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それでも俺は哭き続ける  作者: しゃぶしゃぶ
第一章 晃雄
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第五話 恋は盲目

 静寂が周りを包む。

 いや、啜り泣く嗚咽のような音を除いて。


「ひっぐ…えぐ…ごめんなさい…ごめんなさい…!」


 その音の主は、七美。

 晃雄が話をする前から既に目尻に涙を浮かべていたのだが、晃雄の最愛の恋人であった遊海が無惨にも死んだ事を話し始めた辺りから我慢出来なかったようだ。もう袖が涙を拭いすぎたせいでグショグショになっているのがこちらからでも確認できる。


 何となく、自分の話で七美を泣かせてしまったように感じた晃雄がその様子を見兼ねて慰めの、というよりは忠告のような言葉を投げ掛ける。


「その、何だ、前の事はもう気にしてねーから、あんまり泣くんじゃねーよ。じゃなきゃ俺が…」


 今にも泣いてしまいそうだ。

 口がそう動いたものの、その先はまるで蚊の鳴くような声で嗚咽混じりに呟いていて、至近距離にいる俺ですら聞き取りにくいレベルで静かに木霊した。


 それはそうだ。この物語の一番の被害者は晃雄なのだ。虐待による自殺という、自分の望まぬ形で、それも大切な人が、晃雄が止める事の出来ない状況で死んだのだ。晃雄は俺達と出会うまで、その自分にはどうする事も出来なかったという無力感や学力の低下による嘲笑、侮蔑などの視線から感じる劣等感、何故遊海の心情を察する事が出来なかったのかという後悔、その他諸々のどす黒い感情に押し潰されながら耐えてきたのだ。俺なら毎日涙を流して未だに引きこもっているかも知れない。或いは、悪いのが全て彼女の両親であると憎悪に目覚めて人の一人や二人、殺していたかも知れない。


 俺は、七美に喋りかけた時の晃雄の表情を見た。憎悪、憤怒、自責のような怒りを多分に含んだ感情と、諦念、やるせなさ、脱力感のような諦めを多分に含んだ感情との二種類の感情が混ざりあって、もはや筆舌に尽くせない程に顔を歪めていた。大人が会社の友好関係で上手くいっていない時に時折見せる憂鬱な表情でさえ、今の晃雄の表情に比べたら可愛いものである。


 七美は晃雄の声に顔を上げると、もう拭くことの出来る部分がない程に濡れた袖で無理矢理顔を拭った。


「うん、どうにか我慢する…。ありがとう」


 きっとまだ自分の非礼を自分自身が許し切れて無かったのだろう。だが、非礼をしてしまった人にもう泣くなと言われてまだ我儘に泣き続ける訳にはいかない、と七美は涙を止め、素直に感謝の言葉を述べた。


 少しの間、またも静寂が部室を包む。俺はそんな空気に耐えかね、言葉を発した。


「まあだから、出来るだけもう晃雄の前じゃ学力の話をしてほしくないってのを言いたかったんだ」

「…ちょっと違うよ、ひろちゃん」


 その言葉に意外な回答を示した七美に、俺は疑問をぶつける。


「ん? 何が違うんだ?」

「『出来るだけ』じゃない…、『絶対に』だよ。私はもう晃雄くんの前では、絶対に、必ず、どんな事があろうとも、勉強の話はしない」

「…そうだな」


 俺はその返答に安堵する。こいつはその言葉を信用するに足る人物である。一度決めたら曲げない。

 と、俺はふと部室の入り口付近の壁にかけてある時計を見る。


「…もうこんな時間か」

「え? うわっ!」

「やべっ、まだ帰る準備出来てねーぞ!」


 俺達はホームルームが終わって直後に七美を呼んで部室へ来たので確か4時くらいだった筈なのだが、話し込んでいるうちに気が付くともう6時をまわっていた。今は時期的に夏至が近く、夜の7時にも夕日を見ることが出来るくらいで、時間が経過しても大して暗くならないものだから気が付かなかったんだろう。

