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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から闇が見えた(最終話)
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拝啓 闇の中から闇が見えた(Cパート)


 誰もが居場所を探している。

 レドという男も、居場所を探して彷徨ってきた。母親は亡くなり、父親──サヤはすでに去った。幼い彼にできたのは、父親の影を追う事だけ。

 村や街を渡り歩き、殺し屋として様々な依頼を請け負い、いつしか一本傘と呼ばれるようになっていても、彼は孤独であった。寄り添う者はなく、友人もなく、恋人もない。

 それが、彼にとっての人生であった。孤独と仕事のみの人生に、疑問を持たずに生きてきた。だが、人間とはそれだけでは生きられない。喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。ふとしたことから足を踏み入れた断罪人の世界は、そうした感情に否応なしに近づかなくてはならなかった。

 レドはいかに自分がそうした感情を避けていたかを知ることとなった。自分だけでなく、他人の感情へ寄り添うことは、自分と自分以外の他人が、そう変わらぬ存在だと気づくきっかけともなった。誰しも怒り、哀しむのだ。そしてそれを止める権利は誰にもない。ほかならぬ自分自身にも。

 南地区を斜めに横切る水路のへりに座り込み、静かに流れる水の音を聞く。色街遊びや酒に博打、一通り暇つぶしを試してみた結果、彼が趣味と見出したのが、こうした精神統一めいたものであった。水面はきらきらと輝く。しかし今はその輝きが目に入ってこない。

 父親との再会はショックだった。

 彼には分かる。おそらく恭順の意を示さねば、サヤは断罪人をすべて見つけ出し殺すだろう。そしてその次は自分だ。殺し屋同士、考えることなど手に取るようにわかる。

「……シケた顔して、どうしたんです」

 後ろからかけられた声にも、レドは反応しなかった。

「二本差しの旦那かい」

 憲兵団所属の証である、白いジャケット。腰に帯びた二本の剣。彼もよく知る憲兵官吏。

「憲兵団の本部に戻りましてね。……あんたの手配書が配られてるみたいですよ」

 ドモンはため息交じりにそう言った。ヨゼフ新団長はどこからか手に入れた情報で、国土開発局局長と筆頭官吏のメルヴィンを殺害した犯人の情報を手に入れたと全憲兵官吏に発表した。まだ合同捜査本部すら置かれていないのにも関わらず、だ。何かを掴むにしても早すぎる。

「あんた、リッチマンにハメられたんですよ」

 リッチマン。父親の支援者。水面のきらめきがはじけて闇に還る。

「……それで? 俺を捕まえて手柄にでもするのか」

「悪くないですね。もしかしたら、筆頭官吏になれるかも」

 ドモンはへらへらと笑いながら、レドの隣に座る。転がっていた石を拾い、水面へとぶつける。激しい波紋が産まれてやがて消えた。

「……ですが、憲兵団内部にもリッチマンの息がかかってる以上、あんたを捕まえて拘置所にぶち込んでもなんの解決にもなりゃしません。下手すりゃ僕も殺されるかも」

「じゃあどうする」

「殺します」

 レドは動かなかった。ドモンも言葉を述べるだけで、腰の剣に触れようともしなかった。

「断罪人が死ねば、狙うやつらもその理由を無くすでしょう。つまりイヴァンからあんたとアリエッタさんが消えれば、断罪人が存在した証拠はなくなる。……言っときますけど建前上の話ですよ」

「甘い見通しだな。それに、あんたとジョウはどうする」

「あんたが誰かにゲロってりゃ、確かに甘い見通しでしょうがね。僕は役人ですよ。いくらでもごまかしが利きます。つなぎ屋はいくらでも顔を変えられますしね」

 レドも同じように石を拾い、水面へ落とした。きらめきがはじけて、また消えた。

「この件で動いてるのは仕討屋。……親父が作った暗殺ギルドだ」

「なんですって」

「リッチマンは、そいつらを支援してた。どうやら俺たちを全員殺して、『後釜』に座るつもりらしい。それにやつは行政府にいくらでも顔が利くらしいな」

 行政府の黒幕が、経済だけでなく人の命まで握る。それは表の世界だけでなく、裏社会における絶対的な手駒を得たことを意味する。誰しも、命に代えられるようなものなど持ってはいない。どのような『お願い』も通せるだろう。

