第十二話 俺は、ひろちゃんの友達だ
――暗い。何もかもが、黒く染まって見える。
――京助、晃雄、裕也の四人で、夢について大いに語り合ったあの過去も。
――西野、晃雄、三ツ橋の四人で、雑談に花を咲かせていたあの現在も。
――※※が、ただ一人佇んで寂しそうに蹲るあの未来も。
『近寄んじゃねぇよ、このクソオタク共が!』
『何でひろちゃんは変わっちゃったの!?』
『京ちゃんは悪くない! 悪いのは――』
――いつから、こうなってしまったのだろう。こんなにも、拗れてしまったのだろう。
――結局俺は、黒に染まったこの世界を無為に生き続け、無残に――
言葉は、続かない。
◆◆◆
一年。いや、この場合はぴったりという意味ではなく大体という意味だ。
俺はあの後、どうやら晃雄が呼んだ救急車に運ばれ、一命を取り留めたらしい。だが、状態はほぼ植物状態に近く、いつ目覚めるか、そもそも目覚めるかどうかでさえ定かでない容態だったようだ。
そんな俺は今日、奇跡的に目覚めた。いや、自分では奇跡という実感は湧かないのだが、医者に聞くならく、だ。医者からの賛辞を一身に受けての俺の反応は、「ああ、はい」だった。少なくとも褒められる立場の人間がする態度じゃない、と折角褒めてくれている医者に対してどこか申し訳なく思う。
そんな、現実を直視しきれない俺を支えてくれたのは。
「ああ、晃雄か」
「おう。目覚めはどうだ?」
「とりあえず大丈夫っぽい」
「そうか」
残された最後の親友、木下晃雄、その人だ。
両親が色々な手続きをする傍ら、晃雄がマッサージなどの筋力衰弱の防止から清潔面の至るところまで一役買っていてくれたらしい。
晃雄が来たので、適当なパイプ椅子に席を促す。
「ありがとうな、晃雄」
「いや、それはもう聞き飽きた」
開口一番、最近のご定番にもなりつつある感謝の言葉だ。
俺のメンタルケアでも晃雄は精を出してくれた。起きた直後、俺は自殺しきれなかった絶望と羞恥から周囲と距離を置きたがった。それにめげずに対応し、俺の心をほぐしてくれたのも、紛れもなくここにいる晃雄だ。お蔭で今は精神も安定し、落ち着いた病棟生活を送っている。
晃雄は俺にとって、肉体的にも精神的にも命の恩人であり、心の拠り所なのだ。
「……」
「……」
気不味い静寂が背中を擽っているような気がして、少し身震いした。背中は弱いのだ。
「……俺は、お前に引け目を感じていたんだ」
晃雄にそう切り出される。先程の沈黙も相まって、場が厳かな雰囲気を醸す。
「俺は、あの時裕也に殴られて気絶していた。だからあそこで何があったか、何を体験したかと言われても答えられんし、どんな話があったのかも知らない」
晃雄はそこで一呼吸置く。俺はその間に時計を見ようとしたが、何故だか目が離せなかった。
「だから、俺達の間には変な溝というか、そんなものだけが残った。お前の様子を京助達は気にも留めず、俺が誘っても拒否してきた」
京助達、というのは、三ツ橋も含めての事だろうか。名前を思うだけで、精神の正常な部分を脳がかなぐり捨てていく。
お前をあまり悩ませたくないのは山々だ、すまないとも思っている。晃雄はそう前置きして、咳払いを一つ。
「――何があった?」
「ッ」
俺はそれを出来るだけ機械的に伝えようとして、咄嗟に催した吐き気に無駄と悟る。
「ーーあいつらがっ!!」
高橋が憎い。今更俺らの関係をぶち壊しにきた高橋が憎くて憎くて仕方がない。西野が憎い。俺らに同調しておきながら結局周りのクズ共に抗うことも出来ず俺を貶めた西野が憎くて憎くて仕方がない。三ツ橋が憎い。結局恋のためなら慈悲とか慈愛とか情愛なんてもの全部切り捨てて京助に縋り付く三ツ橋が憎くて憎くて仕方がない。
高橋が憎い、西野が憎い、三ツ橋が憎い、高橋が憎い、西野が憎い、三ツ橋が憎い、高橋が憎い西野が憎い三ツ橋が憎い高橋が憎い西野が憎い三ツ橋が憎い高橋が憎い西野が憎い三ツ橋が憎い高橋が憎い西野が憎い三ツ橋が憎い高橋が西野が三ツ橋が高橋が西野が三ツ橋が高橋が西野が三ツ橋が高橋が西野が三ツ橋が高橋が西野が三ツ橋が高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋高橋西野三ツ橋――――――
ニクイ。ただ、ひたすらに、ニクイ。
「――そうか」
その声にはっと我に返ると、俺は晃雄に全てを話し終えていたようで、晃雄は妙に湿気の多い溜息を零した。
そんな晃雄の表情は、戸惑いに歪み、憂いに満ち、悲しみに打ちひしがれている。
「だから、あんなことを……」
「うん?」
「いや、何でもねーよ」
そういって晃雄はその表情を反転させて笑う。だが、俺にはその笑みがひどく諦念を纏った、空元気から出るそれに見えて、俺はその不快感に思わず顔を顰めた。
それを更なる憎悪を膨れ上がらせたとでも勘違いしたのか、晃雄は俺を――。
「大丈夫だ」
「ぅお――」
柔らかく、温かく、それでいて強かに抱きしめた。
「おい、急になんだよ」
「俺は、ひろちゃんの友達だ……!」
語尾に途轍もない力が篭ったのと同時に、俺の体を包み込む力も更に強くなる。
だが、そんな力強さに反して苦しくなるようなことはなく、ただ心の温かみと安心感にも似た熱を体が帯びていく。ストレッチ、伸び、欠伸をした後とかの感覚、脱力感とも言えるかもしれない。
ああ、俺、疲れてたのか。
「ずっとずっと、友達だ……!」
「……おう」
「こんなこと言われるの、辛い思いしたひろちゃんにとっちゃあ不本意かもしれねえけどよ……!」
「……おう」
「生ぎでてぐれで、本当に、ありがどう……!!」
俺の肩に置かれていた晃雄の頭が、途端に熱くなる。急激な変化に人間は弱いもので、事態を確かめるためにそこに視線を落とすと、僅かに染みのできた病衣。
「……お゛う!!」
それを見た途端、全身を駆け巡っていた熱が俺の目頭へと一気に集中して、その奇妙な感覚に意図せずしゃくり上げたような声を発してしまった。
「泣いでんのがよ、情げねぇな……!」
「うるぜぇ、お前ごぞよ……!」
お互いの肩を濡らしつつ、俺達は何とも張り合いのない軽口を交わし合う。
この胸に宿る安らぎの源に、万感の思いを込めて。
◆◆◆
僕はこの時、戦慄を覚えていた。
まさかこんな短時間に、僕の大切な人が消え去ってしまうなんて。
犯人は、同じ教室にいたあいつに違いないだろう。権威で脅したか、上手く誘い込んだか、待ち構えていたか、まあ、そんなとこか。
僕は行方の知れないその人の名前を知らず知らずの内に呟き、辺りを宛もなく彷徨う。
「――七美」
――地獄は、まだ始まったばかりだ。
どうも、最近勢いが乗らなくなってきました、しゃぶしゃぶです。
次回はできれば早めに上げたいと思います。
評価、感想、ブクマなどよろしければお願いします。