 ともかく、今は6時過ぎ。校門が閉まり、学校の設備が使えなくなるのが、うろ覚えだが6時半だったろうか。


 結構ヤバい。


「じゃあな、晃雄」

「もうお前準備終わってたのかよ裏切者!」

「言われる筋合いはないな」


 …のは晃雄だけか。


「お、おい、三ッ橋! お前まだ帰りの準備終わってないんだろう!?」


 うわ、こいつとうとう人に共感求めだしたぞ。

 だがもしかして、七美も…? いや、そんな訳がない…筈だ。

 そして、本人である七美は晃雄の剣幕に少し驚いて、それでも微笑みながら。


「えっと…ごめんね?」

「お前もか三ッ橋ぃ!?」


 告白を断った時のような返事に対し、ブル○タスに裏切られたメ○スのような絶望をあらわにする。

 俺は、そんな他愛もない会話に苦笑しつつ、もう先程のシリアスな空気は見る影をも残していないと思うと、今との温度差があまりに滑稽で思わず吹き出してしまった。


 ものは相談だ、というのをこれほど身に染みて感じた日は無かった。


 …………。








 ◆◆◆


 俺は、帰りの準備で遅くなっている晃雄を学校へ置いてきぼりにして、七美と二人で帰路についていた。

 京助、どうにかして帰さなかったほうが良かっただろうか。

 目の下辺りが、涙でほんのりと紅に染まっている。その絵になる表情に、あんな状況の後だと知らなければ京助だって胸を打ち抜かれるような錯覚に陥るのでは、と思った。

 そして早く結ばれてしまえ、このリア充どもめが。

 おっと、本音が。


 ともかく、部室でしたようなこれまた他愛もない話をしながら、帰り道に立ち塞がっている、ただ今赤信号状態の感知式信号のボタンを押した。ここの信号はこのボタンを押しておかないと、いつまで経っても変わることは無いのだ。

 だがそこはもう慣れ。昔からこの町に住んでいる俺達には、どのタイミングでこの赤信号が青信号に変わるかさえ分かってしまう。

 そうだな、後30秒位だろうか。


「あっ、そうだひろちゃん」

「何だ?」

「さっきの話の後にちょっと言おうとしてたんだけどね、言いそびれちゃった」


 25秒。


「ふーん」

「…な、何で聞いてくれないの!?」

「なんだそりゃ、俺はそんなこと興味ないから黙りこくってただけだ。それとも聞いてほしいのか?」


 20秒。


「うっ…。そりゃ、そうだけど…」

「はぁ…、仕方ねぇ。聞いてやるよ」

「何で上から目線なの!?」


 15秒。


「おーいお前らー!」

「ん、晃雄か」

「あ、ちょうど良かった」

「少しはゆっくり歩くとかしてくれよ…」


 10秒。


「晃雄くん、ひろちゃん。相談というか、頼みがあるの」

「俺達? ということは、プログラミング部としてか?」

「まあ、そうなるのかな」


 5秒。向こう側の歩行者用信号が青から赤に変わった。


「で、何だ? その頼み事ってのは」

「えっとね、ど、どうかこの私を―――」


 0秒。青信号になった。


「プログラミング部に入部させてください!!」

「…え?」

「…は?」


 俺達は、信号が青に変わった事も忘れて七美の言葉に耳を疑った。

 そして、ある程度の時差の後、驚嘆。


「「ええええええええええええええええええっ!!?」」

「二人して驚く程じゃないと思うんだけど…」


 まあ、少し芝居が入ったのは事実だが。

 それでも少しは驚いた。なぜなら。

 俺は咳払いを一つすると、続けた。


「俺達は構わんが…バレー部は良いのか?」


 そう、こいつはただ今現役バリバリのバレーボール部員である。七美がチームにどれだけの影響をもたらしているのかは知らないが、もうすぐ三年が引退をひかえるこの時期にバレーボール部を退部してこちらに入るとなれば、少しの叱責が飛び交うのは避けられないだろう。

 そう身を案じてかけた筈の忠告は、しかし「分からないの?」とでも言うような視線で返された。

 少し頬を膨らましている。


「もう、察しが悪いなぁ」

「どういうこった?」


 七美は俺がさっきした咳払いを真似るようにして、俺を指差す。

 いや、俺達か。


「あまりにひろちゃん達が鈍感だから、一つ格言を教えてあげるよ」

「「?」」


 二人揃って素っ頓狂な顔をする。

 そして七美は、恐らく誰が聞いても分かる理由として、だが今の自分の状況を考えるとふざけてんのかと言われるような、一つの格言を呈した。


「"恋は盲目"ってね」

「…なるほど、分かった。晃雄、お前も構わんよな?」

「別にどっちでもいい」


 俺達二人の許可はおりた。

 え? 京助? 知らんな。

 俺は七美に握手を要求するが如く手を差し出した。


「ようこそ、名ばかりのプログラミング部へ。歓迎するぞ」


 七美の表情が、俺の冗談でか入部への喜びでか綻び、俺の手を力強く握り返した。


「改めまして、これからよろしくです!」

「ああ」

「おう!」


 気付いた頃にはもう赤信号になっていて、夕日を見ることは出来なくなっていた。








 ◆◆◆


「なあ、晃雄」

「ん?」

「今回の事、"おせっかい"だって思ってるか?」

「いや? 別に。むしろこっちが感謝したい」

「そうか…。なら良かった」

タイトル回収できねえ…

どうも、作者のしゃぶしゃぶです。

とりあえず四話の部分が書きたかったので良かったです。


まだまだ不定期更新は続くかと思われますがよろしくお願いします。

次回は閑話休題として遊海と晃雄のイチャイチャを書く予定です。

一応休み明けの7日(日)には更新を予定していますが、あまり期待しないでください(汗

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