「二本差し。あんたの言う通り、俺は仲間の事を喋っちゃいねえ。……だが時間の問題だ。いずれ俺たち全員を見つけ出す。それに親父は、大陸中に殺し屋を抱えてるらしい。ごまかしても脱出させても、いずれ殺しに来るぞ」

「……冗談キツいですよ」

 ドモンは無理に笑って見せようとした。レドはいつもの鉄面皮だったが、その眼の奥の意をドモンはくみ取り、やがて笑うのを辞めた。

「俺がそんな冗談を言うと思うか」

 ドモンの脳裏にアリエッタの姿が浮かぶ。彼女は迷惑をかけまいと一人で去っていった。自分がそう指示したのだ。今晩中に闇夜に紛れて帝都の外へ出るだろう。だが、それが彼女を地獄に突き落とすような判断だったとしたら。

「……俺は問題ない。親父は俺以外の断罪人を消して、俺を幹部に据えたいらしいからな。……そんな気はないが……殺すつもりなら最後だろう」

「アリエッタさんは、仕討屋に襲われて怪我してんですよ」

 レドは立ち上がって、黒い着流しについた埃を払う。ドモンに背を向け、傾き始めた日が作る影へと足を踏み出す。

「二本差し。……なら俺は行く」

「……どこへ」

「アリエッタの所へだ。まだ間に合う。……俺は彼女を見捨てるつもりはない」

 ドモンも立ち上がろうとした。レドが着流しの右袖から鉄骨を滑るように取り出し、ネクタイピンを左手で羽に変形させ合体、虚空に向かって投げたのは、ほぼ同時であった。

 市松模様の羽が影の中に浮かぶ。ゆっくりと倒れていく影。眉間を鉄骨で貫かれた男。レドはすばやく血染めの鉄骨を引き抜いた。見張られていたのだ。

「これが仕討屋へ出す俺の答えだ」

「傘屋……」

「俺たちは、もう戦うしかねえんだ」

 闇の中へレドの影が消える。逢魔が時。傾き始めた夕陽。光の炎の中に、影が溶けていく。ドモンはその影に何も声をかけられず、ただただ立ち尽くしたままだった。





 男女の遺体を用意して、死を偽る。その間にレドにアリエッタを脱出させる。断罪人は死んだ。もういない。そう噂を流せば、命だけは助かるかもしれない。

 ドモンが立てたのは、そうした作戦であった。確実に顔の割れている二人を隠蔽、脱出させ、身を偽ることが簡単なドモンやジョウはあえて帝都を離れずこれまで通り暮らす。

 ジョウは夜の街を歩く。念のために顔を隠せるような大き目のつけひげでメイクし、行商人を装っている。目的は、アリエッタの元へ行くことであった。

 作戦はそれらしいものだ。ジョウ自身、ドモンの判断に異論はない。ここで一気に逃げ出せば、見つけ出してくれと言っているようなものだからだ。だから、アリエッタやレドの死を演出しつつ、ひそかに脱出させれば時間も稼げる。

 理屈はそうだったが、ジョウはそんな理屈を置き去りにしてでも、彼女に何かできることをしてあげたかったのだ。孤独な、愛に飢え続けた彼女を、ただ一人帝都の外へ放り出すなど、あまりに無体と言うものだ。

 ドモンに真意を話せば、殴られてもおかしくはない。状況を分かっているのかと言われても文句は言えまい。

「シスター!」

 息が切れる。既に日は落ち、人通りはまばら。裏路地を抜けつづけたのだろう彼女の背中を探すのは骨が折れたが、目の前に彼女の姿はあった。南地区。四分の一の賭けに、ジョウは勝った。目深に被ったフードでも、彼女の巨体を世界から隠すことはできなかった。

