
『本日は、色欲と、暴食による再戦を行う。なお、他のチームがそれに干渉することは禁ず。制限時間は一時間。さぁ……殺しあえ!』
その直後、俺たちはグラウンドへと転送された。数秒おいて、魔方陣が現れそこからベルゼブブたちがやってくる。俺たちはそちらを見ながらひっそりと会話を交わす。
「どうする?」
「決まっているだろう。先手必勝さ!」
アスモは両手を打ちあわせようとする。が、ベルゼブブはまるでそれを予期していたかのように巨大な槌を地面に叩きつけ、破砕音を響かせた。そのせいでアスモの声も手を打ちあわせる音もかき消されてしまった。
しかし、それはフェイク。アスモは一気に跳躍してベルゼブブのもとまで歩み寄り、その腹部に拳を叩きこむ。が、彼女の筋力ではせいぜいベルゼブブに隙を作ることしかできなかった。
いや、それでも十分だ。
俺は手甲に力を込め、地面を蹴る。大体この武器の使い方がわかってきた。
単純な身体能力の強化でも、意識を集中させることで何倍にもその威力は膨れ上がる。当然、俺が狙うのは――ベルゼブブの肩に乗る健吾だ。
「ベルゼブブッ!」
「わかってるよ。耳元で怒鳴らないで」
ベルゼブブは冷静にこちらへと拳を突き出す。それは俺の顔すれすれを掠めていく。しかしその拳圧だけで俺は体勢を崩しかけた。が、
「ハッ!」
俺はとっさにしゃがみ込み、奴の足に下段蹴りを放つ。普通の攻撃ならば効かなかっただろうが、身体能力を強化しているということもあってか、ベルゼブブは苦悶の声を漏らした。
やはり、あの時は不意を突かれたがやれないわけではない。それに、徐々にこいつの戦闘スタイルもわかってきた。
一撃必殺を狙った大振りスタイル。それはこいつの巨体とパワーと非常に相性がいい。けれど、当たらなければ一緒だ。俺はすぐさまその場から離脱してトントンとその場でステップを取った。
こいつの攻撃は、一発でも貰えばその時点でやられる可能性が高い。だからこそ、ヒットアンドアウェイだ。それなら、何とか道は切り開けるはずである。
アスモも同様に攻撃をかわしながら、手を打ちあわせた。しかし肩に乗っている健吾がベルゼブブの耳を塞ぐ。そのせいで自分は幻覚にハマるが、主力であるベルゼブブが健在ならばまだ十分な脅威だ。正直、健吾はいなくても変わりない。そう思えるだけ、このベルゼブブという男は厄介だった。
彼は槌を振り回し、周囲を薙ぎ払い、それからつまらなそうにため息をついた。
「なるほどねぇ……確かにそれは厄介だ。僕の攻撃をちょろちょろ躱してね。全く、腹が立つ。暴食の悪魔だけに」
彼は一人楽しそうに笑ってから、槌を構えた。不要に突っ込めば間違いなく殺される。そう感じざるを得ないほどの気迫が放たれていた。
とはいえ、俺たちも負けるつもりはさらさらない。隣に来たアスモに頷きを返し、俺たちは時間差で突っ込む。アスモが先頭を歩き、俺がその数メートル後ろをかける。仮に大振りすれば、確実に俺は懐に潜り込める。逆に俺だけに狙いを絞ればアスモが言述を使用できる。
どちらにせよ万全な体勢――だったはずだった。
「ふんっ!」
「アスモッ!」
俺はとっさに跳躍し、彼女の体を抱きしめて後退した。その数秒後、アスモがいた場所に槌が振り下ろされ地面が陥没した。おそらく、あそこで突っ込んでいたら俺も陥没した穴に足を取られ、なす術もなく殺されていただろう。
ベルゼブブは小さくため息をつきながら、俺たちの方を見据えた。
「君たち、最初であった時と違うね。やっぱり、あれは偵察の意味合いが強かった……いや、違うね。アスモ。君、あの時より力に満ちているね。さては、自分の欲望を解放したのかい?」
「ああ。そうだ。けれど、彼は、孝臣はそれに負けない心の強さを持っている。欲に溺れた人間ほど醜いものはない」
「醜い? 冗談じゃない。最高に美しいの間違いだろう」
「かもしれないね。けど、それは最終的に破滅へと向かってしまう」
「だからこそ美しいんだよ。有限だから。僕たち悪魔は無限の生を持つ。だからそういうものに憧れを持つんじゃないか」
そこまでは黙って話を聞いていたはずのアスモが、急に笑い出す。その異様とも取れる光景に、俺もベルゼブブも唖然としていた。
一方でアスモは目尻に浮かんだ涙を拭いつつ告げる。
「ベルゼブブ。やはり君とは相いれない。もしかしたら君が一番悪魔らしいのかもしれないね」
「かもね。僕はたくさん美味しいものが食べたい。そのためならば、何でもする。アスモ。その点では君はもっとも悪魔らしくない。自分の欲望から逃げているから」
「ああ、そうだね。いや、そうだった。私は欲望から逃げていた。けれど、もう逃げない。私のパートナーが逃げないと誓ってくれたから」
ニッと、口角を上げるベルゼブブ。彼は殺気をどこかに置いてきた調子で告げた。
「へぇ。良いパートナーを持ったね」
「ああ、勝たせてあげたい」
「残念。僕もだ。健吾とはすごく話が合うんだ。だからこそ、彼のために尽くしたい」
そこまで言ったところで、両者は嘆息する。
「しょうがないね。孝臣。やるよ」
「おうよ。ぶちのめしてやる」
手甲を打ちあわせつつ、俺は構えを取る。すでにアスモも体勢を低くしており、いつでも駆けだせる姿勢を取っていた。
一方で、ベルゼブブも槌を腰だめに構えている。居合のようだ。
しかし、何かが引っ掛かる。何かもやもやしたものが胸中で渦巻いている。
これは何だろう。
「行くよ!」
颯爽と駆け出していくアスモ。俺は一瞬だが反応が遅れてしまい、棒立ちのままだった。
……けれど、それが功を奏したのか、いや、果たしてそう言っていいのかわからないが。
眼前で、ベルゼブブの体が巨大化していくのが見て取れた。筋肉が隆起していき、その体が化け物じみたものへと変貌していく。
それを見て、ようやく俺は違和感の正体に気付いた。
そうだった。まだ、ベルゼブブは自分の能力を見せていなかったのだ。
だからこそ、警戒すべきだった。しかし、できなかった。する余地がなかった。
アスモは急ブレーキをかけようとしていたが既に遅い。ベルゼブブはその剛腕を彼女へと振り下ろそうとしていた。
「アスモオオオオッ!」
俺は絶叫し、手を伸ばす。だがそれはほとんど爆発に近い破砕音によってかき消されてしまった。




