十四話目~終了~
飛び散る瓦礫から顔を庇いつつ、俺は後退し、窓の外へと飛び出した。だが、その後をベルゼブブは執拗に追いかけてくる。その顔には好戦的な笑みが浮かんでいた。
俺は隣をかけるアスモの方を見つつ、叫んだ。
「何だよ、これ! ふざけんな!」
「おそらく、同盟を組んでいたのだろう。完全な誤算だった……ッ!」
アスモは終始後ろを気にしていた。ベルゼブブと健吾は二人してこちらへと走り寄ってくる。しかし、奇妙なのはベルゼブブの持つ槌だ。
先ほどよりも、明らかに大きくなっているのである。槌のサイズは最初見た時よりも数割増しになっていた。おそらく、あれがあの武器が持つ能力。ひいては健吾が持つ能力だろう。
推察するに、叩けば叩くほど槌を巨大化させる能力。それは人の身には余る武器だが、扱うものが悪魔であるならば別だ。それは非常に強力な武器と化す。
対して俺の武器は手甲。能力は、単純な身体能力の強化。分が悪すぎる相手だ。
「アスモ! お前の能力を使え!」
「わかってるとも!」
刹那、アスモは両手を打ちあわせた――が、それとほぼ同時、ベルゼブブが地面に思い切り槌を叩きつける。直後、地面が割れ、また破砕音が轟いた。それはアスモの手の音を簡単に無効化してしまう。更にはその勢いを利用して増大した槌が壁となり視界を遮る。つまるところ、能力は完全に無効化された。
「クソ!」
俺は半ば毒づきながら、校舎の中に転がり込む。数秒遅れて、周辺の壁が吹き飛んだ。
こいつらは……でたらめだ。マモンなんかの比じゃない。
単純なまでの力。それに尽きる。しかも、今わかっているのは健吾の持つ武器の力のみ。まだベルゼブブは能力を発動していない。
一方で、俺たちの能力は完全に封殺されてしまった。そして、俺が単独で戦うというのも無理な話だ。悪魔相手に力で勝てるわけがない上に、こっちは俺がやられたらその時点でアウトだ。
しかし、ベルゼブブは違う。おそらく自爆覚悟で殴りかかってくるだろう。そうなれば俺がやられるのは必然だ。
幸いなのは、奴らがそこまで俊敏ではなかったということか。更に屋内に入ったせいで巨大な槌は大きく振り回せない。俺たちは引き離せてはいないものの、追いつかれるということもなかった。
けれど、このままじゃジリ貧だ。俺は舌打ちをしつつ後ろを見やる。二人は依然として追走を続けていた。諦める気はなさそうである。
そう言えば、制限時間は何時間だった? 三時間? ダメだ。まだ二時間しか経っていない。あと一時間以上逃げるとなると、それはキツイ。
――と、そこでようやく階段のある場所まで逃げてこれた。俺たちはすぐさま身を翻し、階段を二段飛ばしで上った。
「ッ!? 孝臣!」
ようやく二階に上がろうかという時、アスモが屋上の方を指さす。底を見て、俺は絶句した。
そこで戦っているのはルシファー。その眼前にいるのは、黒い獣のような生物。本能的に直感した。あれこそが、サタンだ。
遠目からでは分からないが、ルシファーは苦戦しているようである。その能力の特性上近寄ることはできないのかサタンはルシファーに当たる直前で何度か壁にぶち当たったかのように吹き飛ばされていた。
――いや、今は人の心配をしている場合じゃない。もう彼らはそこまで来ている。今は逃げるのが先決だ。
階段を上っている時に、アスモがふらつく。危うく足を踏み外しそうになったところで、俺はとっさに彼女の体を掴んだ。
アスモはすぐにフルフルと頭を振り、口を開いた。
「ありがとう、孝臣」
「いいから、行くぞ!」
そう言って前へと歩み出そうとしたところで――俺たちの眼前にあった踊り場が爆発した。そこから出てくるのは巨大な槌。それは天井に突き刺さり、それからしばらくして落ちてくる。
ああ、なるほど。道を閉ざされたのか、俺たちは。
当然のごとく、そこからは健吾と槌をそれぞれ方に背負ったベルゼブブが歩み出てくる。その顔には会心の笑みが浮かんでいた。
「いや、僕も甘かったね。最初からこうすればよかったんだ」
刹那、俺の体めがけて槌が飛んでくる。その瞬間、世界がスローになった。
……これが走馬灯というものか。
「孝臣!」
ぼんやりと諦観を抱いていた俺の体を、アスモが抱き寄せる。その数秒後、俺がいた場所を槌が通り過ぎていき、後ろにあった窓を突き破っていった。
背筋が凍る。全身の毛が総毛だつ。もし当たっていれば俺は死んでいただろう。そう思うとゾッとした。
「今なら!」
アスモが手を打ちあわせる。が、結果としてそれにかかったのは反応するのが遅れた健吾だけだった。彼はまるで何かを求めるように手を彷徨わせている。幻覚にかかっている証拠だ。
ベルゼブブは肩にいる彼を見ながら苦笑する。
「あ~あ~。健吾ってば。いい子なんだけど、ちょっとおっとりしているんだよね。ま、しょうがないか」
言いつつ、ベルゼブブはこちらに歩み寄ってくる。俺たちは階段を一歩ずつ降り、距離を取る。けれど、ベルゼブブは依然として飄々とした態度で俺たちを見据えていた。
やろうと思えばいつでも殺せる。そういうことだろう。
それでも来ないのは、健吾が正気に戻らないからか。こいつの力なら俺なんてすぐに殺せてしまう。だが、それはルール違反。とすれば、今こそが好機だ。
「アスモ! 逃げるぞ!」
「逃がさないよ!」
刹那、俺たちの頭上を飛び越えたベルゼブブが踊り場に着陸し、ニッと口角を歪めてきた。
俺たちの後ろには、大きな穴。そして眼前には、強大な敵。これで……終わりなのか?
――違う!
俺はアスモの体を抱き、穴の方に寄った。そうして、ぼそりと呟く。
「アスモ。頼むぞ」
「え……?」
俺はギュッと目をつぶり一気に穴へと身を投じた。直後、俺の体を襲う浮遊感。
俺たちの体はまっさかさまに地面へと落ちていく。
その後、ぐちゃりという何とも形容しがたい音とともに、俺の視界は黒く塗りつぶされた。




