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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から闇が見えた(最終話)
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拝啓 闇の中から闇が見えた(Bパート)




 ドモンはだらだらと寝込んでいた。

 たまの休日くらい、何もせずに寝続けていたい。実際にそうして眠りこけていることも多い。何しろ憲兵官吏という仕事はとにかく体力を使うものだ。

「あなた。起きてください」

 揺り動かされる体にドモンは眠い目をなんとか開こうとする。無駄なあがきだとすぐに閉じてしまった。どうやらティナが起こそうとしているらしい。

「……いったい何だってんです? 今日は休みでしょう?」

「お兄様、玄関にこのような投げ文が入ってきたのです」

 ティナと同じ、寝間着姿のままのセリカが、その手紙を差し出した。眠い目を何度もこすりながら、ドモンは苦労してその手紙を読み始めたが、直後、ぐしゃりとそれをつぶし、ごろんと寝転がってしまった。

「なんです。ただのへんな広告じゃありませんか」

「そうなのですか?」

 ティナが訝しんで言うが、ドモンは取り合わなかった。

「最近、こういうわけのわからない文面だけ書いた広告が流行ってんですよ。紙の無駄だってのわかんないらしいですね」

 妹と嫁が首を傾げながら顔を見合わせるのを見もせずに、ドモンは再び寝転がる。自室から気配が消えたとたんに、もう一度手紙を開いてみた。

『つなぎをつけたい すぐに』

 走り書きのようなそれに、ドモンはこれを書いた者──まず間違いなくつなぎ屋のジョウだ──の焦りを感じ取る。

 何かが起こったのだ。それも緊急事態に近い何かが。ドモンはのそのそと立ち上がり、休日用のグレイカラーの着流しを身に着ける。腰には剣を二本差す。休日でも彼は剣士である。

「ちょっと出てきますよ」

「あなた、いったいどちらに?」

 ティナはどうやらブランチの準備をしている最中であったようで、洗い物で濡れた手を拭きながら言った。

「たまの休みですからね。寄席に行ってくるんですよ。二代目キョウタロウってのがなかなかいい噺をやるんです」

「そうですか。お気をつけて」

 普段ならば嫌味の一つでも飛びそうないいわけであったが、ティナはふんふんと鼻歌交じりにキッチンへと戻っていった。セリカからも追及は無い。なんだか不気味ではあったが、とまれドモンは教会へと急ぐのであった。



「こりゃ、酷い」

 教会に辿り着いたドモンが見たのは、ベンチに横たえられたシスター・アリエッタの惨状であった。ジョウによって応急処置はされているが、右腕は使い物にならないため包帯を巻き、顔の左半分を包帯で巻き、かろうじて口と右目だけが覗いている。

「あんたがここまで手ひどくやられるとは、よっぽどですね」

「……まだ傷が疼きます。右肩は触ったところ外されていただけでしたので、強引に嵌めて直しましたが……」

「肘が完全に砕かれていて、まともに動かないんだ。それに左目も潰れてて、治癒師にでもかからないと……」

 ジョウが消え入るような声で言う。無理な話だ。制度が変わり、一般人は治癒師の治療をうけるために何か月も待たされる。

 それまでに、アリエッタが生きている保証もない。

 ドモンは自身の機械的な判断に頭を振った。断じるのは簡単だが、根本的な解決にはなるまい。

「相手は仕討屋のブラックと名乗っていました。私より数段上手で、どうやら私の事を断罪人と知っていたようでした……ドモンさん、何か心当たりはありませんか」

「心当たりと言われても。……あんたがバラすとも思えませんしねえ」

「当然です」

 断罪人の掟は、どんな相手でも知られぬことが第一だ。知られれば、その相手を殺すしかなくなる。それが親しい友人や家族であっても、例外はない。誰にも知られず、見られぬことが肝要となる。

「……最近、僕らがヘマを踏んだようなこともないはずですがねえ」

「僕でもアリーでも、旦那でもないとしたら……」

 いつもならどこからともなく現れそうな男の姿が、今日に限ってなかった。まさか、レドが。それこそ信じられない。殺し屋として一番誇り高いのは、この場にいる誰もが知っている。しかし万が一、その彼が裏切ったとしたら。

「傘屋はどうしたんです」

「家にはいなかった。とりあえず、旦那に渡したのと同じ手紙を置いてきたけど」

 ドモンは最悪の想像を膨らませながら、沈思黙考した。裏切りかどうかはわからない。だが、それ以前に『レドが断罪人であることを知っている人間』が自分たち以外にひとりだけいる。