「……あなたは」

「シスター。どうか旅の安全を祈らせて頂けませんか」

 ジョウは紙の包みを彼女に差し出した。赤渦を巻いた悲し気な瞳が、その包みを見下ろしていた。もはや二人には、名前を交わすことも許されない。それでも──アリエッタは手を伸ばし、包みを手に取ろうとしたその時であった。

「ガァッデム!」

 突如、ジョウの体が宙に浮く。首根っこを引っこ抜かれ、屋根の上に引きずりあげられたのだ! ジョウは三日月を背に立つ巨漢の姿を見る。目元を木製遮光器で覆った、神父姿の男の姿を!

「お前の事ならなんだって知ってるぜ。屋根の上なら全力を出せるらしいなオラ。倒せるか、俺を?」

 アリエッタは哀れな行商人を──唯一彼女に残った感情を預けた男を見る。彼がいなくては、アリエッタが人間でいられたかどうかわからない。そして今ここで救えなければ、彼女は彼女が殺してきた『化け物』と同じになってしまう。アリエッタは苦労して四角い屋根の上へと上がった。黒き神父──ブラックはジョウの首根っこを掴んだまま佇んでいたが、アリエッタが昇ってきたのを確認し、両手を構えた。

「腕は治ったか、ア?」

「……いいえ」

 彼女の体を覆っていたフード付きマントが宙に舞う。痛々しく包帯が強く巻かれた右腕はほとんど上がらない。

「弱い奴を殺してもまるで面白くねえ。……俺はな、強く生まれすぎたのよ。いつかどこかで俺が手こずるような野郎と出会えると信じて、殺し屋をやってきた……」

 ブラックは残虐な笑みを浮かべていった。対峙するアリエッタには分かる。そう言って、自分より弱いものを殺してきたのだ。金と引き換えに、それが自らの使命であると信じて。まさしくこの目の前にいる男は、自分の裏そのものなのだ!

「ガッデム! 俺を楽しませてみろオラ!」

 言うが早いが、ブラックは低空から鋭く蹴りを入れた! アリエッタは左手でそれを弾き、そのままブラックののど輪に手を叩きこむ! 勝負ありかと思われたが、握力が足りない! 仕留めきれず、虚を突かれただけのブラックは左腕をつかんだ! 自分より数倍の握力が、アリエッタの左腕の骨を砕いていく! 悲鳴を噛み殺そうとして、アリエッタの奥歯が砕け口端から血が流れる!

「期待外れだな、ア?」

 容赦なくブラックは脛を蹴り、アリエッタを跪かせる! そして再び鋭い蹴りケンカキック! とうとうアリエッタは、うなだれたままその場に座り込まされてしまった。

「弱いぜ。……お前もそう思うだろ」

 ジョウは、目の前の光景をどこか信じられずにいた。アリエッタが負けた。両腕を砕かれ、戦意を奪われた彼女など、今まで見たことも無かったし考えたことも無かった。ブラックは殺し屋だ。彼女に完全なとどめを刺すだろう。しかし、断罪人であっても殺し屋ではないジョウに、それを防ぐ方法など何もない。

「さて、あとは順番の問題だな、エエッ? ……いや考える前から、もう決めてんだ。お前も、断罪人だろう? ……言わなくても、反応からわかってんだよ、オラ」

 ブラックはジョウの前髪をつかみ強引に立たせながら言った。ジョウは自分の中からすべてが抜け切ったように感じていた。アリエッタも、自分も殺される。そしていずれ、レドや、ドモンも。自分たちのあがきなど、何もかも無駄だったのだ──。

「まずはお前からだオラ! 覚悟しろ!」

「アリー……」

 ジョウは友人の名前を口にした。かけがえのない、友人の名を。

「ボソボソ言うんじゃねえ!」

 影がゆらめいたような気がした。既に片方しか機能しない、赤渦を巻いた瞳が燃え上がる。友が呼んだ名が、愛する者の声が、アリエッタを地獄の一歩手前から呼び戻す!

