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それでも俺は哭き続ける  作者: しゃぶしゃぶ
三章 広樹/晃雄
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第十六話 明日が、楽しみだ

 俺はざわついた教室の様子を出来る限り目視せず、席についた。正直耳から入るそのざわついた雰囲気の情報も遮断したいところではあったが、急に訳もなく耳に手をあてがって渋い表情を浮かべる人間なんて、少なくとも常人ではない。


 ……こんな状況でも常人であろうとする俺の姿は、まさに滑稽の一言に尽きる。この学校においてプログラミング部所属というのは「変わっている」程度では済まされない。あからさまに変人であることを晒しているようなものだ。


 白鳥の群れに紛れ込んだ醜いアヒル。それが俺の立ち位置だ。


「おいこら、授業を始めるからそろそろ静かにしろー」


 永沢が手を叩いて自分に注目を集め、ざわめきを自然消滅させる。注目を集める時に手を叩くのは永沢の癖なのかもしれないが、随分と便利なものだ。


 俺も周囲に(なら)って授業の用意を進める。今は誰もが永沢に目を向けているので、目を盗んで隣の席の女子から次の授業の科目を確認する。


(国語、それも現代文か……。宿題し忘れたな)


 漢字の練習なんて、きょうびペンも鉛筆も握ってなかった俺がやっている訳がない。


 ふと、視線を感じた。


「あ、あの……っ」


 さっき見た女子生徒と同じ方向からその声は飛んできた。その今にも息絶えそうなか細い声は、聞いたことあったようなと脳を掻き乱すに足るものだった。


 俺は視線を合わせ、ようやく気付く。教室に入る前、肩をぶつけてしまった人物。


 須藤さんだ。隣の席だったのか。


「ん?」

「あ、ひぇ、えと、その」


 大抵どもるというのは人を苛立たせるような煽り行為の部類に入るものだが、須藤さんからはその鬱陶しさを感じさせなかった。むしろ、板に付いているまである。そんな印象だ。


「や……っぱり、なんでもない、です……」

「そ、そうか」


 そう言って須藤さんは自分の席へ向きを正し、先生の話に耳を傾け始めた。ミドルロングの黒髪の隙間から覗いた耳は、ほんのりと赤かった。


 俺は暫しその妙な空気に呆然としていたが、黒板とチョークが生み出す鋭い音で我に帰る。


「――――」


 永沢が雑談と共に黒板に字を書き出すと、周りから各々のタイミングでシャーペンをノートの上に走らせる音が聞こえる。そこに混じるペンとの切り替えの音や、消しゴムを擦らせた反動による机の振動の音。普段気にしない筈のそれらは、まるで俺だけが石膏像であるかのような無機質な錯覚を押し付けてくる。俺だけが異質なような、そんな錯覚。


 錯覚を錯覚と思い込みたくて、俺は机に張り付いて文字を一心に写した。周りと同化していたかった。未だ、調和性とか協和性とか協調性とか、そんなものを欲しがっていた。


 何やってんだろう、俺は――


「ね、ね。高崎くんさ」

「……?」


 俺の記憶は、この辺りから(もや)がかかり始めた。








 ◆◆◆


 授業、だったんだろうか。気付いた時にはチャイムが鳴り終わっていた。


 後ろの席の人から声を掛けられてから、その勢いは最早怒涛の一言。俺の趣味を聞くやいなや、俺に絵を描くように求めてきて、それから授業は中断された。周りの人が俺の趣味で楽しみ、永沢でさえ仕方ないかと肩を竦めて授業の中断を了承した。


 あまりに慣れてなかったので、記憶が薄い。曇りガラスを通して記憶を見つめているような、輪郭のない記憶。それでも、今までにない感情だったのは覚えている。


 楽しい、嬉しい、面白い、ドキドキする。そんなものから、話が出来ているとか、虐げられてないとか、過去の鏡の中を生きているような気持ち。


 俺は、このクラスでやっていける。初めてそう思えてしまった。


「高崎ー! また明日なー!」

「はいよ」


 挨拶はしてもされても気持ちが良いんですよ、と通俗的に先生が言っていた事に初めて共感した感心を胸に、俺は一日を終えた。


 明日が、楽しみだ。








 ◆◆◆


 俺は咄嗟の事で頭が回らなかったが、後に考えてみることにした。それは、須藤さんとの最初の、いや、二番目になる会話の事だ。


 呼び出しておいて〝やっぱり〟何でもないと口にするのは、本来なら何かがあったことを意味しているのだ。何かあの場では言いにくい事があったのかもしれない。


 その辺りの機微への配慮の疎さには頭一つずば抜けている俺は、その事を反省して後日改めてその意味を聞こうとして。


 それを知る機会は、図らずとも然るべくしてやってきた。


 それは、放課後のこと。


「お、ひろちゃん来たか」

「……須藤さん?」

「ッ、は、はいっ……」


 プログラミング部の、部室にて。

投稿期間縮められるとか思っていた時代が私にもありました。

どうも、しゃぶしゃぶです。

恐らく次も気まぐれで出します。

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