「ライト・リッチマン……」

 呟いた名前に、ジョウが、アリエッタが鋭い視線を向ける。恐るべき権力者。行政府の黒幕。レドはその男から、憲兵団筆頭官吏のメルヴィンと、その父親である国土開発局局長の悪事を聞き出したという。

 間違いなく、断罪になるだろうというメッセージを添えて。

「ちょっと待ってよ、旦那。……確かに僕らの事が分かるってんなら、そこからに違いないと思うけど、リッチマンに何の得があるっていうのさ。仮に僕らを燻り出すためだとしても、それが金貨何万枚にもなる公共事業を捨ててまで……」

「それですよ。それがよくわからねえんですよ。目先のことを考えるなら、僕らみたいなやつらをつぶすことを考えるより、そっちの方が簡単なはずです。もっとカネになるってんなら、分かるんですけどね」

 ドモンは眠そうな深い隈の入った目を擦り、崩れて久しい教会の天井を見上げた。こうなると、レドの生死も怪しくなってくるだろう。

「アリエッタさん、あんた今晩中にイヴァンを出れますか」

「旦那、そりゃ無茶だよ!」

「致し方ないでしょうね」

 ジョウの悲鳴に近い言葉を、アリエッタはさえぎって頭を振った。彼女も取るべき方策を既に理解しているようだった。

「ジョウ。レドはともかく、私は既に名指しで顔も割れてしまっています。……生き残ることを考えるのなら、ドモンさんの言う通りイヴァンを出る方が先決」

 彼女は右腕をかばいながら起き上がった。彼女の武器は卓越した体術だ。利き腕をここまで破壊されては、もはやその体術も意味を成すまい。

「じゃあ、僕もアリーと一緒に」

 せめてもの提案であった。アリエッタは満身ではないにしろ、半身創痍だ。このままの状態で帝都を出ることができるだろうか。無理だろう。ドモンもそれはよくわかっている。だが一度こうと決めたら、アリエッタはその考えを曲げない。

「それはいけません」

 アリエッタは立ち上がりながら、ぴしゃりとそう言い切った。

「私は狙われる身です。……正直、襲われた時にあなたを守り切れる自信が無い」

「そんな……だからって、一人で帝都を出るっていうの? アリー、自分の体のことわかってる? 右手が使い物にならないんだよ。左目が潰れてんだよ?」

「分かっています」

 彼女はジョウを手で制し、ゆっくりと扉へと近づいていった。その姿はさながら、罰を受け入れる罪人の後姿のようにも見えた。

「ドモンさん、お世話になりました。ジョウ、どうかお元気で。……あなたは、ドモンさんの力になってあげてください。それと、レドのことですが」

「傘屋ですか」

「ええ。……彼の事を助けてあげてください。彼は、人の悲しみの分かる優しい子です」

「裏切ってないとでも言うんですか」

「私もこのような稼業に身をやつしてきた女です。絶対はないとは思っていますが……彼はそういう人間です。冷たいように見せていても、誰かが悲しんでいる時、寄り添ってくれる人間です。そうした人間が誰かを裏切るというのは、私には考えられませんから……」

 アリエッタは、ゆっくりと聖堂の外へと出て行った。閉じた扉が無情にも、この教会の主人が永遠に去ったことを告げた。信仰無き埃っぽいだけの廃墟に、ドモンとジョウの二人は残された。