「死んでなかったか、オラ!」

 どこか笑みを見せながら、ブラックは両拳を握りしめつつ振り向く。その直後、砕けたはずのアリエッタの右拳がブラックの頬に叩きこまれた! たたらを踏んだ彼に今度は左拳! 遮光器が砕けると同時に、アリエッタの左拳もまた砕ける!

「アリー! 君は……!」

 ジョウ。呟いた声が聞こえたかどうか、アリエッタにはわからない。ブラックの右拳が、アリエッタの頬へ叩きこまれ奥歯が粉砕! 同時に、アリエッタの右拳の骨が砕けながらブラックの頬骨、鼻柱、前歯を全て砕き、彼の巨体を宙に浮かせ屋根の上へと転がらせた!

「アリー……」

 まるでゼンマイ仕掛けのおもちゃが切れたように、アリエッタはその場に腰を下ろした。血まみれのシスター・アリエッタへと、ジョウは駆け寄る。いつのまにか彼は涙を流していた。生きている。

「……良かった」

 アリエッタは血まみれの顔、あざだらけの顔でそう笑った。傷だらけの聖母。ジョウを押しのけて、彼女は弱弱しくなおも立ち上がった。

「ジョウ、私は大丈夫です。……屋根の上から落ちでもしたらことですから、はやく……」

「君もおりるんだよ、アリー」

「私は慣れていますから……」

 ジョウは屋根伝いに地上へ降りる。見上げると、アリエッタの影が見えた。どこかその影は大きく見えた。三日月に雲がかかり、あたりが暗く様子が見づらい。

 アリエッタの背中に、ブラックの姿が重なっている。

「……まさか!」

 直後、ジョウの顔に水滴が落ちる。雨が降っているわけもないのにと拭うと、妙に粘っていた。血だ。

 彼女はブラックを突き飛ばした。腹にナイフが深々と突き刺さっている。これではもう助からない。

 殺さねばならない。ジョウを生かすために。しかし両拳はもはや使い物にならない。おまけに手負いの殺し屋であるブラックに、油断などできない。

 彼女は愛した友の姿を見下ろし、微笑んだ。それは覚悟の証であった。自らの使命。神に仕えたとて、神は慈悲無き存在であった。だから彼女は悪党どもを慈悲無き世界へと送り込んできた。それが一番恐ろしいことだと、彼女は信じていたからだ。

 その世界に、私も逝く日が来たのだろう。

 アリエッタはブラックに正面から組み付き、もはや使い物にならぬはずの拳で彼の巨体を担ぎ上げた。天空に伸びるブラックの足。そしてあろうことか、彼女はそのまま屋根から地面に向かって倒れ込んだ。

 これぞ現代で言うブレーン・バスター。満身創痍の彼女が見せた、最初で最期の技。ブラックは叩きつけられ、全身の骨を砕かれ息絶えた。そして、ともに地面に叩きつけられたアリエッタも、全身から血を流していた。

「ジョウ、アリエッタ!」

 夜空に声が響く。ジョウが振り向くと、そこにはレドの姿があった。遅かった。アリエッタは死を覚悟で仕討屋に挑み、命を落とそうとしている。

「ジョウ……怪我は……?」

「ない……無いよ……」

「そうですか……なら……良い……の……です。レドも……そばに……いるの……ですね……」

 彼女の瞳から、狂気に近い炎が失われていた。もはやその眼に光を宿すことはないのだろう。レドは返事がわりに、砕けた彼女の拳に手を添えた。

「ドモン……さんに……申し訳ないと……」

「俺が文句を言わせない」

 レドは強く言った。アリエッタはそんなレドに微笑みかけたような気がした。彼女は何の呪いも、祈りも、願いも残さなかった。ただ感謝と謝罪を述べ──この世を去った。後には男たちの悲しみと──怒りだけが遺った。

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