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それでも俺は哭き続ける  作者: しゃぶしゃぶ
三章 広樹/晃雄
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第十五話 晃雄が、悲しむじゃないか

「今日からこのクラスに編入、じゃなかった、入ることになった、高崎広樹と言います。よろしくお願いします」


 良く言えば凡庸、悪く言えばありきたりな挨拶を壇上で言い、軽く一礼をしかけたところで、クラス全員の俺に向ける視線が訝しげに揺れた事に気付く。拍手も起きない。


 何か俺の挨拶におかしな点があっただろうか、せっかく幾度も心の中で推敲を重ねて余計な部分を削除したつもりだったのに、無愛想な奴らだな、と心で嘆いて、ふと思う。


 ああ、またか、と。

 お前なんか認めやしないぞ、と。

 存在が気持ち悪いんだよ、と。


 言外にきっと、皆が俺をそんな心持ちで見ているのだ。


 確かに、留年したというのは随分な肩書きになる。余程の事を起こさない限りそれは一般的に下されることの無い処罰だ。そんな不良の代名詞のような処罰を受けた人間の大半は碌な奴じゃない、という判断はむしろしない方がおかしい。

 それに、その評判の悪さはここに来るまでにはっきりと体感した筈だ。


〝その話題の最後あたりは、大抵が、笑い声で締められていた〟のだから、きっとこれから良好な関係を築こうとするだけ無駄なのだろう。


 無意味な期待と希望、微かな熱情が溜め息に溶けて逃げていく。そのついでに気持ちの全てが抜け出てしまえばいいと思ったのに、憂鬱な気持ちだけが上手く溜め息に溶けてくれない。温かい感情だけがするすると抜け落ちて、息が苦しくなる。


 そうやって今後を嘆いていると、俺の横から声が上がる。


「あのー、高崎君」

「はい?」


 ああ、先生まで俺を疎むんだな。いいとも、いいともさ、実際俺は取っ付き難い生徒だしな。この際「お前なんか面倒臭いだけなんだよ」ってはっきり言ってくれた方が――


「それだけ、ですか?」

「――え?」

「いえ、もっと趣味とか色々あるかなーと思ったのですが……」


 俺はその想定外の言葉に面食らって前を見渡す。

 すると、ちらほらと先生に同意を示すように頷く生徒が見えた。ああやって先生の話にしっかり耳を傾けていることを周囲に明言するかのように頷く生徒は、俺の元クラスにもいた。


「そうですね、では趣味と部活を言ってもらいましょうか」


 先生はわざとらしく手を鳴らして提案する。当たりどころが良かったのか快活な音が教室に響いて少しびっくりすると、先生は「ああ、すみませんね」と言って俺に先を促した。


 俺は少し拍子抜けし、趣味を素直に口にしようとして、気付く。


 また、俺は蔑まれるのではないか。異端者(コミュ障)として、異端者(オタク)として、異端者(プログラミング部)として。


 逡巡。今後の関係と自らの本心を天秤に掛けられたような、そんな感覚が俺を襲う。

 ここで嘘を付けば、これからさぞ楽しい青春を謳歌できるのだろう。もうあんな裏切りの連鎖に付き合う必要も無くなるし、その方が将来も明るいのではないか。


 俺は――


「――趣味は、絵を描くこと。部活は、プログラミング部です」


 迷わず、そう答えていた。


 頭にふと浮かんだ人物が、俺の逃げの心に歯止めを掛けてくれた。


『んな訳ねーだろ、あんなクズの溜まり場に未練もクソもあるか! ちょっと漢字のページぱくってただけだっての!』


 皮肉にも、高橋の言葉が一言一句違わず頭に蘇る。まだ俺達の仲に亀裂らしい亀裂が存在していなかった頃だと、そう記憶している。


 では例えば、俺がここで嘘をつく。趣味だって音楽のように普遍的な事を述べ、部活もまだ入っていないと言った後でプログラミング部を退部し、名実共に帰宅部になったとする。


 するとこの後はどうなるだろうか。


 高校生の日常会話の大半を占めるのは、何かに対する愚痴だ。その対象は先生然り、噂然り、忌むべきもの然り。そういったテーマの下に話し合い、共感を得た者同士が所謂〝友達〟になるのだ。

 この理論に基づき、周囲の者達は周囲を躊躇いなく汚していく。馬鹿にする対象を増やして、他の人が馬鹿にしている対象と一致しやすくなるように。話が合うように。友達になれるように。


 まるで、高橋のようではないか。


 俺は高橋のような人生を歩みたかったのか。

 ただただ友達がたくさん欲しかったのか。

 昼のドラマのような汚い関係でもいいから、とにかくたくさんの友達を。


 答えは否に決まっている。


 とまあ、ここまで入り組んだ考えを孕んで、今に至る。――と、言いたいところだが。


 一瞬で閃いたのは、ほんの単純なことだ。


(晃雄が、悲しむじゃないか)


 その時点でもう迷いはなかった。


 俺はざわめき出す教室を余所目に、明らかな諦念を滲ませて空いた席に付いた。どこか畏怖の感情を漂わせた視線を送ってくる周囲のせいで、隣や近所の席の顔は、見れそうにもなかった。







 ◆◆◆


 ――俺は、心を傷めることに慣れ過ぎていたのかもしれない。心が傷むというのは、それよりいい状況が必ずしもあるからそう感じる訳で、独立しているように見えて実は相対的なものである。


 飴と鞭は、飴があるからこそ鞭が映えるのだ。


 そんなことに気付きもしないで、ただただ自分を傷付けていた。そのせいで、俺は。


 ――あんな事件を起こしてしまったのだろう。

どうも、しゃぶしゃぶです。

実生活の鬱憤がそろそろ溜まってきたので、小説に書き出していきたいところです。


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