「旦那、酷いよ」

「じゃ、ここで枕並べて全員死にますか? 僕はごめんです。爺さんになって腰曲がるまで憲兵官吏やるつもりですからね」

 まるで魂でも抜けたようなジョウの肩をドモンは叩く。彼が考えることはひとつだ。生き残りつつ、断罪人としての活動を『なかったこと』にすること。ただそれだけだ。

「……僕は、イヴァンに残りますよ。あんたはどうすんです」

「アリーは、旦那の力になれって言った。それに、レドのことも気になるしね……」

 ジョウは細い目に光るものを手の甲で拭うと、ハンチング帽を被りなおした。やるべきことは山ほどある。二人の断罪人はその場で別れ、行動を開始した。





 ライト・リッチマンの屋敷は、帝都イヴァン内だけでも複数存在する。その中でも、東地区にあるシンプルな二階建ての屋敷が、リッチマンのお気に入りだ。

 行政府の黒幕が住む場所とは思われぬほど、素朴で地味な外見は、隠れ蓑にはちょうどよいものだ。

「まずは、息子を見つけたことに礼を言わなくちゃな」

 高級なソファに横柄に身を沈めながら、サヤはそう述べた。

「それには及びません。君と僕の仲ではありませんか」

 リッチマンはティー・ポットを高く持ち上げながら、一滴も紅茶をこぼすことなくカップへ入れ、友人へ差し出した。

「その仲ってのは長年の親友って意味か。それとも、ビジネスパートナーか?」

「今は後者と言うべきでしょう。利害の一致というものは存外強いつながりですからねえ」

 二人の男は紅茶を口へと運ぶ。まるで盃を交わしつながりを強めたという、異世界から訪れたヤクザ・ブラザーズのごとく。

「クドを殺ったのはうちの息子に違いねえ。……ちょっと驚いた。クドは俺が鍛えた殺し屋だったからな」

「男というものはしばらく見ないうちに成長していると良く言いますからねえ」

「まあ、死んだやつの事は仕方がない。うちのブラックが、屋根の上から国土開発局の局長をブン投げて殺した女を痛めつけてある。バカな女だ。そんな場所で殺しゃ見られたとき言い訳が利かねえのにな。……とにかく、仲間がいるなら、それで動き出すはずだ。そこを、仕討屋で殺る。イヴァンにいるのは大した人数じゃねえが、まあ三人か四人程度なら一思いに殺せるだろ」

 レドの仲間、断罪人を全員殺し、息子を自分の組織に引き込む。

 それがサヤの最終目標であった。大陸中を牛耳る暗殺ギルド『仕討屋』が君臨するためには、イヴァンの裏社会でもまことしやかに噂が囁かれていた『断罪人の生き残りたち』を駆逐せねばならない。それほど断罪人の看板は大きなものである。

 そして、カネさえ積まれれば誰でも殺す仕討屋と、人の恨みを代行する断罪人には、大きな隔たりがある。とても相容れられるような組織ではない。つまりそれは、敵になる可能性があることを意味する。サヤ自身、敵に寝首をかかれるようなリスクを負ったまま、危険な仕事をつづける気にはなれないのも、こういう判断をした原因だった。

 リッチマンはそうしたサヤの活動をずっと金銭的に支援してきた。もちろん見返りを期待してのことだ。彼らを通じて人の命を簡単に奪えるようになれば、行政府への圧力をより強められる。それはさらにコネを広げられることを意味する。もとよりリッチマンには、やれ帝国貴族筆頭六家だの、皇帝総代だのといった直接的な政争には興味が無い。彼らの手足の代わりをしてやることで生まれる間接的なうまみだけを掬い取って、自らのものとすればそれでよいのだ。

「この間殺られたのは三人だったな。レドは当然だが、シスターは顔も割れてる。つまりいつでも殺れる。……だが計算が合わねえよな。筆頭官吏を斬り殺した野郎は誰なんだ?」

「……そちらで確認しているのでは?」

 リッチマンはカップを置く。クドの死体は、仕討屋で回収したという。彼が存在したことも、死んだことも確認できないようにするためだ。何から仕討屋の正体がバレるか分かったものではない。殺し屋が死ぬときは、跡形もなく消えねばならぬのが定めだ。死体となったクドの殺され方を見て、サヤは息子の成長を知った。

 同時に、仕討屋の者がクドを回収する際に屋根の上から局長を投げ飛ばすアリエッタの姿を確認した。月を背負った長身巨躯のシスターなど、イヴァンどころか大陸中を探してもそうは居ない。

 だが、筆頭官吏のメルヴィンは仕討屋の者たちが到着した時には殺されていた。誰が彼を殺したのか、サヤにも、リッチマンにも分かっていないのだ。

「おい、こっちはてっきりあんたが被害者全員の動きを把握していたものと思ってたんだぞ。そうすりゃ殺しにくる連中の事がわかるだろう」

「面目次第もありません。仕討屋の皆さんを動かすとあなたが言っていたものですから、てっきり……」

「送り込んだのは二人だけだ。死体を怪しまれずに運ぶだけならそれで十分だからな。……まあ、気にするな。どうせ、ブラックがシスターを殺れば同じことだ。残りの犬どもが死に物狂いで俺たちと戦うことを選ぶか、尻尾巻いてイヴァンから逃げ出すか……どちらにしろ奴らにもう逃げる場所なんてない」

 サヤは漆黒の瞳のおさまった目を歪めて笑う。命を奪うという単純な目的に対して、こちらが取るべき方法は無限にある。命を生きながらえさせるということは、存外に難しいものだ。それが仕討屋という捕食者に狙われているのなら、なおさらだ──。

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